英雄、銀の咆哮を穿つ ~舞踏装甲姫ミステイル~   作:東出八附子

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8話 アインザム・ゲイトという男

 

 アインザム・ゲイトの人生を表す言葉は『喪失』であった。

 

 軍人の名家に生まれ、一族の期待を背負い軍務に就くと、数々の功績を打ち立てて出世街道を走り抜けた。良縁にも恵まれ、妻と2人の子どもを家族に迎えた。地位も名誉も我がものとした、まさに生まれた時から栄光を約束された男であった。

 

 しかし、その栄光は儚く消え去ることとなる。転機は略奪者(ブリガンド)の最大手グループ『起源の炎(ファイアスターター)』掃討作戦の総指揮を執った際だった。

 略奪者(ブリガンド)は、国家解体後に乱立した、その名の通りの無法者集団である。盗み、騙し、犯し、そして殺す。マーキュリアという恐怖に耐えかね、悪事という逃げ道を走ってしまった快楽主義者どもだ。

 いわば人間のクズである奴らを葬り、手柄を立てるチャンスであった。ゲイトにとって、ただの通過点。勲章をひとつ増やすだけの単なる業務だ。

 

 だが、失敗した。作戦は順調だったが、内通者による裏切り、そして予期せぬマーキュリアの介入により一気に劣勢へ。そして調子づいた『起源の炎(ファイアスターター)』どもが押し寄せ、部隊が総崩れとなり、ゲイト率いる部隊は敗北・壊滅した。 

 ゲイトは捕らえられ、激しい拷問を受けることとなる。『起源の炎(ファイアスターター)』の気まぐれと本国からの交渉により解放されたものの、帰還したゲイトを待ち受けていたのは過酷な現実であった。

 

 大規模作戦の失敗による罰則は、彼の一族すらも巻き込む重いものであった。降格処分。多額の補償金の支払い。信用と地位の失墜。地方左遷。世論からの批判——考えうるすべての処罰を一身に浴びせられた。

 不幸はまだ続く。帰還を喜び、迎え入れてくれる筈だった妻と子ども達。彼女らは既に亡き者となって墓石へと姿を変えていた。

 UEC(ウェイク)本国で暮らしていた妻と子どもたちは、作戦失敗を責める世論に耐えかねて国外へ逃亡していた。その逃亡先で、マーキュリアに襲撃され、殺害されたのだ。

 こうして、アインザム・ゲイトという男は地位と名誉、そして家族を失った。誰もがゲイトという男の消失を確信していた。

 

 しかしゲイトは腐らなかった。尋常ならぬ執念で功績を積み上げ、またたく間に地位を取り戻した。

 その手腕はまさに非情。世論操作。軍事工作。要人暗殺。自分の地位を押し上げるために謀略の限りを尽くした。その徹底した実益主義が功を奏し、統治者(ラーガルド)の将校という重役に再度返り咲く。

 

 アインザム・ゲイトは復活を遂げた。もはや彼が軍役を退くことは無いだろう。

 自分の地位と名誉を奪った、略奪者(ブリガンド)という野蛮な非国民。そして自分の家族を奪った、人類の宿敵マーキュリア。

 奴らを地球上から根絶する、その日まで。

 

 

————————————————————

 

 

 そして現在。アインザム・ゲイトは、とある任務についている。脱走した生(・)体(・)兵(・)器(・)『TAIL1』の回収、ならびに脱走理由の調査である。

 任務の半分となる回収を終わらせた彼は、側近の兵士2名を引き連れ、『TAIL1』が収容されたトラックの中へ移動していた。『TAIL1』の様子を把握するためだ。

 『TAIL1』の全身は囚人用の拘束衣により完全に固定され、ぐったりと項垂(うなだ)れていた。もちろん銀流殻(シイル)製の尻尾にも、特製の拘束バンドが何本も巻かれ、微動だにできない状況である。

 

(見世物としては上出来か)

 

 ゲイト大佐は『TAIL1』を忌々しげに睨みつけながら、心の中で呟いた。見た目は麗しい美少女である。拘束趣味を持つ客層であれば多額の金が動きかねない光景だ。事実、側近の男女2名の兵士は『TAIL1』に尋常ならぬ視線を送っているほどである。

 その様子に鬱陶しさを覚えつつ、ゲイトは『TAIL1』の拘束を担当している科学者に質問した。『TAIL1』の仕(・)様(・)を一番知っている専門家である。

 

「目覚めるまでの予想は?」

「麻酔の投与量から計算すると、約24時間後です」

「なるほど。私は臆病になりすぎたようだ」

 

 捕獲の際、万全を期すため、多めに麻酔を打ち込むように指示を出していた。相手は人外。人体の常識は通用しない。臆病でちょうど良いのだ。

 

 『TAIL1』とゲイトの関係は浅い。『TAIL1』の軍事演習に、監査役として数回立ち会った程度である。その際の彼女は命令に忠実で、手際よくマーキュリアたちを撃滅する兵器であった。違反などとは皆無な、不気味なほどに優秀な兵士であった。

 だからゲイトは『TAIL1』をよく知らない。知らないまま命令を遂行している。統治者(ラーガルド)所属である彼が抜擢されたのは、諜報活動のスペシャリストかつ、彼女の存在を多少なりとも知っているという理由からだ。故に任務へのモチベーションは低かった。

 

 任務を早く終わらせ帰投したいゲイトは、『TAIL1』の身体にナイフを突き立て、血を抜いて麻酔の効果を薄めたい——そんな野蛮な衝動に駆られた。しかし上層部から、可能な限り無傷での確保を求められている。手出しができず、もどかしい。

 眺めていても埒(らち)が明かない。そう判断したゲイトが踵を返し、立ち去ろうとした瞬間。

 

「う……」

 

 『TAIL1』からうめき声が聞こえた。直後にゲホゲホと咳込むと、赤い血の混じった唾液が床に飛び散った。気を失う前に、気付けのため舌を噛んでいたようだ。その程度の小細工でどうにかなる量の麻酔ではなかったのだが——と、大佐は内心で舌を巻く。報告と違う結果を問いただすように、ゲイトが科学者をひと睨みすると、彼は怯えて身をすくませた。

 「やはり化け物か」とゲイト大佐は呟くと、即座に『TAIL1』の元へ詰め寄り、彼女の目前に立った。

 

「起きろ」

 

 ゲイト大佐の冷たい声が響くと、『TAIL1』は項垂れたまま薄っすらと瞼(まぶた)を開けた。

 

 

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