喫茶店のテーブルに、ケーキ皿が三つ並んでいた。
ショートケーキ。
ガトーショコラ。
レアチーズケーキ。
それらを眺めて男はどこか目を輝かせる。
今日はいつものバイト関連の呼び出しで財布を出してくれる大人がいる。
ならばと普段バイト暮らしの身ではできない頼み方をしてみた。
コンビニデザートなどと比べて値が張る店のケーキをこんなに食べれるなんて途方もない贅沢だ。
伝票はあえて見ない、こういうのは値段を下手に見ると素直に味わえなくなる。
落ち着いた雰囲気の、マダム御用達の店で一度にこれだけ頼む客は珍しいのだろう。
流石に頼みすぎだろう、と店員ですら一瞬顔をしたくらいだ。
向かいの菊岡は、その光景を見て半分呆れながらコーヒーを飲んでいる。
「……君、最近ちょっと甘いもの摂りすぎじゃないかい?」
男はフォークでショートケーキを切り分ける。
苺とクリームを一緒に口へ運ぶ。
「ん」
少しだけ目を細める。
美味い。
その反応を見ながら、菊岡はため息を吐いた。
「いや本当に。若いとはいえ健康面ってものがねぇ」
「奢りなんだろ」
「まぁそうだけど」
男は次にガトーショコラへ手を伸ばす。
濃厚な甘さ。
少し苦いコーヒーが合う。
「……」
静かに食べ続ける姿は妙に真剣だった。
菊岡は苦笑混じりに言う。
「君、たまにケーキ食べてる時だけ年相応だよねぇ」
「そうか?」
「そうそう。普段は妙に枯れてるのに」
男は肩をすくめる。
それから何でもないことみたいに言った。
「どうせ一回死んでるし」
フォークを動かす手は止まらない。
菊岡だけが一瞬黙る。
その言葉が冗談なのか、本音なのか分からなかったからだ。
男は気にせずレアチーズケーキを一口食べる。
「……これ美味いな」
素直な感想。
本当に味わっている。
菊岡はしばらく青年を見つめた後、小さく息を吐いた。
「君、自分のこと軽く言い過ぎなんだよ」
「軽いだろ」
男は淡々としていた。
「SAOで一回脳焼かれて、中身ほぼ消えてる」
フォークでケーキを切る。
「だったら半分くらい死人みたいなもんじゃん」
その声音に悲壮感はない。
ただ事実確認みたいだった。
だから余計に、菊岡は何も言えなくなる。
「ま、こういうのが食えるなら最近はマシかなって思うよ」
男はそんな空気にも気付かないまま、そう言って最後の一口を食べる。
空になった皿を見て、小さく満足そうに息を吐いた。
「……ごちそうさま」
その瞬間だけは、本当に普通の若者みたいな顔をしていた。
「それは良かった」
SAOから帰還して以来の付き合いである大人はそう言ってコーヒーを飲んだ。