やたら具体的かつ詳細に書くという遊びがございます。
雨音が聞こえて、気怠い身体を起こしてiPhoneを探す。
充電コードを手繰り、枕の下から薄っぺらな板を引っ張り出した。
『9月21日(月) 6:30』
放り投げ、私は再び意識を雨音に任せ、二度寝を決行するのだった。
目が醒める。
雨音が強くなっている。
顔の真横にあったiPhone画面は、8時過ぎを示していた。
何もしていないのに、微かに熱を宿しているiPhoneはSEの第3世代。
買い換えようと何度も考え、しかし怠惰がこれを許さない。
そうして荏苒として……どれだけの月日が経っただろう。
身体を起こす。
血が移動する感覚がした。
立ち上がる。
少しふらついた。
部屋には2つの障子窓。
空気の持つ湿気によって、障子紙はすこしごわごわとしている。かなり長時間降っているか、そうでないなら雨量の甚だしさを示している。
私は2つの中から、家の外の車道が見渡せる方の窓を選び、障子を滑らせた。
湿気によって抵抗を増したらしい。いつもならスラと開くのに、今日はガタタとつっかえた。
冷えた空気が、障子とガラスの狭間からこぼれ落ちるのが、足の甲に感じられた。
冷えたガラスと、冷えた水滴が香っている。
網戸を見ると、網目に水膜は見られない。雨が吹き込んでいないらしい。風はないようだった。
窓を開けると、途端に部屋が外とつながった。
空気が動く。雨音が粒立ち、一気に迫ってきたようにすら錯覚する。瓦屋根の存在を、こうしたときに感じた。
2階から見下ろす道路は当然濡れていた。濡れたアスファルトの匂いが強い。
我が家は比較的高い場所にあるためか、どれだけ雨が降ろうとも浸水などとは無縁だった。
私はひとまず天気の確認に満足して窓辺を離れた。
窓はそのまま開けておく。そういう気分だった。
灯りを点ける。和紙で囲われたペンダントライト。暖色の光が部屋を変えた。
お腹が空いていないことを自覚して、私は朝食を摂らないことを決定し、机の前へと移動した。
部屋には読書机と、執務机との2つがあった。読書机は木製で、我が家を建築してくれた大工の棟梁が、記念として作成してくれたものである。思い出も使用感も、ヤンチャの跡すら残している、私については物知りな家具だった。
しかし、用があるのはもう一方。電動昇降デスクである、執務机の方だった。
執務机のメモリスイッチから、111cmを記憶させている2番のボタンをタップする。滑らかな駆動音。その音に相応しい澱みのなさで、デスクは立っていても少し高い位置まで天板を押し上げた。
私は机の下からウォーキングマットを引っ張り出し、最適な位置へと調節してから起動した。
3カウントの後、マットは乗っている私を後方へずり落とそうとモーターを回転させ始める。私は机との位置関係を保持すべく、歩行を開始した。
モニターアームによって浮いている画面を、最適な位置へと調節する。
有線の分割キーボードを接続し、BenQのモニターライトを点灯。作業を開始した。
雨音はさらに音圧を増してゆく。雨粒が大粒になっているのが、見るまでもなく分かった。
作業を開始してから1時間ほど経っていた。体はすっかり目を覚まし、少し汗が下着を湿潤させている気がした。湿度によるものでない、熱を持った湿気がこもっていた。
どこか雨音の向こうから、電動の何かの音がする。
それは小学校の教室にあった、大きな電動鉛筆削り機の音とよく似ていた。
珈琲の香り。階下から呼ぶ声。
休日恒例となっている、父が淹れた珈琲の時間。
つまり先ほどの音は、コーヒーミルの音だった。
意識するまでもなく画面をロックし、ウォーキングマットの電源を止める。歩行時の感触から、まだ油は差さなくて良さそうだと判断し、廊下への扉へと一歩を踏み出す。
急の違和感と加速感に、足が止まった。しばらくウォーキングマットを使うと起きる、脳の混乱だった。動く歩道にでも乗ったような、視界予測を裏切った感覚に眩む。
落ち着くべくゆっくりと周囲を眺めると、ふと読書机に置かれた茶色く半透明な瓶が目についた。
小さなその瓶は、天板の左奥に、ガラスペン用のインク瓶と並んで窮屈そうにして見えた。
週に一度、天板をヒバ油で拭くのが私のルーティンだった。この週次タスクを、そう言えばまだ完了していない。
手早く済ませ、瓶を元の位置に戻す。ヒバの香りが、湿った木の香りと混ざり、弥漫する。
それはどこか清らかな森を思わせ、私は満足して廊下に出た。
廊下の灯りは点灯していない。必要もなかった。
曇天。雲は微かな灰青色。その外光は廊下の突き当たりにある窓から、漆喰壁を介して2階を照らしていた。
暖色系の灯りに慣れていたからか、ことさら青さを意識させられる。それが嫌じゃなかった。
階段を降りる前になんとなく外を見ると、いよいよ辺りは篠突く雨と化している。
いつもここで顔を合わせる森林は、たった100メートル程度の距離にも拘わらず灰に霞み、辛うじて存在が感じられる程度の気配となっていた。
私にはそれが、どこか幽霊じみても見えた。
1階リビングのテーブルには、私の分のコーヒーポットだけが置かれていた。
「熱いぞ」と声がかかる。
声の方を見れば、父は
サイドテーブル代わりの椅子には、湯気を立ち昇らせるコーヒーカップが置かれていた。この木製の椅子も、棟梁が記念として作ってくれたものだと聞いていた。味のある見た目と手触りではあるが、座面はフラット。あまり座り心地も良くないので、ここ数年は専らソファに忍従を余儀無くされている家具である。
私は父に礼を言うと、台所へとカップ選びに赴いた。
灯りの点いていた台所に、母はいなかった。
ならあそこだろうと当たりをつけつつ、棚に母が好きなロイヤルコペンハーゲンのカップが不在であることを認識する。
私は少し考えて、リチャードジノリのデミタスカップを取り出した。
必要な分だけ注ぎ、そのままテーブルを横切って和室を覗く。
予想通り、窓から庭を眺める母の背中があった。最近姿勢に気をつけているらしく、その背筋は律儀なまでに伸ばされていた。畳の香りが湿気と調和している。気持ち、深く息を吸っていることを自覚した。
「おはよう」を交わすことで、私はようやくテーブルにカップを置き、腰を落ち着けることができた。カップに口をつける。香りが少し変わっている。豆を変えたのだと思った。
嚥下と同時に、食道を熱が通り、体の真中に広がるのを感じた。
ぼんやりと雨音に耳を澄ませる。音の響きが、自室とは大きく違って聞こえた。
コチコチと振り子時計の音がする。
さて、今日はどう過ごそうか。
何冊かの本が浮かぶ。雨の日に読みたかった本。とはいえ、『大司教に死来る』も読み進めたい。
庭の生垣もそろそろ刈らねばならないが、連休中にそのタイミングはあるのだろうか。
ともあれ、私の一日はこうして始まった。