今日も今日とて生活費のために働いた。
バイト終わりにスマホを見ると、通知が溜まっていた。
その中で、ひとつだけ異様に目立つメッセージがある。
《至急連絡しなさい》
母親からだった。
男は眉をひそめる。
「……なんだよ」
珍しい。
普段はもう少し遠回しだ。
ここまで強い文面は滅多にない。
少し嫌な予感がした。
男はしばらく無視するか悩み、結局深いため息を吐いて電話をかける。
放置したら後が強そうだからだ。
数コール。
すぐ繋がった。
『もしもし和人!?やっと連絡したわね!』
声が早い。
男はスマホを耳に当てたまま、露骨に嫌そうな顔になる。
「……何」
『何じゃありません!』
怒られた。
男は少しスマホを離す。
『明日奈さんがあなたの家に通ってるって本当!?』
「…………は?」
男は一瞬固まった。
なんで知ってる。
嫌な汗が出る。
『この前偶然スーパーで会ったのよ!』
終わった。
アスナは普通に挨拶しそうだ。
というかしたのだろう。
男は頭を抱えたくなる。
『真剣に食材選んでて、あなたの家に料理作りに行ってるって聞いたんだけど!?』
「いや……その……」
珍しく言葉に詰まる。
『和人?』
「……飯作りに来てるだけ」
『だけって』
「いや、別に変なあれじゃなくて」
どんどんしどろもどろになる。
自分でも何を言ってるのか分からない。
母親の向こうで、誰かが小さく笑った気配がした。
たぶん妹の直葉だ。
兄の狼狽える様子が珍しいのか。
なんにせよ最悪だった。
男は苦し紛れに言う。
「ちゃんと食費は渡してるし、無理はしなくていいって言ってる」
二回目からは流石に材料を買わせた上で作らせるのは気が引けたので、食費を渡すことにした。
その際一悶着あったが最終的に買い物のレシートをきちんとまとめて返すことで決着がついた。
そこまでしなくていいのにと思ったがアスナは譲らなかった。
そういう真面目な性格はSAOの頃と変わらないのだろうか、なんてつい考えてしまう。
数秒の沈黙。
それから。
『和人』
母親の声が、急に呆れたものになる。
『あなたねぇ……』
完全に“察した”声だった。
男は眉を寄せる。
「なんだよ」
『明日奈さん、あなたの世話しに行ってるのよね?』
「違う」
即答。
だが説得力がない。
『掃除もしてるんでしょ?』
「勝手に」
『ご飯も作ってる』
「……まぁ」
『合鍵も渡してる』
「……それは荷物受け取り用だ」
『和人』
「はい」
反射的に返事してしまう。
電話の向こうで深いため息。
『それ、普通は恋人って言うの』
男は沈黙した。
言葉が出ない。
頭の中で、自分の部屋の光景が浮かぶ。
夕飯。
洗濯物。
「おかえり」。
帰宅した時には既に用意されている夕食。
「……」
違和感しかない。
だが同時に、それが既に“日常”になっていることにも気づいてしまう。
電話の向こうで、母親が少し優しく言った。
『明日奈さん、大事にしなさいよ』
男はすぐには答えられなかった。
しばらく黙った後、小さく呟く。
「……あいつ、なんで俺なんか放っとかないんだろ」
その声は、困惑しているようで。
どこか少しだけ、安心しているようでもあった。