夜の部屋。
データ整理はもう習慣みたいになっていた。
男は無表情のまま、古いSAOログをスクロールしている。
眠気覚ましにコーヒーを飲みながら半ば惰性で作業を続ける。
戦闘記録。
ギルド履歴。
イベントログ。
どれも“自分のもの”という実感はない。
ただ、知識として知っているだけだ。
その中で、ひとつの名前が引っかかった。
《Yui》
男は手を止める。
「……ユイ?」
ファイルを開く。
精神カウンセリング支援プログラム。
サポートAI。
ログにはそう記録されている。
SAO内でプレイヤーの精神状態を監視し、異常を検知するためのナビゲーションAI。
「ナビAIか……」
デスゲームなのにそんなのが存在したのか。
男は少しだけ目を細める。
特別な存在ではない。
そういう位置づけらしい。
だが《キリト》のログによれば、感情的なやり取りが多い個体だったようだが、それもあくまでAIの挙動だろう。
「最近のAIってすごいな、てか随分と《キリト》を気に掛けてるような?」
以外と黒の剣士だったキリトもストレスなどを溜め込んでいて、カウンセリングでもしていたのだろうか?
そう結論づけると、男は淡々とスクロールを続ける。
出会ったのは、アスナと結婚してからクリアされるまでの期間の間。
詳細は分からないがキリトとアスナの元に直接ユイの方からは出向いたらしい。
そこまではいい。
だが次のデータで指が止まる。
転送ログ。
《SAOクリア直前》
《ナーブギア→アスナ端末へ一時転送》
「……は?」
わずかに眉が動く。
そこには《Yui》のデータが、一時的にアスナのナーブギアへ移動していた記録があった。
それもSAOがクリアされてからプレイヤーが解放されるまでの僅かなタイムラグの間に。
救出処理。
緊急回避。
外部保存。
男はしばらく画面を見つめる。
普通のナビAIなら、そこまでの挙動はしないはずだ。
いくらカウンセリングなどで接触していたとしても。
だがログ上では、まるで“個体”として扱われている。
男は小さく息を吐く。
「……ただのナビAIじゃねぇのか?」
口調は軽い。
けれど、どこか判断がつかない違和感があった。
AIなのに。
ここまで記録が細かい。
まるで“誰か”として扱われているような。
男は数秒考えた後、結論を出すのをやめる。
「まぁいいか、今はアスナが持ってるなら」
それだけ呟いて、ウィンドウを閉じる。
AIだろうが何だろうが、自分には関係ない。
そう割り切ったはずだった。
なのに。
なぜか画面を閉じた後も、胸の奥に小さな引っかかりだけが残っていた。