ALOの空は、どこまでも穏やかだった。
大騒ぎのあと。
ユイは泣き疲れて、キリトの膝の上で眠っていた。
小さな寝息。
時折しゃくり上げるみたいに肩が動くのは、さっきまでどれだけ泣いていたかを物語っている。
キリトはそんなユイの髪を、静かに撫でていた。
その手つきはぎこちない。
けれど、とても優しかった。
「……随分遠回りしちゃったな」
ぽつりと漏れる。
記憶を失って。
全部拒絶して。
逃げて。
傷つけて。
海へ消えようとして。
そこまでして、ようやく気付けた。
自分の本当に大切なものは何だったのか。
アスナは隣で小さく笑う。
そして自然に、キリトの肩へ寄りかかった。
「でも」
柔らかな声。
「ちゃんとここに帰ってきてくれたから」
キリトは目を閉じる。
帰ってきた。
本当に、そうなのかもしれない。
《黒の剣士》としてではなく。
記憶を完全に取り戻したわけでもなく。
それでも。
今ここにいる自分として。
ちゃんと戻ってこられた。
アスナがいてくれたから。
「アスナが、俺の帰る場所になってくれたらだ」
何度拒絶しても、逃げ続けても諦めずに手を伸ばしてくれた。
再会してからもかつての黒の剣士ではなく、今目の前にいるキリトを見てくれた。
それがどれだけ自分を救ってくれたか、全てを失う寸前になりようやく気付くことができた。
キリトは隣を見る。
アスナもこちらを見ていた。
自然と目が合う。
どちらからともなく、少しだけ笑う。
長い時間をかけて。
遠回りして。
ようやく辿り着いたみたいな、穏やかな笑みだった。
キリトはゆっくりアスナへ触れる。
アスナも静かに目を閉じる。
そして。
二人はそっと口づけを交わした。
優しいキスだった。
確かめ合うみたいに。
まだ感情は完全じゃない。
記憶も曖昧なまま。
不安も残っている。
けれど。
この温もりを失いたくないと思う気持ちだけは、本物だった。
「アスナ、俺はまだ記憶が不安定で、自分の気持ちもハッキリ言えない」
「うん」
「でも、アスナとユイと、ずっとこの先も一緒にいたい」
「…うん、私も、キリト君とユイちゃんと、ずっと家族で一緒がいい」
アスナはキリトの肩へ額を寄せる。
キリトは眠るユイを起こさないよう、静かに二人を抱き寄せた。
まだ全てが解決した訳ではない、これからも問題はあるだろう。
それでももう逃げないと決めたのだ。
大切な人達と今度こそ向き合って生きるために。
見上げた空には柔らかい虹の光が広がっていた。
終わりではなく。
ようやく始まった、新しい物語を祝福するみたいに。
これにて完結です。
お読みいただきありがとうございます。