ユイとの再会を考えると話した日から数日が経った。
夕暮れの街。
「あーくたびれた」
そんな疲れた声を上げながらバイト帰りの男は、ため息をつく。
今日は少し早く終わった。
家へ帰れば、多分アスナがいる。
冷蔵庫を勝手に確認して、
「野菜少ない、もうキリト君ったら」
とか言っている気がする。
そして足りない分をスーパーで買い物して、また満足のいく献立を作って待っているのだろう。
最近はもう食費のやりくりすら完全に任せている。
スーパーのタイムセールやクーポンなども把握しているぐらいだ。
ふと、横を見るとコンビニが目に入った。
男はガラス越しにスイーツ棚を見る。
期間限定プリン。
新作ロールケーキ。
「……土産でも買って帰るか」
ぽつりと呟く。
自然だった。
その思考があまりにも自然に出たことに、自分でも少し違和感を覚える。
以前なら、誰かのために何かを買う発想なんてなかった。
だが最近は。
こういう美味そうなものを見ると、
“アスナ甘いの好きかな”
と考える瞬間が増えていた。
「…別にコンビニスイーツくらい、自分の分買うついでだ」
男は小さく眉を寄せる。
誰に向けた言い訳かも分からない。
とりあえず店に入ろうとした。
その時だった。
背後から、小さな笑い声が聞こえる。
振り返る。
若い夫婦。
その間を、小さな女の子が嬉しそうに歩いている。
父親の手を引きながら。
「パパ、はやくー!」
その光景を見た瞬間。
――フラッシュ。
頭の奥で、何かが弾けた。
「っ――」
激痛。
男が思わず頭を押さえる。
視界が揺れる。
脳裏に、知らないはずの光景が流れ込む。
木造の家。
暖かな食卓。
笑うアスナ。
そして。
小さな少女。
『パパー!』
自分へ飛びついてくる、小さな身体。
黒い髪。
無邪気な笑顔。
《ユイ》
「っ……ぁ……!」
男はコンビニの壁へ手をつく。
息が乱れる。
頭が痛い。
断片的な映像が次々流れ込む。
三人で食卓を囲む記憶。
ユイが眠っている姿。
アスナと並んで見守る自分。
胸の奥が、強く締め付けられる。
「なん……だよ……これ……」
声が掠れる。
知らない。
知らないはずなのに。
その記憶の中の感情だけが、異様なほど鮮明だった。
暖かくて。
大切で。
失いたくなくて。
男は呼吸を荒げながら、頭を押さえる。
脳が軋むようだった。
通行人が不審そうに見る。
だがそんな余裕はない。
《キリト》の記憶。
自分の食べていたサンドイッチを食べたがるユイ。
マスタードの多いそれに驚きながらも飲み込む。
『お、やるな。
なら次は激辛メニューにチャレンジするか』
笑いながら冗談めかして言う、自分のものと思わしき声。
そこに込められた、大切な者たちへの想い。
初めて、“感情ごと”流れ込んできた。
ただのログじゃない。
本当に、自分が感じていたものみたいに。
「……ユイ……」
無意識に名前が漏れる。
その瞬間、胸の奥がまた強く痛んだ。
男はその場でしばらく動けなかった。