ファミレスの窓際席。
深夜料金の時間帯で、店内は半分以上空いていた。
男はノートPCを閉じ、テーブルへ適当に放る。
「終わった」
向かいの菊岡が感心したように目を丸くする。
「相変わらず仕事早いねぇ」
内容はALO関連のログ整理だった。
違法アクセス痕の確認。
プレイヤーデータの照合。
かつての《キリト》時代の知識と感覚が、こういう時だけ妙に役立つ。
本人としては納得いかなかったが。
菊岡はコーヒーを飲みながら笑う。
「助かるよ。君、正式に雇いたいくらいだ」
「やめとく」
男はドリンクバーの安いカフェオレを飲む。
甘い。
少しだけ気分がマシになる。
しばらく無言。
やがて男は、ふと思い出したみたいに言った。
「……あとさ」
「ん?」
「めんどいから、アスナに連絡先知られないようにしたい」
菊岡の動きが止まる。
「……君ねぇ」
呆れた声だった。
「言い方ってものがあるだろう? 相手は君をずっと――」
「違う」
男は淡々と遮る。
「そういう意味じゃない」
視線をカップへ落とす。
湯気が揺れる。
「……不毛だから」
静かな声だった。
菊岡は黙る。
男は続けた。
「向こうは黒の剣士だった《キリト》探してる。でも俺は違う」
その言葉に感情はほとんど乗っていない。
ただ、事実確認みたいだった。
「会っても、期待外れになるだけだろ」
アスナが求めているのは。
命を懸けて隣に立った《黒の剣士》。
笑って、怒って、愛した“キリト”。
でも今ここにいるのは。
甘いもの食って、適当に生きてるだけの空っぽな男だ。
男はストローを弄びながら、小さく息を吐く。
「だったら最初から会わない方がマシだ」
菊岡はしばらく何も言わなかった。
軽口を叩くこともできた。
「そんなことない」と励ますことも。
でも目の前の青年は、本気でそう思っている。
だからこそ、下手な慰めが薄っぺらく感じた。
やがて菊岡は、諦めたように肩をすくめる。
「……まぁ、個人情報だし連絡先については配慮するよ」
「助かる」
男は素直に頷いた。
その反応があまりにも普通で、菊岡は逆に苦笑する。
まるで“元恋人を避けたい”というより、本当に“気まずい他人”を避けているだけみたいだった。
男は残ったカフェオレを飲み干す。
そしてぽつりと呟く。
「面倒なんだよな、期待されるの」
その言葉だけが、少し疲れて聞こえた。
少しの沈黙の後、男はメニュー表を眺める。
「このパフェ頼んでいい?」
すぐに甘いものへ意識を切り替えた男に菊岡は苦笑するしかなかった。
「こんな時間に食べるの?」
「こんな時間に呼び出したのはそっちだろ」
はいはい、と肩を竦めながらタブレットから注文した。