もう何度目か分からないSAOのログ整理。
全体のほんの一部、黒の剣士関連だけとはいえ二年分のデータは膨大で中々終わらない。
今日もある程度分類して一部を整頓するのが精一杯だった。
削除前の最終確認。
それだけのつもりだった。
必要な公的データと、事件関連の証拠を切り分けるためにログを開いただけ。
本当に、それだけだった。
なのに。
気付けば《Asuna》関連の記録が画面に残っていた。
結婚システム申請履歴。
《Kirito→Asuna》
共有ホーム設定履歴。
《22層森林エリア小屋 共同所有者登録済》
食事ログ。
《好感度補正により追加ボーナス発生》
短いメッセージ履歴。
『おかえり、キリトくん』
『ああ、ただいま』
男はしばらく無言で画面を見ていた。
そこにある感情は理解できる。
分析もできる。
行動傾向から見ても、《キリト》が《アスナ》こと結城明日奈という存在を極めて重要視していたのは明白だった。
優先順位。
危険選択。
戦闘時の行動変化。
どのログを見ても異常なくらい露骨だ。
命より重かったのだろう。
きっと。
「……すごいな」
ぽつりと呟く。
自分にはない感情だった。
誰かのために死ねるほどの執着。
誰かを守ることで自分を保てる感覚。
理解はできる。
だが実感がない。
まるで本の登場人物を見ているようだった。
それでも。
「ある意味、羨ましいかもな」
小さく笑う。
こんなにも誰かを想えた“キリト”という人間を。
そして、こんなにも想われていたことを。
アスナの記録にも、それは残っていた。
一層の頃からの付き合いだったらしい。
心配する言葉。
怒った記録。
笑った音声。
二人の間に積み重なった時間だけは、本物だったのだろう。
ログだけしか知らないがそれはこれでもかと見せられた。
だが。
男の指は止まらない。
カーソルを動かす。
《関連データを削除》
確認画面。
「……でも」
静かな声が漏れる。
「それ、俺じゃないしな」
クリック。
ログが消えていく。
共有ホーム履歴。
メッセージキャッシュ。
感情補完データ。
一つずつ。
まるで誰かの墓を静かに片付けるみたいに。
「結局過去の、それもゲームの話だし」
胸は痛まない。
涙も出ない。
それなのに、削除が進むほど妙な息苦しさだけが残った。
画面の中で、《Kirito_Asuna_memory》が完全消去される。
男はしばらくそれを見届けた後、静かにPCを閉じた。
部屋には何も残らない。
ただ、自分ではない誰かが確かに愛していたという事実だけが、妙に消えずに頭に残っていた。