英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
「つ、疲れた……」
全身に広がるような心の倦怠感に耐えきれず、マヒロはついぼやいてしまった。原因は言うまでもなく、イッテツ工房の親方による破天荒な縁談だ。浮ついた話に興味が無いマヒロにとって、疲労極まるひとときであった。
そのひと悶着が終わり解放された現在では、工房に預けていた自分の<クラストー>に乗り優雅な帰宅の真っ最中だった。激戦を交えた後に味わう、カメラ越しに広がる新緑の木々の色彩や、コクピット内の鉄の匂いがなんとも心地よい。マーキュリアや野盗への警戒さえ無ければ、もっと癒しになるのだが。
(まあ、本当に疲れるのはこれからだけど)
帰宅後のマヒロに待っている仕事は多い。<クラストー>の整備の準備、収穫や水やりなどの農作業、洗濯や料理——ある程度の
そして溜まった家事をこなした後は、同居人特製の厳しい訓練が待っている。この訓練、どれだけ疲労が溜まっていようと問答無用だ。
(この<クラストー>に長距離移動用のシステムでも付けようかな……)
マヒロの頭の中で、<クラストー>が足にキャタピラを履いてスケートをし始めた、まさにその直後だった。
<クラストー>の外部マイクが、銃声を拾い上げたのは。
「戦闘!? こんな何もない場所で!?」
マーキュリアが闊歩する野外で、迂闊に銃を試射する馬鹿はいるまい。街から離れすぎているため、素材欲しさの狩りでもないだろう。帰還にコストとリスクがかかりすぎる。
つまり、誰かが襲っているか、襲われている。
「くそ、人が気を抜いたそばから!」
突然強いられた緊張感で思わず愚痴が飛び出す。眠る数秒前で目覚ましが誤作動して覚醒するような、理不尽な憤りさえ覚える。
だがここはセーフゾーンではない。心を切り替える準備はいつでもできている。だから操作に淀みはない。急いでコンソールを操作し、自動操縦をオフにした。そして各種センサーの感度と範囲をアップさせる。戦闘地点がすぐに判明した。
「近いぞ……間に合うか!?」
マヒロは<クラストー>の出力を上げ、フットペダルを深く踏み込んだ。木々の合間を縫うようなコース取りで<クラストー>を走らせる。到着予定は5分後。たかが5分。しかしその人の運命を変えるかもしれない5分だ。急がない理由にはならない。
道中、銃声とマーキュリアの断末魔がスピーカーから流れてきた。どうやら小型のマーキュリアに襲われているようだ。
マーキュリアは
とはいえ、小型への対処であれば歩兵の火器でもどうにか対抗できる。戦闘音が途切れないところを察するに、相当な手練なのであろう。
間もなく目標地点。マヒロは外部スピーカーをONにした。
「民間用
マヒロは声を張って語りかけた。突然の乱入に驚いた要救助者から攻撃されるかもしれないからだ。
本日2度目の救助活動。だが今回は自前の機体だ。存分に暴れさせてもらう。
やがて開けた場所に出る。戦闘地点だ。発砲態勢を取って周囲を見渡すも、しかしマヒロが想定していた敵影はもはや残っておらず——。
『およ?』
代わりに、明るい灰色の長い髪を持つ少女がひとり。気の抜けた声を上げつつ、マヒロの<クラストー>を見あげていた。おそらく16歳ほど。身長は160cm前後。全身を
彼女の付近には、
「なっ……ええ!?」
その死骸を見て、マヒロはぎょっとして驚いた。小型と言えど、
敵に遺った弾痕を観察する。どうやら脚を狙い撃ちして動きを止めた後に
「た、助けに来た。怪我はない?」
『問題なし。健康です。わざわざ助けに来てくれて、ありがとうございます』
状況に圧倒されて言葉に詰まるマヒロへ、少女はリラックスした口調で答えた。マヒロの<クラストー>に向けて親指を立て、サムズアップで無事をアピールする。数秒前まで戦闘していたとは思えないのどかさだ。終始変わらない彼女の無表情さが拍車をかける。
「無事だったならいいけど……」
呆然とした面持ちで呟くマヒロをよそに、少女は外套の中で手を動かし、自分の全身をまさぐっていた。弾切れとなったハンドガンをリロードするためだろう。しかし、すぐにハッとした様子になった。
『弾、もう無い……うかつ』
「他に武器は持ってないの?」
『ナイフならあるよ。サバイバルのお供にこれ一本』
外套の中からニュッと手を出し、軍用の大型ナイフを取り出す少女。確かに武器ではあるが、マーキュリアと対峙するには心もとない。というか、ハンドガンの次に頼っていい武器じゃない。
猛烈に嫌な予感がした。
「電撃武器は? マーキュリアと戦うには必須だろう?」
『不要。無くても殺せる』
「近くに君の
『そんな高級品、買うお金、無い』
「乗り物も無し!? こんな何もないところで!? 何してんの、君!?」
彼女は顔の前で両手の人差し指を交差し、バッテンのポーズを取りながら返答した。
『黙秘権を行使します』
「こんだけ気になる煽りして秘密なの!? 嘘でしょ!?」
どの返答も淡々とした口調ながらも力強い。その反応が、マヒロをますます混乱させた。