昼下がりの喫茶店。
いつも通りのバイトの打ち合わせ。
男は資料をめくりながら、菊岡の説明を適当に聞いていた。
「――というわけで、今回もVR関連のログ確認をお願いしたいんだけど」
「ん」
気のない返事。
だが以前より、少しだけ反応がある。
菊岡はそんな様子を眺めながら、コーヒーを一口飲んだ。
「……君、最近顔色良くなったね」
男の手が止まる。
「は?」
「前よりちゃんと寝てる顔してる」
「気のせい」
即答。
菊岡は苦笑する。
「いや本当に。前はもっとこう……死んだ魚みたいな顔してたから」
「失礼だな」
「それに少し痩せ気味だったけど今はいい意味で肉付きが良くなったよ」
「変な言い方すんな」
「だからいい意味でだよ、健康的な体型になれたね」
男は眉を寄せながら資料を閉じる。
だが言われてみれば、ここ最近の生活は少し変わっていた。
アスナが来るようになってから。
冷蔵庫にまともな食材が増えた。
勝手に賞味期限切れを捨てられたり。
「野菜食べて」
と言われたり。
気づけば掃除までされていた。
「なんで人ん家の床勝手に磨いてんだ……」
と本気で困惑したくらいだ。
しかも最近は、
《ちゃんとご飯食べた?》
《もう足は大丈夫?最後まで湿布替えてね》
みたいなメッセージまで飛んでくる。
男はその光景を思い出し、露骨に嫌そうな顔になる。
「……気のせいだろ」
もう一度言う。
菊岡はにやにやしていた。
「ふーん?」
「なんだよ」
「いやぁ、生活改善された人の顔だなぁって」
男は露骨に視線を逸らす。
図星だった。
実際、体調は少し良くなっている。
ふとした時に鏡で自分の顔を見るとあれ?と思うくらいには顔色は変わった。
ちゃんとした飯。
多少規則的な生活。
人間らしい睡眠。
それだけで変わるものらしい。
だが認めるのは妙に癪だった。
男は不機嫌そうにコーヒーを飲む。
菊岡は楽しそうに続ける。
腹立たしいことに菊岡には早い段階でアスナがアパートに飯を作りに来てるのがバレた。
たまたまメッセージのやりとりをしていたのが知られたせいだ。
「ちなみにその変化、原因は誰かな?」
「知らん」
「栗色の髪の女の子だったり?」
「知らん」
「アパートに通ってくれる甲斐甲斐しい子だったり?」
「……うるさい、それ以上言ったらセクハラ認定するぞ」
珍しく少しだけ語気が強くなる。
菊岡は吹き出した。
男は顔をしかめる。
だが完全否定できないのが、自分でも少し厄介だった。
最近の部屋は少し暖かい。
冷蔵庫にはまともな食材が入っている。
自分のために用意された飯がある。
そしてたまに、誰かが来る。
それを“悪くない”と思ってしまっている自分が、一番意味不明だった。