夕方前。
多くの家庭で夕飯の支度が始まる時間帯。
男は部屋の中央で立ち尽くしていた。
「……なんでこうなった」
昨日の自分を問い詰めたい気持ちで一杯だ。
自分はただ借りてたタクシー代を返して和菓子セットを食べるためだけにアスナに会いに行ったはずなのに、なぜか彼女が家で夕飯を作る話になっていた。
《じゃあ今度作るね》
《材料買っていくから》
《食べられないものあるなら教えて》
《明日空いてる?》
本当に気づけばそういう流れになっていた。
断るタイミングを逃した。
そして現在。
男は必死に部屋を片付けていた。
床に置きっぱなしだった服を回収。
コンビニ袋を捨てる。
積みっぱなしの資料を端へ寄せる。
「……めんど……」
呟きながらも手は止まらない。
そういえば他人をこのアパートの部屋へ入れるのは初めてだった。
しかも相手は、記憶を無くす前の《キリト》の恋人だった人間だ。
落ち着かない。
男は次は床全体を片付ける。
自分一人の暮らしの空間ということであまり整頓していなかった。
最低限の掃除くらいはしておくべきだったかと何度目かの遅い後悔をしたり
「別に、汚くて逃げられてもいいけど」
独り言。
そうだ、向こうが勝手に来たのだから構うものか。
なんて思いながらも床にうっすら積もった埃を掃除機でできる限り綺麗にする。
次はどうするか、掃除機を片付けながら考える。
その時。
――ピンポーン。
インターホン。
男の肩がびくっと揺れる。
「……来た」
数秒その場で固まる。
逃げるか?
いや無理だ。
約束している。
男は深くため息を吐き、玄関へ向かった。
扉を開ける。
そこにはアスナが立っていた。
私服姿。
両手にはスーパーの買い物袋。
「こんばんは」
少し緊張した笑顔。
男は視線を逸らす。
「……どうも」
ぎこちない。
アスナはそんな反応にも少し慣れてきたのか、小さく笑った。
「ちゃんと来たよ」
「見れば分かる」
「入っていい?」
男は少し間を空ける。
部屋へ他人を入れる。
その感覚自体が妙に落ち着かなかった。
だが最終的に、小さく横へ退く。
「……狭いけど」
「うん、お邪魔します」
アスナが中へ入る。
柔らかなシャンプーの匂いが一瞬だけ漂った。
男はなぜか少しだけ居心地悪そうに眉を寄せる。
アスナは部屋を見回す。
思ったより普通だった。
生活感は薄いが、ちゃんと暮らしている。
少し安心する。
その時。
テーブルの隅に積まれたコンビニスイーツの空箱が目に入る。
アスナがじっと見る。
男は察した。
「……捨て忘れ」
「あれ何日分?」
「覚えてない」
「キリトくん」
「その名前で呼ぶなって」
いつものやり取り。
なのにアスナは少しだけ嬉しそうに笑う。
男はその理由が分からず、小さく眉をひそめた。
「じゃあ台所借りるね」
「…好きに使えば」
ぶっきらぼうな言葉にもアスナは笑顔のまま持参したエプロンを付け始めた。