少女を助けた三日後。
夕方の駅前。
仕事帰りの人混みで、街は騒がしかった。
男はコンビニ袋を片手に、右足を庇うようにゆっくり歩いている。
捻挫はまだ治りきっていない。
歩けはする。
だが、走るのは厳しい。
「……めんど」
小さく呟きながら、人波を避ける。
その時だった。
ふと、視線が止まる。
駅前広場。
人混みの向こう。
長い栗色の髪。
見覚えのある顔。
男の動きが、一瞬だけ固まった。
「……」
アスナ。
結城明日奈。
ログの中で何度も見た顔。
でも実物を見るのは、遠目に見かけた時以来だった。
「嘘だろ」
あれだけ会わないよう注意を払ってきたのに。
一人暮らしの条件で成人までは実家からあまり離れた場所には住めないというのが仇になった。
向こうもこちらに気付く。
目が大きく見開かれる。
息を呑むように。
次の瞬間。
「キリトくん――!」
駆け出してくる。
男の心臓が妙に嫌な音を立てた。
反射的に踵を返す。
逃げる。
説明したくない。
期待されたくない。
あの目を向けられたくない。
だが。
「っ……!」
痛み。
踏み込んだ瞬間、捻挫した足が悲鳴を上げる。
バランスを崩す。
視界が揺れた。
そのまま派手に転倒する。
「あ゛っ……」
周囲がざわつく。
コンビニ袋が転がり、中のプリンが飛び出した。
最悪だった。
男が起き上がろうとした時には、もう目の前までアスナが来ていた。
「大丈夫!?」
必死な声。
息を切らしている。
男は地面に片膝をついたまま、顔をしかめた。
「……最悪」
小さく呟く。
逃げ切れなかった。
アスナはそんな彼の前にしゃがみ込む。
震えるような目。
ようやく会えた人を見る目だった。
「キリトくん……」
その呼び方に、男は露骨に眉を寄せる。
「その名前で呼ぶな」
空気が止まる。
アスナの表情が強張った。
男は視線を逸らしながら、散らばった荷物を拾おうとする。
だが足が痛む。
うまく立てない。
「もしかして怪我してるの?」
アスナが慌てて支えようと手を伸ばす。
その瞬間、男は反射的に少し身を引いた。
「……触るな」
拒絶というより、困惑に近い動きだった。
アスナの手が止まる。
傷ついた顔。
でも男の方も、どうしていいか分からなかった。
目の前の少女は、自分を見て泣きそうになっている。
なのに自分の中には、その感情に対応する“何か”がない。
あるのは気まずさだけだった。
男は深くため息を吐く。
そして転がったプリンを見つめ、小さく呟く。
「……潰れてないといいけど」
その一言があまりにも普段通りで。
アスナは逆に、何も言えなくなってしまった。
SAO以来の二人の再会は、劇的、とは言い難いものになった。