新宿、午前八時十四分   作:Sub Sonic

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九月一日、〇時十七分 ── 第二部「高圧型」

 

一年が経った。

 

八月の集計で、全国の感染者活動報告は、前年ピーク比の四パーセントまで落ちた。

 

私の出した「個体寿命十一〜十五か月」という数字は、下限寄りで当たった。誇る気にはなれない。あの数字が当たるということは、そこにいた人間が全員、一年かけて燃え尽きたということだ。

 

八月十日、私は本部の会議室に呼ばれた。

 

「九月一日に、終息宣言を出す」

 

審議官はそう言った。一周年に合わせて、という言葉が続いた。

 

「棚倉さん、技術的な根拠になる文書を、君に書いてもらいたい」

 

私は、書けません、と答えた。

 

「根拠がないのか」

 

「終息していないからです」

 

会議室が静かになった。

 

「新規感染は、五月以降ゼロです」私は続けた。「でも私は、KM-7がどこから来たのかを、まだ知りません。出どころがわからないものについて、終わったとは書けません」

 

「出どころは冷凍マグロだろう」

 

「それは、最初に見つけた場所です。出どころではありません」

 

私はその場で、調査班の設置を要求した。

 

通らないと思っていた。通った。理由は後で知った。水産庁が、同じことを気にしていたからだ。

 

調査班は四人だった。私、宮下くん、統計の技官が一人、そして水産庁から来た海洋研究の主任研究員。

 

荒瀬という五十代の男で、三十年、深海の底泥を見てきた人だった。

 

最初の会議で、私は自分の失敗から説明した。

 

マイナス四十度の閾値。耐性のある亜型の選抜。六か月の淘汰。

 

「つまり、耐性株は、どこかから供給され続けていたんです」私は言った。「私のプロトコルが選抜圧になったのは事実です。でも、選抜するには、選抜される多様性が最初から存在していなければならない」

 

荒瀬さんは、頷いた。

 

「変異じゃなくて、元々いた、と」

 

「はい。私は、それがどこにいたのかを知りたい」

 

 

最初の容疑者は、人間だった。

 

帯広の民間検査機関。私のプロトコルの実効性を検証するため、去年の五月から、反復凍結融解試験を行っていた事業所だ。

 

検体をマイナス四十度に落とし、戻し、また落とす。残存する感染性を測る。

 

それを百二十回、繰り返していた。

 

データを見た瞬間、宮下くんが言った。

 

「……これ、選抜培養そのものじゃないですか」

 

そのとおりだった。

 

検証のための試験が、耐性型だけを残す装置になっていた。そして試験後の残渣は、規定に従って高温焼却されるはずだったが、記録を追うと、去年六月の二週間、焼却炉の故障で、外部委託に切り替わっていた。

 

委託先は、化製処理場。つまり、飼料になる経路だ。

 

私は現地に飛んだ。

 

検査員は、三十代の女性だった。会議室で、私の顔を見て、すぐに泣き出した。

 

「私が、私たちが、やったんですか」

 

私は、答える前に、少し時間をかけた。答えを間違えたら、この人の人生が終わると思った。

 

「あなたは、手順どおりにやりました」

 

「でも」

 

「手順を書いたのは、私です」

 

彼女は、両手で顔を覆った。

 

私は、その部屋を出るまで、自分がひどいことをしていると思っていた。彼女を楽にするために、自分に全部背負わせて見せた。そういう安っぽい真似を、私はしている。

 

でも一週間後、その安っぽい真似は、事実に否定された。

 

 

統計の技官が、保存検体を洗い直した。

 

全国の検査機関に残っていた、KM-7の保存検体。二百十八件。採取日は、去年の一月から。

 

そのうち、帯広の試験が始まる前、去年三月に採取された検体から、耐性型が検出された。

 

全体の〇・三パーセント。微量だが、確実に、いた。

 

帯広は、犯人ではなかった。

 

帯広は、増幅器だったかもしれない。だが、種を蒔いたのは、もっと前だ。

 

私は、その報告書を読んで、二十分、動けなかった。

 

安堵したからではない。

 

逆だ。

 

人間のミスなら、止められる。手順を直せば終わる。

 

人間のミスでないなら——

 

それは、まだ供給され続けているという意味だ。

 

 

荒瀬さんが、一枚の海図を持ってきた。

 

「棚倉先生。最初の症例の、あのマグロですが」

 

苫小牧の第三冷凍倉庫で見つかった、あの内臓。

 

「漁獲記録、追えました。日本近海の延縄です。で、問題は、胃の内容物なんですよ」

 

荒瀬さんは、写真を出した。

 

「深海性のイカです。水深千二百メートルより深いところにいるやつ」

 

「マグロが、そんな深さまで潜るんですか」

 

「潜ります。捕食のとき、一気に。……つまり、あのマグロは、深海のものを食っていた」

 

私は、海図を見た。

 

「荒瀬さん。深海の水温は」

 

「水深千二百なら、二度から四度。年中、ほぼ一定です」

 

「圧力は」

 

「百二十気圧」

 

そのとき、私の中で、ばらばらだった事実が、ひとつの形に集まった。

 

タンパク質の立体構造は、温度だけでなく、圧力で決まる。

 

高圧下で折り畳まれた構造は、より緻密になる。水分子が入り込む隙間が少ない。

 

そして、低温変性というのは、タンパク質の隙間に水が入り込んで構造を壊す現象だ。

 

隙間がなければ、壊れない。

 

「高圧型」私は声に出した。「耐性型じゃない。高圧環境で形成された構造だから、低温で壊れないんです」

 

荒瀬さんは、静かに言った。

 

「それ、どこから来てるかって話になりますね」

 

「深海です」

 

「深海のどこにでも、って意味ですか」

 

「たぶん、ずっと前から」

 

 

十月、私は船に乗った。

 

海洋研究開発機構の調査船。千八百トン。相模湾沖、水深千二百メートル地点。

 

宮下くんは、出港して四時間で、完全に使いものにならなくなった。船室で丸くなって、「先生、人類は陸に上がったんです、理由があったんです」と呻いていた。

 

私は、揺れは平気だった。

 

ROVの操作室は、暗かった。モニターだけが光っていた。

 

降下に、一時間。

 

モニターの中の数字が、ゆっくり増えていく。四百。六百。八百。

 

外の水温、三・一度。

 

圧力、百二十気圧。

 

そして、光が届かない。

 

千二百メートルの海底は、灰色の泥だった。

 

ROVのライトが照らす範囲だけが、世界のすべてだった。

 

そこに、生き物がいた。

 

白い、半透明のナマコのようなものが、ゆっくり動いていた。

 

私は、それを見ながら、たぶん人生で一番おかしな感想を持った。

 

きれいだ、と思った。

 

一年間、私は、人間が人間を噛む記録ばかり読んできた。そのあいだ、ここでは、何も変わっていなかった。水温三・一度。百二十気圧。暗黒。五百万年、たぶん同じ。

 

荒瀬さんが、隣で小声で言った。

 

「先生、これが本籍地かもしれませんね」

 

採泥は、四回行った。

 

 

結果が出たのは、十二月だった。

 

水深千二百メートルの底泥から、KM-7と同一配列の異常タンパクを検出。

 

そのうち、高圧型の構造をとるものが、九十七パーセント。

 

深海性イカの外套膜からも、同様に検出。

 

そして重要なことに、これらは、感染性を持っていた。培養細胞での増殖が確認された。

 

つまり。

 

KM-7は、新しい病気ではなかった。

 

深海に、ずっといた。

 

高圧のもとで、低温にも熱にも強い構造をとって、静かに、たぶん人類が現れる前から。

 

それが、深海漁業の拡大とともに、少しずつ陸へ上がってきていた。ごく微量に、長い年月をかけて。

 

誰も病気にならなかったのは、量が少なかったからだ。

 

そして去年、ある一匹のマグロが、たまたま多く食っていた。

 

それだけだった。

 

これは、事故ではなかった。

 

遅かれ早かれ起きることが、たまたま去年起きた、というだけのことだった。

 

 

一月、私は報告書の第一稿を上げた。

 

結論の部分は、三行だった。

 

〈KM-7は環境常在性の病原体であり、根絶は不可能である。 深海由来原料の流通が継続する限り、再流入は必然である。 したがって必要なのは終息ではなく、恒久的な管理体制である〉

 

二日後、審議官に呼ばれた。

 

「棚倉さん、これは、遠洋漁業を殺す文書だぞ」

 

「殺しません。深度と原料の管理を求めているだけです」

 

「同じことだ。今この国に、水産業を制限する余力があると思うか。食料自給の議論がどうなっているか、知らないわけじゃないだろう」

 

知っていた。

 

六千万人が、一日二食で暮らしている。海はまだ生きている。漁業だけが、この国で唯一、無傷に近い産業だった。

 

「表現を変えられないか」審議官は言った。「根絶は不可能である、を、継続的な監視が望ましい、に」

 

「意味が変わります」

 

「そこを変えてくれと言っている」

 

私は、少し考えた。

 

一年半前の私なら、その場で拒否して、机を叩いて出ていっただろう。

 

でも、二十四分のことがあってから、私は、自分の正しさの値段を、少しは計算するようになった。

 

「一つ、交換条件を出させてください」私は言った。「『終息宣言』を、やめてください。『収束宣言』にしてください」

 

「……一文字違うだけだろう」

 

「一文字違えば、十年後に誰かが読み返したとき、意味が違います。終息は終わりです。収束は、一時的に収まっただけです」

 

審議官は、長いこと黙っていた。

 

それから、笑った。疲れた笑い方だった。

 

「君は、本当に、言葉で殴るのが好きだな」

 

「数字で殴れないときだけです」

 

 

二月の終わり、宮下くんが、私の机の前に立った。

 

顔色が変わっていた。

 

「埼玉の名簿に、母がいました」

 

私は、立ち上がった。

 

「お父さんは」

 

「……いません。死亡者名簿のほうに」

 

彼は、それだけ言って、しばらく黙っていた。

 

「去年の九月三日だそうです。板橋のマンションで。母は、四日に近所の人たちと出て、それきり別れて、ずっと、私が死んだと思っていたそうです」

 

一年半、探して、見つかった。

 

一人は、間に合って、一人は、間に合わなかった。

 

私は、この構図を、よく知っている。

 

「行きなさい」

 

「調査班が」

 

「一年半、休んでないでしょう」

 

「先生も休んでないです」

 

「私には、行く場所がありません」私は言った。「あなたにはあります。それは、全然違うことです」

 

宮下くんは、頭を下げて、次の日に発った。

 

部屋が、急に広くなった。

 

私は、その夜、自分が思っていたより、この人に助けられていたことを知った。

 

 

三月二十日、政府は「収束宣言」を出した。

 

一文字だけ、私が勝った。

 

同日、水産庁から「深海由来原料の取扱いに関する暫定指針」が出た。中身は、私が書いた技術別添がほぼそのまま入っていた。

 

表の宣言が「もう大丈夫」と言い、裏の指針が「永久に管理せよ」と言っている。

 

矛盾している。

 

でも、これが、大勢の人間が生きている国で物事を決めるということなのだと、私は今は思っている。

 

完全に正しい文書は、誰も守らない。

 

守られる文書に、正しいことを埋め込むしかない。

 

 

四月、私は苫小牧へ行った。

 

三度目だ。

 

第三冷凍倉庫は、KM-7の不活化処理施設として、稼働を続けている。マイナス四十度で。今となっては、それが高圧型には効かないことがわかっているから、施設は加圧処理設備の増設工事に入っていた。

 

帰りに、市内の市営住宅に寄った。

 

名簿で、久我という名字を検索して、見つけた人だった。

 

久我美佐。二十六歳。あの主任の、娘さんだった。

 

私は、封筒を渡した。中には、論文の最終稿が入っていた。

 

謝辞の欄は、書き直してあった。

 

〈本研究の初期観察は、苫小牧市第三冷凍倉庫において、庫内作業に従事した方々の記録によるものである。とりわけ、現場主任・久我健吾氏が最後まで維持した作業日誌の正確さが、本症例群の発現形質の同定を可能にした。記して深謝する〉

 

作業日誌の話は、本当だ。

 

彼は、庫内温度も、稼働時間も、一日も欠かさず記録していた。発症後の数日ぶんも。

 

字が、途中から崩れていく。

 

それでも、数字は、最後まで正確だった。

 

娘さんは、謝辞のところを、指でなぞって読んだ。

 

「父は、つまらない人でした」

 

「そうですか」

 

「毎日おんなじことばっかりして、それで満足してる人でした」

 

彼女は、少し笑った。

 

「でも、それが、役に立ったんですね」

 

「立ちました」私は言った。「一年半、私が使ったデータの中で、一番信用できる記録でした」

 

帰りの電車の中で、私は、去年書いて出さなかった謝辞のことを考えていた。

 

名前を書かなかったのは、遺族のためだと、自分に言い聞かせていた。

 

違った。

 

名前を書くと、その人が実在したことになる。実在した人を、私が間に合わなかったことになる。

 

私は、それを書面に残したくなかっただけだ。

 

 

名簿は、五十二万人分になった。

 

私の仕事は、これから十年、たぶんもっと長く続く。

 

深海の監視。原料の加圧履歴の管理。年二回の底泥サンプリング。誰も興味を持たない、予算がつきにくい、地味な仕事だ。

 

十年経って、何も起きなければ、私の指針は「過剰規制」と呼ばれるようになる。

 

そう呼ばれるのが、理想だ。

 

何も起きなかった、ということの証明は、この世に存在しない。

 

存在しない証明のために、私は残りの人生を使う。

 

五月、荒瀬さんから電話が来た。

 

「先生、来月の航海、乗りますか」

 

「乗ります」

 

「宮下くんは」

 

「連れていきません。あの子は陸で使います」

 

荒瀬さんは笑った。

 

「優しいんだか、厳しいんだか」

 

千二百メートルの海底は、今も三・一度だ。

 

あそこには、五百万年ぶんの静けさがある。

 

私たちは、その静けさの縁を、少しだけ削って生きていくしかない。

 

削りすぎないように。

 

誰かが、目盛りを見ていなければならない。

 

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