これは本編では語られなかった一幕。
時系列はピーターが病院を出た後〜エピローグの間の話です。
病室に残り自分の身代わりをしてくれたフランク・キャッスルは今どうしているだろうかと思いながら、スパイダーマンことピーター・パーカーは住み慣れたアパートへ帰るべくニューヨークの街を歩いていた。
ダメージ・コントロール局への襲撃を発端とした事件は終息を迎えた。この事件の原因を作ったダメージ・コントロール局長――もう元がつくかもしれないが――ビル・メッツガーは行方不明になったのが唯一の懸念事項だが、病室で着替えながらフランクがニュー・アベンジャーズの関係者が捜査を始めているらしいと語ってくれた。おそらくブラック・ウィドウが、エレーナ・ベロワが動いているのだろう。
メッツガーの行方は事件の当事者としてピーターも気になるところだが、対物ライフルの弾丸によるダメージが回復し切っていない以上、動こうにも動けない。こうして意識が戻った程度には治ったのでおそらく数日もすれば全快するだろうが、彼女の超能力により生死を彷徨っていたピーターの肉体が維持されていたことを考えると、当分無理はできなさそうだ。
まだ痛む身体をどうにか動かし、ようやく自宅に着く。何日も目覚めなかったから久しぶりの帰宅だが、対物ライフルで撃たれて意識を失っていたから感覚的には一仕事終えて帰ってきた普段と変わらない。
「ただいま、E.V.」
『おかえりなさい、ピーター』
世界中の人々がピーター・パーカーの存在を忘れて以降自主開発したAIのE.V.が返事をしてくれる。ピーターは改めて日常に帰ってこれた気分になった。
『フランク・キャッスルからメールが1件届いています』
「読み上げて」
『スーツは洗っといてやるから明日か明後日にでも取りに来い。以上です』
「ありがとう。……はは」
メールをくれたということは、無事病室から抜け出せたのだろう。彼の献身に感謝しよう。
何も律儀にスーツの洗濯までしてくれなくてもいいだろうにとも思ったが、せっかく新しくできた年上の友達の好意を無為にはできない。ここは素直にフランクの好意に甘えることにした。
買い込んでおいたシリアルで空腹の腹をある程度満たし、パソコンに向かいメールフォームを立ち上げフランクへの返信を書き、送信。
それを終わらせてから自分が意識を失っていた間のニューヨークについて情報収集をする。スパイダーマンが出向かわなければいけないような事案はなく、盗難や軽い傷害は起こったものの無事警察が解決してくれたらしい。きっとデウォルフも貢献しているのだろう。
一通り情報収集を終えてニューヨークが平和――自分の意識がない間に大きな事件がなかったという意味で――だったことに安堵して、座っているオフィスチェアに身体を預けてリラックスする。
ホッとしたせいか、新たな不安がピーターを頭によぎった。
そうだ、まだ彼女に――ジーン・グレイにお礼を言えてないじゃないか。
フランクから彼女を対物ライフルの弾丸から庇った後、彼女の超能力で生命維持をされていた。そのことに関してお礼を言わなければピーターの気が済まない。
「ねぇE.V.、ジーンから何か連絡来てたりしない?」
『いえ、ジーン・グレイからの連絡は一切ありません』
「そっか……ならこっちから連絡しなきゃ」
PCデスクの端に置いてあるスマートフォンを手に取り部屋を出て、アパートの屋上に向かう。部屋で電話をかけてもよかったが、なんとなく屋上で電話した方が繋がると思った。
フランクが受け取ったという彼女の電話番号が書かれた紙を取り出し、電話をかける。数度のコール音の後、電話が繋がった。
『……もしもし』
「やぁ、ジーン。ピーターだよ。その、お礼を言いたくて。ありがとう」
『ピーター、ちゃんと目覚めれてよかったよ。うん、よかった。でも私はあんなことをやっちゃったんだから、当然よ』
「それでも僕はこうして生きてる。ジーン、本当にきみに感謝してるんだ。できれば直接お礼を言いたいんだけど……今どこにいるの?」
『ごめんね、もうニューヨーク市を出てマウントバーノンにいるんだ。本当なら私とちゃんと向き合ってくれたあなたに言うべきだったんだけど、早い方がいいと思って』
予想しなかったジーンの発言に言葉が止まる。
まさかもうニューヨーク市を発つなんて思いもしなかった。
「そ、っか……突然で驚いたよ。でも、急にどうして?」
『実は、ピーターに超能力をかけてるときにハンクっていう人から話しかけられたんだ。私みたいに能力に目覚めたけど上手く制御できない子供たちに向けた学校があるんだって。色々考えて、そこに行くことにしたんだ。……あの実験で更に力が強くなった以上、これまで通りってわけにはいかないから』
「学校か……うん、ちゃんとしたところならいいと思う。ジーン、きみの決断を僕は尊重するよ」
ピーターの精神世界で今は亡きメイに責任を学んだジーンの新しい一歩なんだろう。少しでもジーンに関わった身としては多少相談されたくはあったが、少し前まで意識がなかったのでそこは仕方がない。
だが、ジーンがそうした決断をできたことがピーターには喜ばしいことだった。
それに行方不明となったメッツガーが再びジーンの前に現れる可能性はある。どこかまともな組織で保護されるのが最善かもしれない。ニュー・アベンジャーズという選択肢はあっただろうが、以前ピーターはエレーナから「上は信用ならない」と言われたことがあるので良かったと思う。
ハンクなる人物も、なんとなくだが信用に値する。そんな気がする。
『ピーター、ありがとう。……そしてごめんなさい。MJのこととか、何も言わず消えたこととか、今までのこと』
「いいんだジーン。それはまた会ったときに改めて聞くよ。あ、フランクにもちゃんと謝らないとね」
『うん……あ、でも私彼の連絡先知らないわ』
「じゃあ教えておくよ。勝手に連絡先教えるなって怒られそうだけどね」
『……ふふ』
怒りながらも最終的には諦めたような表情で仕方ねぇ、と言いそうな新しい友達を思い出す。きっと今のフランクなら今のジーンを受け入れてくれるだろう。
『そうだピーター、お礼がしたいなら私のお願いを聞いて欲しいな』
「わかった。何だい?」
『メイのお墓参り、行ってあげて。絶対に喜んでくれる』
「……うん、そうだね。必ず行くよ、きみの分も。こっちに戻ってくることがあったら行って欲しいけどね」
『わかってる。メイも私の恩人だから』
お互い話すべきことを話し終えたような感覚があり、そこから無言となる。しかし、そんな静寂も心地よかった。
『ごめんねピーター、そろそろバスが来るみたいだからこれで』
「そっか。じゃあまた、何かあったら電話して。何もなくても雑談相手になるよ」
『ありがとう、あなたと会えて本当によかった。ピーター、またいつか』
「またね、ジーン」
通話が終了する。通話時間はさほど長くなかったが、とても長く感じた。
これを糧にしてもっと成長して、再びジーン・グレイと会う日を楽しみにしよう。
そのためにもピーターは新しいToDoリストを作るべくスマートフォンのメモアプリを立ち上げる。メイの墓参り、MJとネッドと改めて親友になる、もうひとりで何もかもやらない、ジーンとの再会……
色々入力を終えてふと空を見上げる。さっきまでは灰色の雲に覆われてた空が晴れ渡り始めていた。まるでピーターとジーンの新たな一歩を祝福するかのように。
「――よし、それじゃあ心機一転だ」
ピーター・パーカー/スパイダーマンの
ジーンとの約束通りメイ・パーカーの墓参りをした後、クイーンズのとあるコンビニでかつて親友だったふくよかな体型の青年と改めて再会する数日前のことだった。
恩人であるピーターとの通話を終えたジーン・グレイは到着したバスに乗り込んだ。目的地があるセイラムセンターまでこれ1本で行けるとのことで、手持ちの金があまりないジーンには助かった。
スタテン島のアナデール出身であるジーンはこれまでニューヨーク市外に行くときは常に姉のサラと一緒だったが、これからはひとりだ。
ひとりでニューヨーク市を離れるのは今でも不安でいっぱいだが、自分を救ってくれたピーターのためにも人体実験の過程で強化されてしまった自分の力と向き合わなければならない。今は彼に甘えてしまうと、きっと居心地がよくて立ち止まってしまいそうだから。
そしてセントラルパークで病室に横たわるピーターに超能力を使っている最中に話しかけてきた大人しそうなのに、どこか野獣のような雰囲気を持つハンクを名乗る男性を思い出す。
「きみは……もしかしてミュータントかい?」
小声で話しかけてきたハンクは本職である研究の傍ら、ジーンのような能力を持つ人間――ミュータントと呼称するらしい――を集めて能力を制御できるよう教育、訓練ができる教育機関に所属しているらしい。
最初はメッツガーのような人物かと思ったが、話を聞くうちに大人故のシビアな部分はありつつも、とことん善良な人間なことが言葉から感じられた。そんなハンクなら信用してもいいと思い、彼から別れ際に渡されたA6サイズの封筒を受け取った。
ピーターが目覚めて能力を解除して封筒の中身を見たジーンは善は急げと言わんばかりの勢いで即座に行動した。せめて恩人のピーターには相談するべきだったかもしれないが、即決即断するべき内容だと直感が言っていた。
そうしてすぐウェストチェスター方面の地下鉄に乗り、マウントバーノンにあるバス停までやってきた。
バスに乗り、席に座るとニューヨーク市の方に顔を向ける。
(ピーター、私はきっとこの力を使いこなせるようになってみせる。それが私の贖罪で、私の責任で、私の使命だと思うから。そして、上手くいったらあなたと再会して、一緒にメイのお墓参りに行こう)
自分を救ってくれた彼へ心の中で今の気持ちを伝え終え、ハンクから渡された封筒の中身を取り出し、再度確認する。
そのうちの小さな紙はハンクの名刺だった。これがあればハンクの紹介で来たという証明になるだろう。もしもハンクが目的地にいれば必要ないだろうが。
そしてもう1枚は目的地のチラシだった。
チラシを広げると、自然に囲まれた古めかしい大きな館とそこに似つかわしくないような金でできた目的地の看板が掲載されている。
きっとつらいこともあるかもしれないが、楽しいことだってあるだろうその場所への期待が膨らむ。楽しい思い出ができたらサラとメイの墓前とピーターに報告したいと考える。自分でも驚くくらい、ジーンは新しい生活を楽しみにしていた。
閉じていた瞼を開き、もう一度チラシを見やる。
そこにはXavier's School for Gifted Youngsters――恵まれし子らの学園と表記されていた。
Peter Parker and Jean Gray will return