英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
唐突な話となるが、マヒロ少年には夢がある。
連合国家『
いつかは自分もエースパイロットになって最前線に立ち、マーキュリア達を倒して人々を助け、未来を切り開く存在——英雄のような人物になりたい。そんなありきたりな夢を持つ少年なのである。
しかし、そのマヒロ少年はいま、切実な悩みの最中にいた。
親方から待機するように言い渡されたイッテツ工房のゲストルームで、棒立ちの彼がじっと眺めている、白壁に貼られたポスターの中に悩みの答えがあった。それは一般兵士の募集要項。マヒロはそのうち3つの条件を満たせずにいた。
1つ目。国籍。『
2つ目。年齢。『15歳以上』。滅亡を前にした人類でも、幼すぎる兵士は原則認められていない。とはいえ、あと1年ほど生き残ればクリアできる。
問題は3つ目。『身長150cm以上』。いくら戦闘能力に自信があろうと、身長が足りなくては兵装のサイズもフィットしない。特にRR《レイドランナー》のコクピットの規格上、その身長が必要最低限となる。
「あと9センチ……」
ポスターの下端が床からちょうど140cm。マヒロの身長は、その下端よりほんの少しだけ高い、141cm。伸び盛りの男子に似つかわしくないサイズである。特殊部隊の前に、そもそも兵士に応募できない。
ポスターに書かれたキャッチコピーである、『隊員募集中! きみの勇気が世界を救う!』の文字が、マヒロには最高級の皮肉にしか見えなかった。勇気はあるのだ、勇気は。
「お待たせ、マヒロ君」
「うわっ!?」
「おっと、驚かせたね。ごめんよ」
気さくな声と共に、親方が客室に入ってきた。己の悩みにすっかり夢中となっていたマヒロは、思わず悲鳴を上げてしまった。
「大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけなので」
彼女の姿を見たマヒロは、己の失態を誤魔化すようはにかみながら、彼女に向かって深々と頭を下げた。そんな彼に、親方は苦笑する。マヒロの夢や悩みを知っているからこその反応だ。
「相変わらず熱心だねえ。まあ座りねえ」
親方が室内のソファーに着席を勧めると、マヒロは再度一礼をしながら着席した。
マヒロが工房に来た目的は納品である。彼は
「覚悟はしていたけど……」
「頑張った君には悪いけど、こいつは商売だ。差し引きは公平にやらせてもらった」
親方に差し出された見積書には、修理費や実弾費、塗装費など、避けられない支出の費用が依頼料から天引きされる形で記載されていた。その額を見て、思わず顔をしかめるマヒロ。赤字ではないが手痛い減額。その査定内容も、文句のつけようが無いほどに正確で平等だ。予想額ではあったものの、いざ紙面で目にするとショックは大きい。
本来であれば輸送用の車両に乗せて運び、護衛を雇って丁寧に運搬する
だが傷だらけで納品してしまった以上、商品価値はどうしても下がってしまうし、親方にも整備の負担をかけさせてしまう。報酬の減額は免れない。
マヒロは正規の軍人でなければ、民間救助隊ですらない、ただの少年である。たとえ善意の救助活動でも、その行為自体はマヒロの身勝手となってしまう。我儘を言える立場ではない。
「……ご提示の条件で合意します」
マヒロは泣く泣く合意書にサインをした。大丈夫。ほんの数ヶ月だけ、夢から遠のいただけだ。次で挽回すればいい。自信はある。なぜなら、次の納品物は高性能機<キャサード>を更にカスタムしたハイエンド機なのだから。同じ状況になっても、今日のような結果にはなるまい。
マヒロのサインを確認した親方は、両手サイズの金属ケースをマヒロに手渡す。ケースには紙幣の詰まった現金が中に入っていた。マーキュリアの侵攻により銀行制度も崩壊したこの世界では、即取り引き・現金化が鉄則である。
「ありがとうございました……」
「ほらほら、落ち込まない。君の腕前なら、マーキュリアを駆除すれば、お金はいますぐでも稼げるだろう? なんだったらマヒロ君も『大物狩り』に参加して金を稼ぎなよ。軍に志願したいんだったら、名前を上げるチャンスだよ」
「遠慮しますよ。軍には正規の試験を受けて合格するつもりですから」
親方は「君らしいね」と苦笑した。
マヒロは傭兵業に関わるのが、あまり好きではなかった。金を貰ってまで人命救助をする行為が嫌なのだ。助けを求めているなら、できるかぎり無償で助けたい。苦しい時や悲しい時、無力な自分へ助けの手が差し伸べられる喜びを、マヒロは身に染みて知っているから。
だからこそマヒロは軍への入隊に憧れる。兵士ならば依頼ではなく公務として人間を守り、マーキュリアを駆除できるのだ。
「次の依頼に期待させてもらう。頑張りな。さて、仕事の話は終わりだけど、マヒロ君はこれからどうするんだい?」
「そちらに預けている僕の<クラストー>を受け取ったら直帰ですね」
「せっかく市場が盛り上がってるんだ。ゆっくり土産でも選んでいけばいいのに」
「育てているナスとマッシュルームがちょうどベストの収穫タイミングなんです。遅れると、膨らんで大味になって、美味しくなくなるんですよ」
「君の保護者さんに頼んでおかなかったのかい」
「頼んでも秒で忘れますよ、あの人は。そもそも収穫のやり方だって知らないだろうし」
マヒロは同居人の姿を思い浮かべながら、ぶっきらぼうに答えた。
今も我が家で、マヒロには理解できない研究に没頭しているのだろう。食事と睡眠を疎かにしながら。生粋の
「家の中で餓死なんてされたら僕の監督不足になってしまう。そんなの御免です」
「どっちが保護者か分からなくなるね」
親方は感心した表情を見せた。
「しかし、君は本当にしっかり者だよ。手に職をつけるために技術職のお手伝いをして、損を承知のうえで人助けをしたと思えば、家族のために農作業までこなす。本当に良くできた子だ。遊んでばかりなウチの娘とは大違いだよ」
ピクリと、自分の顔が引きつる感触。嫌な予感がした。なぜなら、彼女の娘の話題が不自然に引っ張り出されたからだ。
つまり、お決まりのパターンが来る前兆。先手を打たねば。
「そうそう、聞いておくれよ。この前、娘に将来の夢の話を聞いてみたんだよ。そうしたらなんて言ったと思う? マヒロ君のお嫁さんって——」
「娘さんとの婚約の話はお断りしましたよね」
マヒロの呆れ声に、親方は憎たらしく見える微笑みを浮かべた。彼女は実直なマヒロをからかう事に愉悦を感じているのだ。それでいて婚約の話も大真面目にするのだから困る。
「いつ死ぬか分からない、こんなご時世だからこそ、可愛い我が娘の将来が心配なのさ」
「
無礼千万、百も承知。非常識に常識の思考で付き合ってはいられない。
とはいえ、親である彼女が固執する気持ちは理解できる。マヒロという少年は、仕事に実直で将来への展望もある。他人を思いやる心を持ち、家族への貢献も欠かさない。つまり結婚には最高の優良株だと、保護者からお墨付きを貰っている。親方の意地悪は、未来の娘の旦那様を確保しておきたい親心の表れなのだ。
しかし今のマヒロにとっての優先事項は、現在の安定よりも未来への挑戦——入隊である。たとえ自分に好きな相手ができたり、婚約の話が出たとしても、マヒロは兵士に志願すると固く決めている。いつ死ぬかも分からない仕事に就く以上、家族となった人を悲しませたくないのだ。
「ウチの娘はお嫌い?」
「とんでもない。しっかりと好きですよ。とても元気で明るくて、見ているだけで惹かれる子です。でも、あくまで
何よりもまず、前提として。マヒロは親方の娘さんを、恋愛対象としても、結婚対象としても見ないと固く誓っている。
「あの子はまだ7歳じゃないですか! せめて彼女が恋愛を意識できる年頃になってから話を出してくださいよ!」
もし対象に見てしまったら、人間として何かが終わってしまうだろうから。