英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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5話 ボーイミーツガール・アフター

 

 マヒロは目の前の状況が信じられなかった。

 マーキュリアが徘徊する野外で出会った白髮の少女。彼女が所持していた武器は、ハンドガンとナイフだけ。「自分が強いから」「お金が無いから」を理由とするにしても、いくらなんでも軽装すぎる。嘘でもピクニックとでも誤魔化してくれれば説得力があった。

 そもそも電撃武器を持ってないとは何事だ。感電させてから、露出した脳核(コア)を撃ち抜く。くわえて小型なら、RR(レイドランナー)のライフルで身体ごとぶち抜く。この戦法が鉄則だと言うのに。

 

(命を守るための節約は、やっちゃ駄目でしょ……)

 

 思わず心の中で呟いた。なんか、放っておけない。危なっかしい。だが過度の接触は望んでいないようだ。

 関わるか、否か。迷ったマヒロは、折衷案を出すことにした。

 

「ええと……弾、分けようか? 口径が合えばだけど」

『いいの? お金、無いよ』

「気持ちだけ受け取っておく。弾切れで死なれるほうが困る」

 

 追狗(ハウンド)型(タイプ)を倒すほどの実力者だ。一時凌ぎでも心の拠り所にはなるだろう。

 

「拳銃の種類を確認するから、ちょっと見せてくれる?」

 

 少女が銃を掲げると、マヒロはカメラをズームしてハンドガンをスキャン——しようとして、その手を止めてしまった。その少女に視線が釘付けとなってしまったからだ。

 見惚れるくらい綺麗だった。彼女の容姿のすべてから目が離せない。特に色素の薄いグレー色の瞳は、この世の物ではない、神秘的な芸術品かと思わせるほどに美しい。

 

『どう? 使える弾、ありそうですか?』

「っ! ごめん、もう少しだけ待って」

 

 気を取り直したマヒロは慌ててスキャンを再開した。思わず「綺麗だ」なんて口走りそうになったけど、大丈夫だっただろうか。会話ログを聞き返す勇気は無い。

 狼狽えるマヒロはともかく、結果はすぐに出た。

 

「うん、大丈夫。9mm口径。僕が持ってるのと同じモデルだ。マガジンごと渡せるよ」

『徹甲弾(AP弾)?』

「もちろん」

『同志だ。やったね』

 

 マーキュリアの装甲を貫くなら貫徹力は必須。多少の値段が張ったとしても、マヒロが携帯するのは貫徹力のあるAP弾一択である。

 彼女も同じ考え方なのだろう。素直に喜びの声を上げていた。もっとも、表情の変化は乏しいが。

 

 マヒロは15発の弾が詰まったマガジンを2つ手に持つと、護身用のハンドガンを腰のホルスターに差し、コクピットハッチを開いて<クラストー>から降りて彼女に近づいた。神秘的な美しさと20cmの身長差から圧倒されそうになるものの、彼女の幼い言動が威圧感を程よく中和してくれる。

 

「どうぞ。2つで足りる?」

「問題ない。20匹は殺せる」

 

 彼女は「ありがとうございます」とお礼を言いつつ、マヒロから2つのマガジンを受け取ると、1つは外套の中にしまい、もう1つはその場でハンドガンの銃底にマガジンを差し込んだ。スライドを引いて弾丸を薬室に送り込み、直後にもう一度スライドを少し引き、薬室に弾丸が送られているか装填確認(チャンバーチェック)を行う。ふたりが持つ民間用のハンドガンには粗悪品も多い。確認するに越したことはないだろう。

 一連の動きには、惚れ惚れするほどに淀みが無かった。相当な訓練を積んでいるのは間違いない。

 

「ぴったりばっちり。感謝します」

 

 少女はハンドガンを外套の中に納めてから、視線をマヒロの背後に鎮座する<クラストー>に移した。無表情のまま、しかし視線は物欲しげに。機体の全身をくまなく観察している。

 そんな彼女に、マヒロは声をかけた。

 

「まだお困りなら、話を聞くよ。力になれるかもしれない」

 

 その提案を聞いて、少女はマヒロに視線を移した。声をかけた理由は単純。まだ困っているように見えたからだ。

 得のない安請け合いは阿呆の証。それでもマヒロはお節介を止めようと思わない。それがマヒロの性分なのである。

 

 少女は数秒だけ迷ってから、返事をした。

 

「黙秘権、ちょっとだけ使うの止める。ラッテ、あるところに行きたい」

「ちょっとだけ? ラッテって、何?」

「私(ラッテ)のお名前」

 

 聞き慣れない単語に質問を入れると、少女は自分を指さしながら答えた。彼女は自分の一人称を名前で呼ぶタイプのようだ。

 

「貴方の<クラストー>に私(ラッテ)を乗せて、連れて行ってほしい。徒歩だと遠すぎて大変」

 

 遠くの目的地に行きたい、だから乗せてほしい——彼女の依頼はごく自然なものだ。RR(レイドランナー)には救助した人間を収納し、センサー類の確認や軽度な操縦補助のできるサブシートが標準装備されている。プラス1名までなら長距離移動に支障はない。

 

「教える気になったのはどうして?」

「そこは危険な場所だから。傭兵さんに護衛をお願いしても断られたくらい。でも貴方なら、きっと大丈夫だと思った。その<クラストー>の使い込みや歩き方を見て、そう思った。だから依頼する」

 

 一瞬、マヒロは心が舞い上がった。彼女のような実力者から、自分の強さを褒められたからだ。だがマヒロには帰りを待っている人がいる。安請け合いは駄目だ。

 喜びを隠すマヒロとは対照的に、ラッテは少しだけ困った顔をした。

 

「依頼料は……なんとか頑張る」

「僕は傭兵じゃないから、お金は気にしないで。それよりまず、場所を教えてもらえる?」

「モルフォシティ跡地、セントラルタワー地下」

「モルっ——!?」

 

 確かに、徒歩では遠すぎる場所だった。

 モルフォシティ。イッテツ工房のあるカーシュ市場街から東におよそ100km。そしてマヒロたちがいる地点からは、およそ50km離れた場所にある。数十年前は機械工学の研究が盛んな市街地であったが、今ではマーキュリアの襲撃により放棄された廃墟街である。もちろん、街中にはマーキュリアたちがうろつく危険地帯だ。

 

 その場所の名前を聞き、マヒロは叫びかけた口を手で覆っていた。あまりにも慣れ親しんだ土地だったからだ。

 

(僕の家だぞ……なんでわざわざ!?)

 

 なぜならマヒロの住まいもまた、モルフォシティのセントラルタワー地下に位置している。まさに疑惑の一致だ。常人なら近寄る理由など無いはず。マヒロたちの存在を知らない限りは。

 マヒロは続けて問う。

 

「どうして行きたいの?」

「話せない」

 

 無表情の即答。決して答えない、という強い意志を感じる。

 頭のなかで、いくつもの理由の推測が展開される。どれもロクな内容は無い。理由を言えない時点で関わらないほうが安全だと分かるからだ。

 だが、助(・)け(・)を(・)必(・)要(・)と(・)し(・)て(・)い(・)る(・)のもまた事実。何が何でも目的を達成したい——並々ならぬ意志が彼女から感じられる。その意思を、マヒロは尊重したくなってしまった。

 

 マヒロは迷った。そして、たっぷり時間をかけてから返答した。

 

「移動の間、君の武器を僕に預けることはできる?」

「構わない。その判断は妥当」

 

 マヒロは彼女を信用してはいない。野盗かもしれない子と相乗りするのだから、戦力を奪っておくのは当然だ。もっとも、彼女の力量なら素手でもマヒロを圧倒するだろうが。

 とにかく、最低ラインの同意は取れた。

 

「じゃあ、いいよ。近くまでなら。僕も同じ方向に用事があるから、たいした手間じゃない」

「やったね、奇遇。ありがとう」

 

 ラッテは握りこぶしをつくり、ガッツポーズをとった。どんな奇遇だよ、と心の中で突っ込まざるを得ない。

 結局、人助けと好奇心が勝った。なぜ理由を隠してまでモルフォシティ跡に行くのか、彼女の動向を知りたいのだ。

 

(どうせ〝ドクター〟お得意の隠し事なんだろうな)

 

 マヒロは我が家にいる保護者——〝ドクター〟の顔を思い浮かべる。頭の中の〝ドクター〟は「してやったり」という顔をしてマヒロに笑いかけていた。〝ドクター〟もまた、イッテツ工房の親方と同じく、マヒロを驚かせてからかうのが大好きなのだ。もっとも、〝ドクター〟のからかいはより悪質なものだが。

 なんにせよ、帰ったら問いただしてボロを出させてやる。

 

「君の準備が良ければ、もう出発しよう。急がないと日が暮れるからね」

「………………」

「?」

 

 マヒロはラッテに語りかけると、びくりと体を震わせた。すると、その場で立ち尽くしながらも寝ぼけ眼になって、身体をフラフラさせている。疲れて眠たくなったのだろうか?

 

「どうしたの?」

「……ごめん。逃げ——て」

「ちょっと!?」

 

 とうとう立っていられなくなり、前のめりになるラッテ。倒れ込む前に、マヒロは彼女の身体を支えた。

 

「ぐおっ!?」

 

 予想以上の質量がマヒロの身体にのしかかる。触れた感触では細身の体型。なのに鉄柱が倒れ込んだかのような衝撃だ。

 なぜ謝ったのか。なぜ「逃げろ」と言ったのか。なぜ人間離れした重さなのか。推察する余裕もないまま、マヒロはラッテの背中に視線を移した。注射器のような細長い矢が3本も刺さっている。

 

(麻酔弾の狙撃!? 消音銃か!)

 

 襲撃を受けている。迎撃せねば。

 ラッテから麻酔弾を取り除き、ホルスターから銃を抜いて安全装置を外す。しかしその直後、マヒロが乗ってきた<クラストー>に異変が起こった。

 

「うわあ!?」

 

 両肩部、そして右の太腿部が弾け飛び、もがれた腕や脚、そして機体本体が轟音を立てて地面に落ちる。その衝撃から守るよう、マヒロは身を挺してラッテを庇いながら伏せた。

 機体の破損具合から、マヒロは瞬時に理解した。人間が操縦するRR(レイドランナー)の狙撃ライフルによるものであると。正確無比な連携と精密射撃。動物的な思考を持つマーキュリアではできない芸当だ。

 舞い上がる砂埃で視界が遮られる中で聞こえてきたのは、RR(レイドランナー)の駆動音や、大量の人間が走り寄ってくる靴音だった。

 連携の取れた狙撃。整然とした歩調。そこらの野盗では考えられない重装備。その全身には、感電防止用の絶縁素材で織られた軍用スーツが着用されている。

 

(軍隊!? どこの軍だ!? そもそも、何でこんな辺境の地に軍がいるんだ!?)

 

 砂埃が収まり、視界がクリアとなる頃には、マヒロは大量の兵士と、そして数機のRR(レイドランナー)<キャサード>に包囲されていた。四方から銃口を向けられている。その狙いは正確でブレが無い。

 逃げの手段は潰され、ラッテも動けない。火力差は歴然。マヒロは早々に抵抗を諦め、手に持ったハンドガンを地面に投げ捨てた。

 改めて相手を観察する。オリーブグリーンの機体色。マヒロの予想通り、軍用機だ。その両肩には、所属を示す紋章(エンブレム)。右肩には連合国『UEC(ウェイク)』の象徴(シンボル)である城塞マーク。そして左肩には、五角形の大盾(タワーシールド)のマーク。そのエンブレムが意味するのは——。

 

「統治者(ラーガルド)!? 国内の治安軍だろ!? 国外だぞ、ここは!」

 

 マヒロが叫んだ部隊。それはマヒロが憧れる特殊部隊『先導者(ヴァンガルド)』と対を成す存在。先導者(ヴァンガルド)がマーキュリアを駆除して領土を広げる役割ならば、治安者《ラーガルド》はUEC(ウェイク)国内の治安維持と諜報活動を目的とした部隊である。

 そんな連中が国外に現れ、なおかつ反乱や犯罪とは無関係なマヒロを襲撃している。混乱するのも当然である。

 

 狼狽えるマヒロを意にも介さず、1人の男が威圧的な歩調で歩み寄ってきた。顔中のあちこちに火傷や傷跡が見られる。相当な修羅場をくぐってきた人物のようだ。そして周囲の兵士たちとは違い、衣服にきらびやかな装飾があしらわれている。将校クラスの階級なのだろう。

 

「どけ」

 

 将校は冷たい視線でマヒロを見おろしながら、冷たい口調で言い放った。

 マヒロが丁寧な動作でラッテを地面に下ろそうとしたが、その動作を待つ間もなく、将校のハンドサインに応じて駆け寄ってきた兵士がマヒロの腕を蹴り飛ばした。地面をもんどり打って転がるマヒロ。立ち上がろうとするが、即座に兵士たちが銃口を向けながらマヒロを取り囲んで拘束する。

 あまりにもぞんざいな扱い。悔しさで歯を食いしばるマヒロだが、その直後、信じられない光景を目にして言葉を失った。

 

「化け物風情が。煩わせる」

 

 将校が非人道的な台詞を吐き捨てると共に、うつ伏せとなったラッテを足蹴にして、横向きの姿勢を取らせた。その過程で身を包んでいた外套が剥がれる。

 

 マヒロは理解した。彼女が異様に重たかった理由を。そして、将校が彼女を「化け物」と軽蔑した理由を。

 

 

 ラッテの尾てい骨部分。そこから、蜥蜴(トカゲ)にも似た、彼女の身長に届きかねないほどの長さを持つ銀色の『尻尾』が生えていた。

 尻尾を構成する銀色に、マヒロは見覚えがあった。マーキュリアの身体を構成する銀色の液体金属——銀流殻(シイル)だ。彼女の尻尾は、マーキュリアと同じ素材で造られているのだ。

 

 マーキュリアの身体を生やした人間——もちろん、マヒロはそんな人間を見たことがなかった。

 

 

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