駅前のベンチ。
男はアスナに支えられながら座り込み、露骨に疲れた顔をしていた。
捻挫した足はじんじん痛む。
人混みはまだ騒がしい。
アスナはスマホを取り出す。
「その足じゃ歩けないでしょ、タクシー呼ぶね」
「いらない」
即答。
「でも実際歩けないでしょ」
「歩ける」
「さっき転んだよね!?」
男は顔をしかめて視線を逸らす。
アスナが言うことは正しい、正直かなり痛い。
だがアスナに世話になるのは、それ以上に落ち着かなかった。
男はポケットからスマホを出す。
せめて自分で帰りの足を呼ぼう。
画面を開く。
タクシーアプリ。
しかし電子マネーの残高を見て沈黙。
「……」
今月、甘いものに使いすぎた。
限定和菓子。
新作ケーキ。
ちょっと高いモンブラン。
菊岡に奢らせる分だけじゃ満足できず自分で店などを調べて堪能した。
それを積み重ねた結果、財布事情が地味に終わっている。
男は数秒考えた後、無表情のままスマホを閉じた。
「呼んだから」
「え?」
「タクシー。もう来る」
棒読みだった。
アスナがじっと見る。
男は目を逸らす。
「……何」
「キリトくん」
「その名前で呼ぶな」
「タクシー、本当に呼んだ?」
「呼んだ」
「じゃあ確認画面見せて」
「……」
沈黙。
アスナの目が少し細くなる。
男は観念したみたいに小さく息を吐いた。
「……金ない」
アスナが固まる。
数秒後。
「えっ」
「今月使いすぎた」
「何に」
男は少し迷う。
だが隠す理由もないので普通に答えた。
「ケーキ」
アスナは思わず口を押さえた。
笑いそうになる。
でも本人は真面目だった。
「限定多かったんだよ今月」
「……」
「あと和菓子」
言い訳みたいに付け足す。
アスナはついに耐えきれず、小さく吹き出した。
男は露骨に嫌そうな顔をする。
「笑うな」
「ご、ごめん……っ」
謝りながらも肩が震えている。
あまりにも想像と違ったからだ。
ずっと会いたかった《黒の剣士》。
命懸けで戦った英雄。
そして、あの仮想世界で想いを通じ合わせた恋人。
その人が今、ケーキ代で金欠になっている。
どこか子供のように失敗を白状するその姿はに、アスナはどこか緊張感が抜けるのを感じた。
そんな彼女に馬鹿にされたと感じたのか、男は不機嫌そうにそっぽを向く。
「歩いて帰る」
「無理」
「行ける」
「さっき盛大に転んだでしょ!」
アスナは強引にスマホを操作する。
「私が払うから」
「いらない」
「いるの、下手に歩いたら悪化するでしょ!」
「別にこれくらいなら」
「これくらい、なんて考えが一番駄目だよ!」
押し問答。
周囲から見れば、どこか距離感の近い者同士の喧嘩だった。
だが男だけが、それにどうしても馴染めず、小さく眉を寄せ続けていた。