決を採ったのは、水が残り十一日になった夜だった。
議論は三日続いていた。結論を出したのは、矢代の一言だった。
「残る、って選択肢は、十一日後にはなくなります。だったら、残るか行くかを選べるのは、今だけです」
挙手。行く、四十二。残る、五。
残ると言ったのは、九階の老夫婦と、その隣の独居の男性、そして二〇三の女子学生の祖父母だった。
「足手まといになる」と九階の奥さんが言った。「三十キロ歩けない。途中で座り込んだら、あんたたち、置いていけないでしょう。置いていけないのが、一番危ないの」
誰も、説得できなかった。篠塚さんなら説得できたかもしれない。でも篠塚さんはもういない。
女子学生は、泣きながら祖父母の部屋に三時間こもって、それから出てきて、行く、と言った。
「おばあちゃんが、行けって」
別れは、出発の朝ではなく、その夜に済ませた。
朝は、泣いている時間がないからだ。
ルートで揉めた。
国道十四号は、まっすぐで広い。だが、乗り捨てられた車が壁を作っていて、視界が効かない。車の陰は、そのまま感染者の待ち伏せ場所になる。
海沿いは遠回りで、風が強く、遮蔽物がない。
最終的に選んだのは、矢代の案だった。
「線路を歩きましょう」
私鉄の高架線。北へ、ほぼ一直線。
理由は三つ。第一に、線路には車がない。視界が三百メートル先まで抜ける。第二に、高架区間は柵に囲まれていて、横から入られない。第三に、線路沿いに感染者がいる理由がない。人は駅にいる。線路上にはいない。
「問題は三つ」俺は言った。「駅。踏切。それと——バラスト」
「バラスト?」
「砂利です。あの上を四十二人で歩いたら、ザクザク音が出ます。半径二百メートルに聞こえる」
結論は、枕木の上を一列で歩く、だった。歩幅が合わない。子どもは特にきつい。それでも、音を出すよりはいい。
荷物の計算は、麻衣がやった。
水。一人一日三リットルは、歩けば足りない。四リットルは要る。四十二人、二日で三百三十六リットル。三百三十六キロ。運べるわけがない。
「二リットルに落とします」麻衣が言った。「脱水一歩手前で歩く。その代わり、二日じゃなくて、一泊二日で確実に着く行程にする」
台車が四台、キャリーカートが十一個、ベビーカーが三台。ベビーカーには、赤ん坊ではなく水を載せた。
井口さんのインスリンは、保冷バッグに入れて、俺が背負った。
出発は、夜明け直後だった。
感染者は夜も動く。だが、夜は俺たちのほうが圧倒的に不利だ。明るいうちに、できるだけ進む。
マンションのエントランスに、四十二人が並んだ。
先頭は矢代。バールを持った男が三人。真ん中に、子どもと高齢者と台車。最後尾が俺と、金属バットを持った二人。
九階の老夫婦が、廊下の窓から手を振っていた。
誰も、声を出さなかった。
声を出さないというルールが、こんなに残酷だとは思わなかった。
線路に上がるまでの一・二キロが、一番危なかった。住宅街を抜ける。
幸い、死体のように静かだった。この一帯の感染者は、もうとっくに、音のする方——駅や幹線道路のほうへ移動していたらしい。
高架の保守用階段を上がったとき、後ろで小さな声がした。
「ばいばい」
ひなただった。
麻衣が、その口を押さえた。
誰も、怒らなかった。
線路の上は、別世界だった。
高い。周りの家より高い。だから、街が全部見えた。
焼けた家。倒れた電柱。ベランダに干されたまま、二十九日ぶん色褪せた洗濯物。道路の真ん中で、何かの周りにしゃがみ込んでいる人影。
それでも、空が広かった。
風が吹いていた。
誰かが、小さく言った。
「……久しぶりだ、風」
三十日、マンションの中と屋上にしかいなかった人たちだった。
枕木を、一歩、一歩。
時速二キロ。想定どおり。子どもは歩幅が合わず、ときどき親に抱えられた。井口さんは杖をつきながら、それでも自分の足で歩いた。
二時間歩いて、十分休む。
四回目の休憩で、麻衣が水を配った。紙コップ半分。一人二百ミリリットル。
ひなたが、一口飲んで、俺に差し出した。
「パパも」
「パパのはあるよ」
「はんぶんこ」
俺は、その半分を飲んだ。ぬるくて、プラスチックの味がした。生まれて一番うまい水だった。
最初の踏切で、止まった。
高架が切れて、地上に降りる区間。踏切の上に、タクシーが一台、斜めに止まっていた。
その周りに、十二体。
車の中に、生きている人がいるらしかった。運転席で、何かが動いていた。三十日、ずっとそこにいたのか、それとも最近入ったのか、わからない。感染者たちは、その車のガラスを、単調に、規則正しく叩き続けていた。
音の源があるから、そこから動かない。
助けられるか、と誰かが言った。
矢代が、首を振った。
「四十二人います」
それだけだった。
俺たちは線路を降りて、住宅街を三百メートル迂回した。塀の陰を、一列で。誰も、踏切のほうを見なかった。見た人が一人いた。二〇三の女子学生だった。彼女は、口を両手で押さえたまま、涙だけ流して、歩き続けた。
あの車の人が、最後まで気づかなかったことを祈る。
四十二人が、すぐそばを通り過ぎたことに。
昼過ぎ、駅を通過した。
高架駅。ホームに、電車が停まったままだった。
車内に、いた。
ドアは閉まっている。あの日、車内で感染が起きて、ドアが開かないまま、全員が閉じ込められたのだろう。
窓の向こうに、灰色の顔が、いくつも、いくつも張り付いていた。
俺たちは、その車両の、二メートル横を通らなければならなかった。
矢代が、手で合図した。——ゆっくり、止まらずに。
一人目が通った。二人目。三人目。
車内の何体かが、こちらに顔を向けた。目が追ってくる。でも、ガラスは叩かない。音が出ていないからだ。あいつらは、視覚だけでは興奮しない。
俺は、そのとき初めて確信した。こいつらは、見えていない。あるいは、見えていても、意味が処理できていない。
十五人目で、事故が起きた。
四〇一の立花さんの息子——三歳が、ベビーカーから落ちたおもちゃを拾おうとして、しゃがんだ。
プラスチックのおもちゃが、コンクリートのホームで、カラン、と鳴った。
車内の百個の顔が、一斉に動いた。
ガラスが、鳴り始めた。
どん。どん。どん。百体が、同じリズムで。
電車の窓ガラスは、強い。割れはしない。
だが、音は、外へ出た。
駅の階段の下から、応答するように、足音が上がってきた。
「走れ!」矢代が叫んだ。
ルール一番と二番が、同時に死んだ。
ホームの先端から、線路へ飛び降りる。一メートル。子どもは大人が抱えて渡す。台車は、四人がかりで降ろした。
水のベビーカーが、一台、ひっくり返った。
十リットル入りのポリタンクが二つ、線路に落ちて、片方が割れた。
「置いていけ!」
走った。枕木の間隔が合わない。何人かが転んだ。俺は井口さんの腕を掴んで、引きずるように走った。八十二歳の体は、驚くほど軽かった。
後ろを見た。
駅のホームから、線路へ、降りてくる。七体。八体。十体。
あいつらは、一メートルの落差で足首を折っても走る。折れた足のまま、片足で跳ねて追ってくる。
三百メートル走って、高架が切れた。
その先は、直線の、ゆるい下り坂。
矢代が、後ろを振り返って、叫んだ。
「保線車!」
線路脇の退避スペースに、小さな作業用の台車が置いてあった。レールの上を走る、人力の手押しトロッコ。保線用のものだ。
「乗せろ! 子どもと年寄りだけ!」
六人乗せた。男四人で押した。下り坂で、加速した。
時速二キロが、時速十五キロになった。
感染者は、追いつけなかった。
一キロ先の登り坂で、俺たちは止まって、そこで初めて、全員を数え直した。
四十二人。
全員いた。
水が、六十リットル減っていた。
その夜は、保線基地の詰所で過ごした。
コンクリートブロックの建物。窓は金網入り。ドアは鉄。矢代が「ここを目指してた」と言った。線路を選んだ理由の、四つ目だった。
水は、明日の分が、一人一・二リットル。
残り十二キロ。歩けば六時間。持つ。ぎりぎり持つ。
夜、詰所の中で、俺たちは小さな声で話をした。
電気のない部屋で、四十二人が、囁き声で。
誰かが、パンデミック前の話をした。最後に食べた寿司の話。会社の上司の悪口。子どもの運動会。
立花さんが、俺の隣に来た。
「昼間、うちの子が」
「誰も死にませんでした」
「そういうことじゃなくて」立花さんは、膝を抱えた。「私、あのとき、思ったんです。あの子さえいなければ、って。一瞬だけ。自分の子に」
俺は、何も言えなかった。
「沢渡さん、私、あなたのこと、追い出そうとしてたんですよ。赤いテープのとき」
「知ってます」
「今なら、わかります。人って、こわいものを、自分の外側に置きたいんです。外側に置いとけば、自分は安全だから」
立花さんは、少し笑った。
「でも、昼間、いちばんこわかったのは、私の中にあった」
深夜、ドアが叩かれた。
六人いた。
男三人、女二人、そして十歳くらいの男の子。全員が痩せて、汚れていた。三週間、コンビニと民家を渡り歩いてきたという。
リーダー格の男が言った。
「水と、食い物を分けてくれ」
詰所の中で、意見が割れた。
明日の分しかない。分けたら、こちらが足りなくなる。
俺は、立ち上がった。三十日間で、一番はっきりした声が出た。
「条件があります。検身を受けてください。全身。傷があっても追い出さない。申告してくれたら、隔離して、一緒に連れていきます。隠したら、それだけで出て行ってもらう」
五人が、受けた。
リーダー格の男だけが、拒否した。
「ふざけんな。なんで俺が裸にならなきゃいけねえんだ」
「傷がないなら、十秒で終わります」
「傷はねえよ」
「じゃあ、十秒です」
男は、俺を睨んで、それから、仲間を置いて、闇の中へ出ていった。
残った五人には、水と、乾パンを分けた。子どもには、多めに。
朝、水のポリタンクが二つ、なくなっていた。
詰所の裏のドアが、内側から開けられていた。
あの男が、戻ってきていたのだ。
残った五人のうちの誰も、それを知らなかった。十歳の男の子が、泣きながら「おじさんだ」と言った。
その日、俺たちの水は、一人七百ミリリットルになった。
最後の十二キロは、地獄だった。
五月の晴天。高架の上に、日陰はない。コンクリートが熱を溜めて、下から焼いてくる。
二時間で、三人が倒れた。
水は、倒れた人に優先的に回した。歩ける人間は、飲まない。
ひなたは、途中から俺の背中にいた。十九キロの娘が、五十キロに感じた。
誰も、喋らなかった。音を立てないためではなく、喋る力が残っていなかった。
午後二時、前方に、フェンスが見えた。
有刺鉄線。土嚢。コンクリートブロック。そして、日の丸。
拡声器の声が、風に乗ってきた。
〈そこの集団、止まりなさい! 全員、両手を上げて、ゆっくり前進!〉
誰かが、膝から崩れた。
それは、安堵の崩れ方だった。
受付は、三時間かかった。
一人ずつ。サーモグラフィー。全身の目視。問診。
俺の番が来た。
若い隊員が、俺の右手を見た。
「これは」
「二十九日前、感染者の爪で引っかかれました」
隊員の手が、止まった。
桜田門の検問を思い出した。包帯の男。赤エリア。引き離された家族。
でも、隊員は、無線を取って、こう言った。
「陳旧性瘢痕、受傷二十九日。簡易検査に回します」
「簡易検査」
「血液です。異常プリオンの有無を、二十分で見ます。三週間前に配備されました」
心臓が、耳の奥で鳴った。
二十九日、答えの出なかった質問に、今日、答えが出る。
採血。テント。パイプ椅子。
二十分。
麻衣が、隣に座った。ひなたは、麻衣の膝で眠っていた。
「もし陽性だったら」
「言わないで」麻衣が言った。「二十九日、あなた、何も起きてない。それが答えでしょ」
「答えは、二十分後だ」
「答えは、もう出てるの。検査は、確認するだけ」
隊員が、紙を持って戻ってきた。
俺は、立ち上がれなかった。
「陰性です」
隊員は、事務的に言って、次の人の名前を呼んだ。
それだけだった。
二十九日、俺の背中に張り付いていたものが、剥がれて、落ちた。
俺は、パイプ椅子の上で、声を殺して泣いた。娘を起こさないように。
音を立てない癖は、たぶん、一生抜けない。
立花さんも、陰性だった。
九階の男性も、二〇三の女子学生も。
昨夜の五人も、全員、通った。
四十七人が、フェンスの内側に入った。
内側は、楽園ではなかった。テントと、簡易トイレと、一日二食の配給と、六千人の人間。水は、一人一日五リットル。それでも、五リットルあった。
井口さんは、医療棟に運ばれて、その日のうちにインスリンを打った。
その夜、俺たちは屋根の下で眠った。三十日ぶりに、誰も見張りに立たない夜だった。
一週間後、俺はゲート当番に志願した。
到着する集団を受け入れる係だ。一日に、二組か三組、来る。減ってはいるが、まだ来る。
三日目、自転車を押した女性の集団が来た。
俺は、走った。走ってから、ここは走っていい場所だったと思い出した。
違った。
四十代の、知らない人だった。娘さんを連れていた。
俺は、すみません、と言って、荷物を運ぶのを手伝った。
ゲートの内側に、掲示板がある。
尋ね人の紙が、何千枚も貼られている。写真、名前、連絡先。風で端がめくれて、重なって、層になっている。
俺は、船橋から持ってきた葉書を、そこに画鋲で留めた。
〈葛飾区・恩田さん。沢渡は生きています。娘も妻も無事です。自転車代、弁償します。下総・第四テント〉
誰かが、見るかもしれない。
見ないかもしれない。
それでも、留めた。
留めない理由が、もう、どこにもなかった。
帰り道、テントの前で、ひなたがしゃがんでいた。地面に、木の枝で絵を描いていた。
橋と、船と、自転車。それと、もう一つ。
大きな四角い建物と、たくさんの棒人間。
「これ、なに」
「みんな」ひなたが言った。「ここにいる、みんな」
棒人間は、数えきれないほど描いてあった。
その中に、手を繋いでいる二人がいた。片方の手は、三本線で、丁寧に描かれていた。