英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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4話 ボーイミーツガール

 

「つ、疲れた……」

 

 全身に広がるような心の倦怠感に耐えきれず、マヒロはついぼやいてしまった。原因は言うまでもなく、イッテツ工房の親方による破天荒な縁談だ。浮ついた話に興味が無いマヒロにとって、疲労極まるひとときであった。

 そのひと悶着が終わり解放された現在では、工房に預けていた自分の<クラストー>に乗り優雅な帰宅の真っ最中だった。激戦を交えた後に味わう、カメラ越しに広がる新緑の木々の色彩や、コクピット内の鉄の匂いがなんとも心地よい。マーキュリアや野盗への警戒さえ無ければ、もっと癒しになるのだが。

 

(まあ、本当に疲れるのはこれからだけど)

 

 帰宅後のマヒロに待っている仕事は多い。<クラストー>の整備の準備、収穫や水やりなどの農作業、洗濯や料理——ある程度の自動化(オートメーション)は成されているものの、その監督はマヒロの担当なのだ。

 そして溜まった家事をこなした後は、同居人特製の厳しい訓練が待っている。この訓練、どれだけ疲労が溜まっていようと問答無用だ。

 

(この<クラストー>に長距離移動用のシステムでも付けようかな……)

 

 マヒロの頭の中で、<クラストー>が足にキャタピラを履いてスケートをし始めた、まさにその直後だった。

 

 <クラストー>の外部マイクが、銃声を拾い上げたのは。

 

「戦闘!? こんな何もない場所で!?」

 

 マーキュリアが闊歩する野外で、迂闊に銃を試射する馬鹿はいるまい。街から離れすぎているため、素材欲しさの狩りでもないだろう。帰還にコストとリスクがかかりすぎる。

 つまり、誰かが襲っているか、襲われている。

 

「くそ、人が気を抜いたそばから!」

 

 突然強いられた緊張感で思わず愚痴が飛び出す。眠る数秒前で目覚ましが誤作動して覚醒するような、理不尽な憤りさえ覚える。

 だがここはセーフゾーンではない。心を切り替える準備はいつでもできている。だから操作に淀みはない。急いでコンソールを操作し、自動操縦をオフにした。そして各種センサーの感度と範囲をアップさせる。戦闘地点がすぐに判明した。

 

「近いぞ……間に合うか!?」

 

 マヒロは<クラストー>の出力を上げ、フットペダルを深く踏み込んだ。木々の合間を縫うようなコース取りで<クラストー>を走らせる。到着予定は5分後。たかが5分。しかしその人の運命を変えるかもしれない5分だ。急がない理由にはならない。

 道中、銃声とマーキュリアの断末魔がスピーカーから流れてきた。どうやら小型のマーキュリアに襲われているようだ。

 マーキュリアはRR(レイドランナー)などの人造兵器に侵食して融合する中型タイプの他に、鉄くずなどを身に纏って犬や熊を模した形となる小型タイプも存在するのだ。

 とはいえ、小型への対処であれば歩兵の火器でもどうにか対抗できる。戦闘音が途切れないところを察するに、相当な手練なのであろう。

 

 間もなく目標地点。マヒロは外部スピーカーをONにした。

 

「民間用RR(レイドランナー)より通達! 発砲音が聞こえたため、要救助の状況と判断した! 30秒後にそちらへ介入する。全力で生き延びられたし!」

 

 マヒロは声を張って語りかけた。突然の乱入に驚いた要救助者から攻撃されるかもしれないからだ。

 本日2度目の救助活動。だが今回は自前の機体だ。存分に暴れさせてもらう。

 やがて開けた場所に出る。戦闘地点だ。発砲態勢を取って周囲を見渡すも、しかしマヒロが想定していた敵影はもはや残っておらず——。

 

『およ?』

 

 代わりに、明るい灰色の長い髪を持つ少女がひとり。気の抜けた声を上げつつ、マヒロの<クラストー>を見あげていた。おそらく16歳ほど。身長は160cm前後。全身を外套(マント)ですっぽりと包み隠しており、体格は分からない。外套から飛び出た手には、弾切れとなったセミオートマチックのハンドガンが握られていた。

 彼女の付近には、追狗(ハウンド)型(タイプ)と呼ばれる、犬の形をした小型マーキュリアの死骸が3匹ほど転がっている。小型マーキュリアの中では最も個体数が多く、ポピュラーな型(タイプ)であった。

 

「なっ……ええ!?」

 

 その死骸を見て、マヒロはぎょっとして驚いた。小型と言えど、追狗(ハウンド)型(タイプ)は紛れもなくマーキュリア。猟犬を凌ぐ俊敏性と、生半可な弾丸なら弾き飛ばす堅固な装甲、鋭い爪と牙を併せ持つ化け物だ。訓練された兵士でも1対1ならば戦闘を避けるよう徹底されているほど、その戦闘力は高い。

 敵に遺った弾痕を観察する。どうやら脚を狙い撃ちして動きを止めた後に脳核(コア)を射抜いたらしい。もちろん神業クラスの芸当だ。不規則な全力疾走を繰り出す犬の脚を狙って狙撃しているであろうから。

 

「た、助けに来た。怪我はない?」

『問題なし。健康です。わざわざ助けに来てくれて、ありがとうございます』

 

 状況に圧倒されて言葉に詰まるマヒロへ、少女はリラックスした口調で答えた。マヒロの<クラストー>に向けて親指を立て、サムズアップで無事をアピールする。数秒前まで戦闘していたとは思えないのどかさだ。終始変わらない彼女の無表情さが拍車をかける。

 

「無事だったならいいけど……」

 

 呆然とした面持ちで呟くマヒロをよそに、少女は外套の中で手を動かし、自分の全身をまさぐっていた。弾切れとなったハンドガンをリロードするためだろう。しかし、すぐにハッとした様子になった。

 

『弾、もう無い……うかつ』

「他に武器は持ってないの?」

『ナイフならあるよ。サバイバルのお供にこれ一本』

 

 外套の中からニュッと手を出し、軍用の大型ナイフを取り出す少女。確かに武器ではあるが、マーキュリアと対峙するには心もとない。というか、ハンドガンの次に頼っていい武器じゃない。

 猛烈に嫌な予感がした。

 

「電撃武器は? マーキュリアと戦うには必須だろう?」

『不要。無くても殺せる』

「近くに君のRR(レイドランナー)は置いてないの!?」

『そんな高級品、買うお金、無い』

「乗り物も無し!? こんな何もないところで!? 何してんの、君!?」

 

 彼女は顔の前で両手の人差し指を交差し、バッテンのポーズを取りながら返答した。

 

『黙秘権を行使します』

「こんだけ気になる煽りして秘密なの!? 嘘でしょ!?」

 

 どの返答も淡々とした口調ながらも力強い。その反応が、マヒロをますます混乱させた。

 

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