帰宅した頃には、日付が変わっていた。
バイトが終わり疲労感と共に帰宅した。
狭いアパートの部屋。
灯りもつけないまま、男は玄関から無造作に靴を脱ぐ。
買い物袋を一旦床に投げ出しまずは楽な格好に着替えたい。
ポストには郵便物。
テーブルには未開封の封筒。
全部放置した。
その時。
留守電ランプが点滅しているのに気付く。
男は数秒見つめた後、ため息混じりに再生ボタンを押した。
『和人? お母さんだけど……』
母親の声。
少し疲れたような、でも心配を隠そうとしている声音。
『最近全然連絡ないから……せめて無事かどうかくらい――』
部屋着に着替えながら聞き流す。
次。
『お兄ちゃん? 直葉だけど』
妹の声。
『たまには帰ってきなよ。母さん達、心配してるし……』
少し間。
『……私も』
喉が渇いてお茶を飲む。
安い麦茶の味が心地良い。
そこでメッセージが終わる。
床に置いた買い物袋から中身を冷蔵庫に入れていく。
その次も。
全部、家族からだった。
生きているか。
ちゃんと食べているか。
病院には行っているか。
そんな内容ばかり。
男は無言で聞き終える。
感情は湧かなかった。
申し訳なさも。
嬉しさも。
ただ、胸の奥に鈍い重さだけが残る。
それが余計に煩わしかった。
「……メンドクセ」
ぽつりと呟く。
最後の食品を冷蔵庫の奥に詰めてようやく一息つける。
ソファへ乱暴に沈み込み、顔を覆った。
家族は悪くない。
分かっている。
彼らは“桐ヶ谷和人”を心配しているだけだ。
でも、自分にはその期待に応える中身がない。
昔みたいに笑えない。
普通に会話もできない。
何を話せばいいのか分からない。
だから距離を置いた。
その方が楽だった。
留守電ランプは消えている。
部屋は静かだった。
男は天井を見上げる。
ふと、SAOから目覚めた後に聞かされた家族とのことを思い出した。
桐ヶ谷和人は桐ヶ谷家の実子ではない、母方の妹夫婦が事故死し残されたまだ赤ん坊だった一人息子を引き取った。
つまり母親からすれば甥で、直葉からすれば従兄弟にあたる。
決して実子ではないからと差別せず、子供二人を分け隔てなく愛してくれたのは目覚めた時から今まで自分を心配するその言動から伝わってくる。
むしろそんな家族と距離を掴みかねていたのはSAOにログインする前の自分の方だったみたいだ。
自分が実の家族ではないと知り、両親からも妹からも逃げるように距離を置いた。
そして今も、記憶を失い何も覚えていないからと逃げるようにこのアパートに住んでいる。
男は目を閉じ、小さく息を吐く。
「……帰ったところで、誰だよって話だろ」
返事はない。