九月一日、午前八時十四分。新宿駅手前で停車した山手線の車内で、人が人を噛み始める。会社員の沢渡は、右手に正体不明の引っかき傷を負ったまま、家族の待つ船橋へ逃げ延びる。傷を隠した嘘は、マンションの閉鎖コミュニティで彼を「観察対象」に変え、やがて四十二人を率いた三十キロの線路行、六千人が暮らす自衛隊基地での統治の混乱へと彼を運んでいく。感染者を倒すのではなく、隠すことと申告することの間で揺れる人間たちの物語。
同じ朝を、厚労省の疫学調査官・棚倉真尋は霞が関で迎えていた。半年前、北海道で封じ込めに成功したはずの彼女の低温プロトコルは、実は耐性株を選抜する装置になっていた。七時間五十七分あって、二十四分間に合わなかった彼女は、その後、病原体の本籍地を深海に突き止める。根絶は不可能。必要なのは終息ではなく、終わらない管理だった。
二人は一度も会わない。名簿班の沢渡が書いた「感染者は食べていない」という一行だけが、無線を通じて彼女の机に届く。
同じ朝を、厚労省の疫学調査官・棚倉真尋は霞が関で迎えていた。半年前、北海道で封じ込めに成功したはずの彼女の低温プロトコルは、実は耐性株を選抜する装置になっていた。七時間五十七分あって、二十四分間に合わなかった彼女は、その後、病原体の本籍地を深海に突き止める。根絶は不可能。必要なのは終息ではなく、終わらない管理だった。
二人は一度も会わない。名簿班の沢渡が書いた「感染者は食べていない」という一行だけが、無線を通じて彼女の机に届く。