バイトも課題もない休日の昼下がり。
アパートでやるべきことを終わらせダラダラと過ごす至福の時間。
途中から男は珍しく、スマホを真剣な顔で眺めていた。
理由は単純。
ネットで見かけた和菓子が妙に美味そうだったからだ。
季節限定の栗大福。
口コミも高い。
『甘さ控えめで上品』
『並んでも食べる価値あり』
『見た目も可愛い』
そんな感想を読みながら、男は小さく頷く。
「……気になるな」
甘いものだけは、今でもちゃんと“美味い”と思える。
だから最近は、変に拘るようになっていた。
コンビニや喫茶店のケーキも美味いが和菓子も良さそうだ。
男は店の詳細を開く。
住所。
最寄り駅。
営業時間。
商品の値段。
そこまで見て、不意に指が止まった。
「……あ?」
表示された地図。
見覚えのある駅名。
帰還者学校の近くだった。
男は数秒無言で画面を見つめる。
あの辺りは、SAO帰還者が多い。
知り合いに遭遇する可能性も高い。
アスナ。
リズペット。
シリカ。
あるいは他の生還者。
ログにあった《キリト》の知り合い達。
別に悪いことをしているわけじゃない。
だが、会いたくなかった。
もしも顔を合わせたらどうなるか考える。
説明も。
期待も。
気まずい空気も。
全部面倒だった。
何も答えられないのだから。
男はソファに沈み込みながら、心底嫌そうに眉を寄せる。
「……ネット取り寄せできないかな」
真剣な声だった。
スマホを操作する。
通販。
配送対応。
冷凍可能。
調べ方が妙に本気である。
数分後。
《店頭販売限定》
その文字を見て、男は静かに天井を仰いだ。
「マジか……」
落胆の声。
店側のこだわりかもしれないがそこは対応していてほしかった。
普通なら学校の近くくらい気にせず行けばいい話だ。
だが男にとっては、和菓子一つのためにSAO時代の“キリト”関連の人間と遭遇するリスクを負うのが本気で嫌だった。
しばらく悩む。
和菓子。
遭遇リスク。
天秤にかける。
そして最終的に、小さく呟いた。
「……平日の昼ならワンチャンあるか?」
真っ当な学生ならともかく自分はバイトと課題以外はこれといって用事がなければ平日でも自由だ。
その時間帯を選べば問題ないだろう。
なんなら店内で食べて帰るのもいい。
その思考だけは、妙に生き生きしていた。
「色々融通効く通信制で良かった」
ただ高校卒業するためとSAO帰還者に理解ある学校だからと適当に選んだ男は都合良くそんなことを呟いた。
かつてデスゲームで命懸けで戦った日々は遠く、今は甘いものぐらいが生き甲斐の男の姿がそこにあった。