英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~ 作:東出八附子
「何事ですか、大佐!」
マヒロと大佐。二人が作り出した一触即発の緊張感の中で、少尉と呼ばれた男性の兵士が怒号と共に割り込んだ。直後に兵士たちも構えを解き、敬礼で出迎える。
水をさされて一瞬だけ不快そうにした大佐だったが、すぐに無表情となる。マヒロに向けていた銃口を外して撃鉄を戻し、ホルスターに収めた。
「少尉、何用か」
少尉はマヒロに聞かせていいかと迷っている様子だったが、大佐は「構わん」と言って続きを促した。
「『
『TAIL1』。ラッテのコードネームなのだろう。
「脱走の目的は聞き出せたか?」
「まだ麻酔で昏睡しています。聞き出せる状態じゃない。それよりも大佐、状況の説明を」
「単なる座興だ。気にするな」
少尉は調書を取っていた兵士に詰め寄り、その調書を一目読んでから、すかさず怒鳴りながら大佐との距離を詰める。
「彼は無関係な民間人で、未成年の少年ですよ!? ここで銃を向けるべき人間ではないでしょう! 軍法会議に値する行為だぞ!」
マヒロはぎょっとなって驚いた。階級の低い者が上官を叱責する——少尉の発言が正論だとしても、逆に少尉が軍法会議へと送られかねない。
「あの、僕なら大丈夫——」
心配したマヒロが声をかけるが、少尉は発言を手で制した。
「私に任せなさい。少なくとも、今は君の味方だ」
マヒロは少尉の目を見た。澄んだ瞳だ。マヒロを無害な少年だと信じて疑わない目だ。大佐とは正反対。淀んだ泥水の横で猛々しく流れる清流を見ている気分だった。
「部外者だからと言ってくれる。我々のやり方に口を挟まないでいただきたい」
やり取りを察するに、おそらく少尉は
大佐は鬱陶しそうな表情を浮かべながら少尉に言った。
「それに、軍法会議とは早計でないかね。国家維持法、第一条。『国家および国民の存続は全てにおいて優先される』。マヒロ君は
「屁理屈を!」
鬼気迫る勢いの少尉に対し、大佐と呼ばれた男は淡々と告げる。
「いくら彼が
「その通りだが」
「なっ——」
慈悲深い少尉の問いに、大佐は抑揚の無い声で即答した。思わぬ回答に、少尉は絶句する。
「既存国家崩壊に伴い、全ての国際条約は破棄された。力無き者が淘汰される今の時代で、人権主義など古い思想だよ。慈悲で世界は維持できん」
彼がマヒロに向ける視線には、何の感情も宿っていない。ラッテを『化け物』や『あれ』と呼び、そして国民でない自分に対して『殺処分』——徹底した選民思想と、権力への絶対的信仰が、この男の根本なのだろう。
圧に負けじと少尉が食い下がる。
「せめて少年を解放したらいかがか。既に目的は果たした。我々は帰還すればいい」
「ならん。我々の任務は捕縛だけではない。あの化け物が脱走した理由の調査も命じられている」
「何?」
「『TAIL1』は病気を疑うほどに従順でな。自身の露見というリスクを背負ってまで家出をするような考えは持ち合わせておらん。ゆえの調査任務だ」
大佐は少尉から視線を外し、ほくそ笑みながらマヒロへ視線を向けた。
「だから我々は、あの化け物が目指した、モルフォシティ跡地のセントラルタワー地下を目指さねばならん」
「押し入る気か!? 少年を人質にして、彼の家に!?」
少尉が叫んだ瞬間、マヒロは自分が生かされている本当の理由を悟った。彼らはマヒロの家を捜索する気だ。マヒロの同居人——〝ドクター〟が抵抗できないよう、マヒロを確保したうえで。
「無関係だった場合はどうするのだ!? 信用の失墜に繋がるぞ!」
「逆に問おう。関係があった場合はどうするかね? そうなれば責任は、我々を妨害した君の責任になるが」
呆れたように大佐が言うと、少尉は押し黙った。マヒロが無関係であるという証拠は未だ掴めていない。マヒロ自身でさえも証明できないのに、初対面の彼が論破できるはずもないだろう。
「相変わらず感情論が得意だな、少尉は。だから出世できんのだ。君が駄々をこねても、私の決定は覆らん。君こそ懲戒処分に気をつけたまえ」
マヒロが気もそぞろで少尉に視線を向けると、彼は「すまない」と申し訳なさそうに言った。マヒロは自分が言い負かされたのではないのに、悔しい気持ちでいっぱいになった。
人間としては少尉が正しいと応援したい。だが残念ながら、判断としては大佐が正しいのだ。
「そういうことだ、マヒロ君。君には、まだまだ協力してもらうぞ」
「………………」
マヒロは深呼吸で昂ぶった気持ちを整える。
今の状況では、自分はあまりにも無力だ。何を喚こうが、従うしかできない。
だが、彼の思想に同意できる理由も、マヒロは持ち合わせていなかった。そして、良識ある大人が
「ッ!」
マヒロが息を呑んだ直後、彼は手錠を引っ張ってガチンと音を鳴らした。何事かと、少尉や兵士たちが銃に手をかけて身構える。大佐は微動だにせず見下ろすだけだ。
ただ音を鳴らしただけ。立ち上がることすらできない。だがそれは意図通りだ。ただ注目を集めることが目的だったから。
「僕の夢は立派な兵士になることだ」
「む?」
突然始まったマヒロの自分語りを前に、大佐は眉をひそめた。
「僕の両親は、命を賭けてマーキュリアから助けてくれた。僕の両親が殺されて、ひとりぼっちで彷徨っていた時、今の僕の保護者は何の見返りもなく他人である僕を見守ってくれた」
マヒロは大佐を睨む。
「だから僕も立派な大人になりたいと憧れた。マーキュリアを倒し、弱い人々を守る兵士になろうと思った」
「それで今はどうなのかね? 幻滅してしまったかね?」
「いや。逆だ」
マヒロは大佐を力強く見つめながら、言った。
「僕はあんたのように、理想を放棄した大人には、絶対にならない。そう決心できた」
己の意思は曲げない——そんな力強さを、確かに感じ取れる宣言であった。
少尉は目を見開いてマヒロに感激している様子だった。マヒロの行動を機械的に警戒していた女兵士たちの表情にも、人間らしい動揺が浮かぶ。彼の一途さは、独裁的な治安維持を強行する大佐の前では、眩しすぎる啖呵だっただろう。
しかしマヒロの啖呵を聞いた大佐は、彼女たちとは逆に、ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた。
「理想語りは子どもの特権だな。実に羨ましい」
まるで波の音に耳を傾けて余暇を過ごす老人のように穏やかな反応だった。自分が人間として歪んだ存在なのだと、自覚した人間の反応だ。
マヒロは直感した。この大佐と自分は、決して相容れない存在であると。
気分を良くしたのか、大佐はマヒロに名乗った。
「アインザム・ゲイト。私の名だ。冥土の土産にするといい」
「名前自慢なら自分でやれよ。あんたが死んだ後に」
アインザム・ゲイトは、マヒロの毒舌を心地よさそうに受け流した。脱いでいた軍帽を深く被り直し、兵士たちへ命令を下す。
「これより任務を再開。総員、モルフォシティへの移動を開始する。少尉は乗機の機動準備。残りはマヒロ少年の監視を継続せよ」
命令を与えられた兵士たちは「
「マヒロ少年に抵抗の意思があれば各位の判断で殺処分を許可する。
最後に肝が冷えるような命令をくだしてから、敬礼した3人の兵士に見送られつつゲイト大佐が幌から出ていく。そして幌の出入り口が閉ざされ、外界と遮断されてしまった。
マヒロの胸中で不安が募る。もし〝ドクター〟がラッテと何か関係があったとしたら。それこそ、
『各位に伝達! 総員、待機解除! ただちに警戒態勢へ移行せよ!』
マヒロの胸中とは裏腹に、幌の幕越しに聞こえてくる、ゲイト大佐の堂々とした号令は軽快な口調で響き渡るばかりだった。