スパイダーマンの存在しない世界に飛ばされたMCU版ピーター・パーカー ~親愛なる隣人再始動……ただしガールとして~ 作:発火雨
オズコープ襲撃事件から、数時間。
ようやく騒ぎが収まり始めた研究棟で、僕は人目につかない場所を選んでスーツを脱ぎ、何事もなかったように研究員としての姿へ戻っていた。
今の僕メイシー・ジェーンという偽名は、この世界で普通に生きていくための唯一の身分だ。
だから、スパイダーガールとして戦ったことを誰にも知られるわけにはいかない。
幸い、警察の捜査が始まっても、研究員としての僕まで疑われることはなかった。
研究棟では設備の点検や被害状況の確認が続いている。
まず一つわかったことは、ドローンが市販の物よりずっと高性能なのにも関わらず、センサー周りがオズコープ製よりも貧弱だったこと。
さらに厄介なことにグライダーやウィングスーツ、さらにはノーマンさんとストローム博士が共同で作っていた身体能力増強薬が盗まれたことだ。
なんでも人間の普段使われていない力を引き出すための薬らしい。
ノーマンさんから渡された資料に目を通す。
細胞の活性化、筋力増強、反射速度の向上。
ちょっと盛沢山すぎじゃない?
「……すごいですね、これ」
思わず本音が出た。
理論だけ見れば、かなり完成度が高い。
これがきちんとした形で完成すれば、アベンジャーズのメンバーも増やせるんじゃないかな?
もちろんちゃんとすればってのがかなり大事。
実験記録で見られる投与後のマウスに発生した異常な攻撃性。
僕はそこだけもう一度確認する。
「でも、これって今人間に投与されたら、かなりマズいですよね」
「そうだ。だからプロジェクトは一時中断にし、ストローム博士とも計画の見直しを進めていたところなんだ」
なんでも、僕が持ち込んだドローン技術がなければ、こっち一本に絞って軍に提出するつもりだったとか。
そうならなくて本当によかった。
だいたい土壇場で焦って力を求めた時ってろくでもない結果にならない。
いや、不用意な力を得て不幸になってしまった人を沢山見て来たからね、けっこう実感篭ってるよ。
「盗まれた薬が誰かに使われたら不味いですよね、なんとか薬を打ち消す方法を考えましょう」
「血清か」
「はい。これを使った人を元に戻せるようにしておいた方が良い」
ノーマンさんは少し考えてから頷いた。
「私も同じことを考えていた。この薬でもたらされる力は個人で持つにはあまりにも危険すぎる。みんながみんなスパイダーガールのように人のために使うとも思えんからな」
あんまり薬に対して執着がなさそうでよかった。
何とか改良して売り込みたいって言われたら、最悪オズコープを辞めなきゃいけないところだったよ。
「じゃあ、明日から始めます?」
「いや、盗まれた以上どこで使われるかわからん、今日から犯人探しと並行して始めて行こう」
「……ですよね」
あれ、これってもしかして僕すごく忙しくなるんじゃない?
薬の開発はしたいけど、合間を見て街のパトロールも増やさないといけないし。
僕の仕事ってオズコープの社員だけど、フリーみたいにさせてもらってるから自由時間は取れるんだ、その分なんでも自分でしないといけないからそこは結構大変なんだよね
いよいよ困ったら違う人に頼むこともあるんだけど、あんまり関りを増やしちゃうとね、スパイダーガールであるってバレても困るし。
あと、働いてる人みんな僕より年上だから、ちょっとお願いしずらかったりもする。
その後、必要な資料を探すため研究室を出ると、ちょうど廊下の角からハリーが歩いてきた。
「あ」
「メイシー」
ハリーも僕に気づいて足を止める。
昨日までなら、たぶん軽く挨拶して終わっていた。
でも今日は違った。
ハリーは少し迷うように視線を逸らしてから、僕の方を見る。
「……少し、話せるかい?」
「もちろん、何かあったの?」
僕は頷いた。
ハリーは何か言い出しにくそうにしている。
襲撃事件のせいだろうか。
父親であるノーマンさんも、今日はずっと研究室に籠もっているし。
「昨日のことなんだけど」
「うん」
「父さん、また新しい研究を始めるんだよね」
「血清のこと?」
「そう」
ハリーは少し俯く。
「……僕も手伝いたいんだ」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
「研究を?」
「うん」
ハリーは真剣な顔をしていた。
「父さんは何でも一人で抱え込むから……俺も何か力になりたいんだ」
そこで一度言葉を止める。
「こんな状況だからこそ、オズコープの役に立ちたい」
なるほど。
その気持ちはわからなくもない。
僕だって、困っている人がいたら放っておけないから、その結果がスパイダーマンなんてやってるわけだし。
「でも、ハリー身体能力増強薬に対して理解とか、そもそも化学知識ある?」
「それなんだ」
即答だった。
「薬その物の研究はできない。君や父さんみたいな知識もない。だから、研究以外のことならできると思う。資料の整理とか、必要なものを用意したりとか。オズコープの内部のことなら、僕の方が詳しいこともある」
「……」
僕は考える。
確かにそうだ。
僕は科学ならそこそこ自信がある。
でも企業の仕組みなんて、わかってないし、ちゃんとした企業人としての経験もない。
オズコープがどこから何を仕入れているのか。
どの部署が何を管理しているのか。
どんな会社と取引しているのか。
正直に言うと、僕は今かなり忙しい。
研究と犯人探しとスパイダーガール。
その三つを一人でやるのは、さすがに無理がある。
「……じゃあ、身体能力増強薬直接の研究じゃなくて、僕の手伝いをお願いしても良い?」
「良いのかい?」
ハリーの顔が明るくなる。
「うん。まずはこの資料を種類ごとにまとめてもらえる?」
僕は抱えていたファイルを渡す。
「それから、この調達記録。昨日の襲撃で使われたドローンと似た部品がどこかで動いてないか調べてほしい」
「わかった」
「無理はしなくて良いからね。学校もあるんでしょ?」
「大丈夫、学校が終わってから来るよ。ここだけの話学校の授業よりも退屈しなくて済みそうだからありがたい」
ハリーはそう言って笑った。
なんだか、少し嬉しそう。
「……そっか」
僕も笑う。
「じゃあ、よろしく。助かるよ」
「うん!」
その日の夜。
ハリーがまとめた資料を見て、僕は思わず目を丸くした。
「……これ、全部ハリーがやったの?」
「うん」
机の上には、きれいに分類された資料が並んでいる。
血清に使う薬品の資料。
盗難にあった機器や市場に流れてるドローン関連のニュース。
そして、オズコープとは別のライバル会社の研究。
昨日まで僕が“いつかやらなきゃ”と思いながら積み上げていたものが、すっかり片付いている。
「すご……」
「そうかな?」
「僕なら三日くらいかかる」
「それは言いすぎだよ」
「いや、本当に」
僕は資料を一枚取る。
「それに、これ。部品の発注先までまとめてるじゃん」
「そこは少し調べた」
「少し?」
資料には、取引先の過去数年間の発注状況まで記載されていた。
これ、普通にすごくない?
「ハリーって、こういうの得意なんだ」
「父さんの会社だから。経営のことくらいは勉強してるんだ」
科学者としての才能とは別の方向で、ちゃんと自分の武器を持っている。
すごいじゃん! 素直に感心するよ。
「じゃあ、これからもお願いして良い?」
「もちろん」
ノーマンさんにも資料を確認してもらった。
「これはハリーが?」
「はい」
「……良くやったな、ハリー」
「ありがとう、父さん」
ノーマンさんは資料を閉じる。
「こんな状況ではあるが、ハリーがオズコープに貢献してくれるのは嬉しいよ」
「父さん……」
「ただし、学業を疎かにするな。将来まで犠牲にしてほしいわけではない」
「わかってる」
ハリーは嬉しそうだった。
僕はその二人を見ながら、なんとなく安心する。
襲撃事件の後だから、もっと重苦しい空気になるかと思っていた。
でも、こうして家族が支え合えるなら、それはきっと悪いことじゃない。
それに僕自身にとっても、この協力関係はかなりありがたい。
ハリーが学校に通っている時間は、僕がスパイダーガールとして動く。
街で事件が起きれば、すぐにスーツへ着替えて飛び出す。
そしてハリーが学校からオズコープに来る時間には、僕はメイシーに戻って研究に専念する。
ハリーが資料整理や調達関係を手伝ってくれるおかげで、僕は研究に使える時間が増えた。
これは大きい。
ハリーと一緒に仕事をするようになってから、研究は目に見えて進みやすくなった。
僕が研究そのものに集中している間に、ハリーが資料を整理してくれる。
必要な機材があれば手配してくれるし、オズコープ内部のデータを調べてもらうこともできる。
何より、僕一人では手が回らなかった仕事を、ハリーがかなり引き受けてくれるようになった。
「これ、頼まれてた資料」
「ありがとう。助かるよ」
「あと、部品の発注も済ませておいた」
「完璧」
そんなやり取りが、いつの間にか当たり前になっていった。
たぶんハリーも、僕があまり女の子扱いされるのを好まないことに気づいたんだと思う。
それ以来、僕たちはかなりフランクに話すようになった。
ハリーといるのが、楽しい。
それは別に悪いことじゃない。
だけど僕は、いつか元の世界に帰る。
そのために、今も次元を越える方法を探している。
この世界は僕にとって仮の居場所だ。
そう思っていた。
だから、最初からあまり親しい友達を作るつもりはなかった。
仲良くなればなるほど、離れる時につらくなるだろうって。
スパイダーガールとしても、僕は基本的に一人だった。
街を飛び回って、困っている人を助ける。
事件が終われば、誰にも正体を知られないまま帰ってくる。
それで良いし、それが一番安全だ。
僕の正体を知ったばかりに、みんな大変な目に遭ってきた。
でも。
研究室の窓から外を見る。
ニューヨークの夜景。
見慣れたようで、僕にとっては知らない街。
同じ街なのに、僕の知っている人は誰もいない。
僕のことをピーター・パーカーと呼ぶ人もいない。
それが、時々ものすごく寂しく感じる。
スパイダーガールとして街に出れば、たくさんの人と出会う。
助けた人から感謝されることもある。
ニュースで名前を呼ばれることもある。
でも、それは全部“スパイダーガール”に向けられたものだ。
僕自身じゃない。
ピーター・パーカーでもない。
ましてや、メイシー・ジェーンですらない。
ただの僕を知っている人は、この世界にいない。
それで良いと思ってたけど、案外話しやすい友人ってのは、僕にとってもありがたいものだったらしい。
ハリーと過ごす時間は、いつの間にか僕の心の拠り所になっていた。
だから、少し油断してたんだと思う。
「……ん?」
研究室の天井から、聞き慣れない駆動音が響いた。
「ハリー、下がって!」
窓からではない。
何もなかったはずの空間が裂けて、黒いドローンが突然姿を現した。
「なんだ、こいつら」
ドローンの機体が開く。
「伏せて!」
僕がハリーの前に出た瞬間、ドローンから攻撃が放たれた。
咄嗟に身を捻って避ける。
その直後だった。
ハリーの足元に突然人一人入れる穴が開いたんだ。
「え?」
「ハリー!」
空間そのものが裂けたような穴。
ハリーの身体が、その中へ引きずり込まれていく。
「待って!」
僕は反射的に手を伸ばした。
指先が、届かない。
「ハリー!」
一瞬だけ、目が合ったけど、ハリーの姿は、黒い穴の向こうへ消えた。
穴も何事もなかったかのように閉じる。
「……嘘だろ」
伸ばした手だけが、空しく宙に残った。
そして僕の目の前には、あのドローンだけが浮かんでいる。
「悪いけど君たちの相手をしてる暇はないよ!」
ハリーが最初に感じたのは床の冷たさと固さであった。
メイシーの研究室でいつものように話をしていると、突然足元の支えが無くなり、気づけばどこかに落下してしまう。
だが、そこは研究室の一つ下の階ではなく、何処かの倉庫のような場所だった。
「やぁ、初めましてハリー・オズボーン君。申し訳ないね、こんな形で君をお招きして」
「だ、誰だ!?」
声は室内に反響するが、人の姿は見当たらない。
あるのは父が開発していたグライダーとスーツがこれ見よがしに置かれているのみ。
「君に力を与えたいんだよ、父親が作りだした発明品の優秀さを世間に知らしめたくはないかい? あんなスパイダーマンのパチモンみたいな奴がいまじゃオズボーンを救ったヒーロー扱い、君こそが父親の意思を継ぐべきだと思ってね。それに君はスパイダーマンを嫌っている君に、私個人としてはかなり共感しているんだよ」
「スパイダーガールのことを言ってるのか? あれを男に見えるなら相当独特の感性をお持ちのようで」
「あいつは君からすべてを奪うぞ。オズコープも、父親も、私にはわかる。私もすべてを奪われたからね」
誘拐された理由はわからないが、気丈に振るまうハリーの目の前に突如真っ白な人間の形をした何かが現れる。
その顔には黒い斑点がどこまで続いていた。
「私の名前はザ・スポット。スパイダーマンに顔も名前を奪われた、哀れなスーパーヴィランさ」
前回から一週間、毎日投稿から落差が出てしまいましたが、皆様一週間ぶりです!
そして次回更新についてお知らせ。
ただいまハーメルン外でやっております創作活動が大変忙しくなっており。
しばし投稿準備期間を長くとらせて頂きます。
のちほど私のプロフに、他の活動場所も明記しておきますので、何してるか知りたい方はどうぞ!
次回更新はできれば2週間後の21日22時23分にできれば良いのですが、もしかすると遅れるかもしれん。
その時は活動報告にその旨を書かせて頂きますのでよろしくお願いします。