数日後。
キリトとアスナは、例の騒動で迷惑をかけた人達への謝罪に回っていた。
最初は菊岡だった。
いつもの喫茶店でケーキを前にした席で、菊岡は呆れた顔をしていた。
「いや本当にね」
ため息混じりの声。
「夜中に“アスナ君がハサミ持ってる!”って半泣きで電話してきた時は何事かと思ったよ」
キリトは顔を覆う。
「……悪かったよ」
思い出すだけで死にたくなる。
いつもは胡散臭いと思うこの大人にも、助けられたことは事実であり何も言い返せない。
菊岡はそんな彼を見ながら、にやっと笑った。
「でもまぁ」
フォークを揺らす。
「早く素直になれば良かったのに」
「……うるさい」
即答だった。
隣でアスナが小さく笑う。
キリトは顔を逸らすしかなかった。
ただ。
前みたいな、全部を拒絶する感覚はもう無かった。
次に向かったのは、あの海辺近くの定食屋だった。
二人で菓子折りを持っていく。
店主は最初キリトを見るなり「あっあの時の兄ちゃん」と言っていた。
事情を聞いたアスナが平謝りし、キリトも頭を下げ続ける。
店主は最終的に呆れたように笑った。
「まぁ彼女さん無事で良かったな」
そしてキリトへ指を向ける。
「二度と海で馬鹿やんなよ」
キリトは深く頭を下げる。
「……はい」
本当に、それしか言えなかった。
そして。
一番大変だったのは、その後だった。
ALOでずっと待っていてくれたユイ。
あの日もGPSを捜索してキリトを助けようとしてくれた。
大切な娘と会うために、キリトは仮アカウントでログインしていた。
かつてのSAOでのデータは消してしまったから。
隣にはアスナ。
ログイン直後。
少し離れた場所で、小さな影が止まる。
ユイだった。
数秒。
固まったあと。
「パパぁぁぁ!!」
凄まじい勢いで飛んできた。
「うわっ――!?」
キリトへそのまま抱きつく。
ユイは大泣きだった。
「よかったですぅぅぅ!!」
「ご、ごめ……!」
キリトは完全に狼狽える。
「ごめんユイ……!」
謝るしかできない。
ユイは抱きついたまま離れない。
「死んじゃうかと思ったんです!!」
「ごめん……」
「すっごく怖かったんですよ!!」
「……ごめん」
気付けば。
キリトの方も泣いていた。
自分でも驚くくらい自然に涙が出ていた。
ユイを抱きしめ返す腕が震える。
脳裏にまた断片的な記憶が流れる。
小さな娘みたいに笑うユイ。
三人で過ごした時間。
守りたかった感情。
キリトは泣きながら、ユイへ何度も謝った。
ユイも泣きながら「もう消えちゃダメです!」と怒っていた。
隣で見ていたアスナも、結局途中から泣いていた。
その日。
キリトはようやく少しだけ理解した。
記憶が全部戻らなくても。
《黒の剣士》と完全に同じになれなくても。
それでも。
今、自分が大切にしたいものは、ちゃんとここに残っているのだと。
待っていてくれた人達は、ここに確かにいたのだと。