英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
総人口100億。
地上という
かつて地球上で繁栄をきわめた人類は、100億というラインの突破が目前に迫っていた。食糧難・領土不足・環境汚染――人口増加ゆえの試練は徐々に現実問題へと発展していく。
しかし人類に『衰退』という謙虚な思想は無い。さらなる繁栄を目指した彼らは、とある結論に至る。
地上が定員オーバーなら、地上外に住めばいい。人類は、地上外への移住を計画した。
海上大陸。海中都市。月面基地。
まさに開拓時代の再来。地上という枠を飛び越え、人類は更なる発展を約束されていた――はずだった。
宇宙の彼方から
自律型金属体『マーキュリア』
北米大陸に突如として現れた彼らは、出現と同時に人類を駆逐して回った。奴らの凶暴性の前では、人類が築き上げてきた軍事力は意味をなさなかった。
老いも若きも関係なく。人種も性別も関係なく。善も悪も関係なく。文化も宗教も関係なく。奴らは人間という存在を拒絶し、慈悲もなく殺害した。まるで天災の権化と言わんばかりに。
抵抗虚しく、人類は生息域の縮小を余儀なくされた。そして多くの国々がマーキュリアに蹂躙され、崩壊していく。かつて100億にまで迫っていた総人口は、その100分の1――1億という数を下回った。
残された人類の領土は、イギリス領のブリテン島を含むヨーロッパ地域と、アフリカ大陸の北半分であった。その狭き大地に残された人類は、かつて存在した国々をすべて解体。新たに連合国家『
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だがしかし。滅亡が迫っていたとしても、人類すべてから生きる活力が無くなってはいない。要救助者の男を彼の仲間に預けて別れ、次にマヒロが向かった先は、滅亡などというネガティブな言葉とは無縁な場所である。
そこは本来の目的地である『カーシュ市場街』。
まさに『雑踏』という言葉が相応しい場所であった。
年季の入った土壁の建物が軒を連ね、開いた窓からは炒められた香辛料の香りが漂う。大通りには露店が立ち並び、怪しげな機械部品や、やせ細った青果を売ろうと声を張り上げている。アジア・欧米・中東――世界各国様々な人種の人々が笑顔で往来を行き交い、設置されたテーブルでは中年の男女が炒り豆をつまみながら安っぽいビールをかっくらう。裕福と呼ぶには程遠いが、活気という一点では常に最高潮。まさに『平和』な市場の通りである。
その活気あふれる路から一本隣。車両用の広い道路を、マヒロの乗る<クラストー>がゆっくりとした足取りで歩いていた。周囲は5mほどある一階建ての建物が多いため、<クラストー>の頭部カメラからは周囲がよく見渡せる。
「うーん……」
そんな活気づく街並みを、マヒロは怪訝そうに観察していた。
賑やかすぎる。
「お祭りでも開くのかな。今の時期じゃ聞いたことないけど」
普段よりも人通りや露店が多い。街全体が浮足立ってはしゃいでいる。まるで好きな男の子を前にして、おめかしを決めた女の子みたいな印象だ。行き慣れている街並みとは違った側面を目の当たりにして、マヒロは戸惑いを隠せない。
やがて一際背丈の大きい、倉庫のような建物が見えてきた。
イッテツ工房。
マヒロはコクピット内から、工房に向けて無線連絡をした。
「ごめんください。マヒロです。約束の時間から遅れて申し訳ありません。約束の品をお届けに参りました」
『おお、坊主か! 無事で良かった! 随分派手に暴れたな! 襲われたんだろ? マーキュリアか?
応答したのは壮年男性の技術者。建物の監視カメラから<クラストー>の汚れ具合をひと目見て状況を察したのだろう。
その技術者の問いに、マヒロは一連の救助活動について簡単に説明した。話を聞いた技術者は、感嘆しながら返答する。
『お前さんの腕は知ってるケドよ、けっこう
マヒロに対して好意的な反応を見せたものの、そっけなく無線を切られてしまった。口調が切羽詰まっていた。どうやら鉄火場のタイミングで到着してしまったらしい。
誘導に従い機体を工房の中へと進入させる。機体を歩かせながら、マヒロは中の様子を頭部カメラ越しに窺う。
「……壮観だな、これは」
作業場には大小さまざまな体躯の
「パイルバンカー、ガトリングガン——あっちはチェーンソー。すごい。漫画でしか見ないような武器を実用する人がいるんだ」
10m近くのロボットが並ぶ圧巻の光景。見慣れない武装の数々。まるで博覧会だ。ワクワクしてしまうのは男の子の
しかし、工房のスタッフたちもあちこちを駆け回っている状況。自分の機体の外部マイクは、金属が電動鋸で切断される音や、気の強そうな女性が怒鳴り散らす声を忙しなく拾い上げていた。まさに『忙殺』という言葉が相応しい大繁盛。とてもではないが見学などという呑気な要望は言ってられない。
「じっくり見たかったなあ……いい場所あった。お邪魔します」
マヒロは残念な気持ちを隠さずにぼやいていると、ちょうど1機分の空きスペースを発見した。機体を収納し、片膝立ちの姿勢にさせて待機状態に移行させる。そして
これにてお仕事は無事に成功。マヒロはホッと息を吐いた。あとは報酬の交渉をするだけだ。
「おーい、マヒロ君だろー?」
コクピットから降りると、ひとりの女性がマヒロを出迎えていた。彼女はイッテツ工房の親方である。30代前半ほどの、たくましい女性だ。身長は170cmほど。男であれば「偉丈夫」という言葉の似合う容貌であった。
マヒロは彼女の姿を見ると、ぱぁっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「親方さん! お久しぶりです。お忙しいところ、わざわざ出迎え、ありがとうございます」
「なんの。マヒロ君はお得意様だ。なんてことはない。君に怪我が無くて良かった」
「おかげさまで無事に生き延びられました。でも、ごめんなさい。そちらの要望通りに納品できなくて」
「いや、緊急事態ならしょうがない。本当に立派な判断だ。あたしが軍人なら勲章授与まったなしだよ」
マヒロと親方は固く握手を交わした。マヒロが若年者とはいえ、既に数年来の付き合いである。その関係はすこぶる良好だ。
「今日は賑わってますね。大規模作戦か、品評会ですか?」
「作戦のほうだね」
街で感じていた活気の正体について彼女に訊ねると、すぐさま納得のいく答えが返ってきた。
「近々、マーキュリアの『大物狩り』が計画されていてね。そいつを聞きつけて浮かれた傭兵たちが続々集まっているのさ」
「なるほど。お祭り騒ぎになるはずだ」
「まだ詳細が分かってないのに、元気なもんだよ」
マーキュリアは人類の脅威ではあるものの、奴らの身体を構成する銀色の液体金属——
大物狩りに備えて、傭兵たちが機体の整備のために工房へ預ける。手の空いた傭兵たちは市場へ出向き、景気づけに散財する。結果、工房や市場が活気づく。ごく自然な成り行きだ。
「運んできた荷物はこの機体だけかい? 君が倒したマーキュリアの素材は?」
「無いです。時間が惜しかったので、素材は助けた傭兵さんに引き取ってもらいました」
「真面目なんだからなあ」
親方は呆れた口調で言った。マヒロにとって、大事なのは目先の金よりも大手との信頼である。長い目で見れば、この選択もきっと儲けになるだろう。
「査定はいつも通り、こちらの裁量で構わないかな?」
「はい、お願いします。お手柔らかに」
「あいよ。じゃ、大急ぎでやっちまうからね。いつものゲストルームで待っててくれ」
親方はそう告げると、近くのスタッフを呼び寄せ、マヒロの機体を取り囲んだ。マヒロは邪魔にならないよう、そっと機体から離れる。
「……本当、お手柔らかに」
マーキュリアとの交戦で傷だらけとなってしまった<クラストー>を見上げながら、マヒロは祈るように呟いた。
なぜなら、マヒロが乗ってきた<クラストー>こそ、彼が納品する『商品』なのだから。