翌日はたまたま世間一般の休日だった。
待ち合わせ場所にした昼下がりの公園広場は穏やかに賑わっていた。
子供の笑い声。
ベビーカーを押す家族。
犬の散歩。
その一角にあるテラス席で、男は居心地悪そうに座っている。
向かいにはアスナ。
テーブルの中央には、問題の限定和菓子セット。
写真で見た以上に豪華だった。
男は数秒見つめた後、素直に呟く。
「……これ絶対美味いやつだろ」
アスナが小さく笑う。
「でしょ?」
その笑顔に、男は少しだけ視線を逸らした。
やはりまだ落ち着かない。
距離感が近い。
でも。
和菓子は本当に美味かった。
程よい上品な甘さ。
クリーム。
苺の酸味。
男は割と真剣に食べていた。
「……うま」
ぽつりと漏れる。
その顔を見て、アスナは少し安心したように目を細める。
昔と変わらない。
少なくとも、“美味しいものを食べた時の顔”だけは。
食べ終わった後。
男は背もたれへ寄りかかり、小さく息を吐いた。
「……満足」
珍しく率直な声だった。
春風が吹く。
周囲では家族連れが笑っている。
平和な光景。
男はぼんやりそれを眺めながら、つい口を滑らせた。
「まぁ今月金欠だけど、来てよかった」
アスナの目が止まる。
「……金欠?」
男は「あ」と小さく呟く。
余計なことを言った。
アスナは少し身を乗り出す。
「大丈夫なの?」
「別に」
「別にって……」
男は視線を逸らす。
「家電壊れたり色々重なっただけ」
「生活できてる?」
「できてる」
「ちゃんと食べてる?」
「……まぁ」
一瞬間が空く。
アスナの表情が曇る。
「キリトくん」
「その名前で呼ぶなって」
「食費削ってるでしょ」
図星だった。
男は露骨に嫌そうな顔になる。
アスナはため息を吐く。
「もしかして普段から甘いもの優先してる?」
沈黙。
男は静かに視線を逸らす。
それだけで答えになっていた。
アスナはとうとう額を押さえる。
「もう…ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ、よく見たら痩せ気味だし」
呆れと心配が混ざった声。
実際男の私生活はあまり健康的とは言い難いものだった。
自炊はするがあまり栄養バランスなどは考えてない、レトルトやコンビニ弁当などで済ますことも多い。
バイトが忙しい時には徹夜でエナドリ頼みなこともある。
その上で甘いものは減らせないどころかここ最近増えている。
自分の体調などあまり省みなかったことがアスナにはお見通しらしい。
男はぼそっと言い訳する。
「…今はこれが数少ない楽しみなんだよ」
「だからって栄養より甘いもの優先しないで!」
近くの子供がびくっとこちらを見るくらいには真剣だった。
男は肩を縮める。
怒られている。
なぜか分からないが、少しだけ懐かしい感じがした。
アスナはしばらく何か言いたそうにしていたが、結局大きく息を吐いて力を抜く。
「……今度ご飯作る」
「は?」
「ちゃんと栄養あるやつ」
男は反射的に断ろうとする。
だが。
真っ直ぐこちらを見る強い視線に、何も言えなくなってしまった。
ふと、以前ログで見た食卓が頭を過った。
温かい料理。
笑っていた《キリト》。
男は数秒黙り込む。
そして小さく呟いた。
「うちのアパート汚いぞ」
「別に気にしないよ」
「台所狭いし」
「最低限使えれば大丈夫」
「冷蔵庫の中身なんてろくなのが無い」
「私が買い物していくから」
どんな理由を並べても諦めない。
これまで散々自分を探していたのが目の前の彼女だったと思い出した。
結局根負けしたのは男の方だった。
「……シチューなら」
アスナの目が、驚いたように見開かれた。
そして嬉しそうに笑った。
何がそんなに嬉しいのか、今の男には分からなかった。