少女を助けた翌日。
足首の痛みが引かずむしろ腫れが酷くなり流石に病院で診てもらうことにした。
診察室は静かだった。
レントゲン結果は着地の仕方が悪く捻挫というものだった。
医者は湿布を出しながら、「しばらく無理しないように」と淡々と説明する。
男は椅子に座ったまま、それを聞き流していた。
歩けないほどではない。
ただ、地味に面倒なやつだ。
「まぁ、折れてなくてよかったですね」
医者の言葉に、男は軽く頷く。
「そうですね」
それだけ。
会話はそこで終わるはずだった。
だが、帰り道。
松葉杖代わりにゆっくり歩きながら、男の頭にはずっと同じ疑問が残っていた。
――なんで助けた?
住宅街。
飛び出した少女。
反射的に動いた身体。
合理性はない。
見知らぬ子供。
自分には関係ない存在。
それなのに、足を結果的に痛めてまで助けたりした。
男は信号待ちで立ち止まり、小さく息を吐く。
「……意味分かんねぇな」
ぽつりと呟く。
《キリト》のログを見てから、時々こういうことがある。
理屈じゃない動き。
説明できない胸の奥の違和感。
まるで“別の誰か”の癖が残っているみたいに。
男は空を見上げる。
夕焼けが滲んでいた。
あの少女の顔を思い出す。
ログの中で見たユイというAIに似ていた。
ただそれだけだ。
それだけで、あんな行動をしたのか?
「……AIに似てるだけの、赤の他人の子供だぞ」
声に出してみても、納得はできない。
むしろ言葉にしたことで、余計に違和感が浮き上がる。
どう考えても助ける義理も義務もない。
自分は見ず知らずの相手を無条件に助けるようなお人好しでもない。
それでも身体は動いた。
男は歩き出しながら、もう一度自分に問いかける。
――俺は、そういう人間だったか?
答えは出ない。
いや、そもそも“俺”という基準自体が曖昧だ。
今の自分は空っぽだ。
だから、たまに零れ落ちる“何か”がある。
それが癖なのか。
残滓なのか。
ただの偶然なのか。
分からないまま、男はコンビニへ寄る。
湿布を貼り替えるためのテープを買う。
そしてレジ袋を提げながら、ぼそっと呟いた。
「……まぁいいか」
結局それ以上、答えを出すことはしなかった。
ただ、歩くたびに少し痛む足だけが、さっきの出来事が現実だったと静かに証明していた。
「怪我したなんて実家に知られたら面倒だな、言わなくていいか」
心配性な母親や直葉に知られたら怪我をしたなら帰ってこい、くらい言われるかもしれない。
知らせなければ知らせなければで、後から知った家族がどんな気持ちになるか、この時の男には考えつかなかった。