MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
「ナターシャさん。他に何か代替案はありますか?」
私は金髪のボブカットを微かに揺らし、完璧なエリンの無表情のまま問いかけた。
「アレクセイ・ショスタコフ。ソ連初のスーパーソルジャーである『レッド・ガーディアン』を脱獄させるのはどうかしら。彼はドレイコフと直接のコネクションがあった。あの要塞の足取りを追うための、情報源になるかもしれないわ」
ナターシャがプラチナブロンドの髪を抑え、プロのスパイとしての古い人脈のカードを提示した。だが、私の脳内CPUは、ただただ冷え切った算定を弾き返す。
「――却下します。純然たる処理効率の侵害、絶対的な赤字です」
低く、わずかに掠れた、血の通わない平坦な声音。
「彼が収監されているのはロシアのシベリアにあるセヴラヤ・チュルマ。
そこから生身の老人を力ずくで引き算する脱獄プロトコルは、移動時間、ハッキングコスト、およびロシア政府との不要な外交摩擦というマクロなロスを発生させる。
現在、私の生体サーバーがインサイト衛星のバックドアからドレイコフの座標を数分でロックオンしようとしているまさにこの時に、わざわざ化石のような老人の記憶データベースを頼る理由など、盤面のどこを探しても存在しません」
「……ちょっと…非効率でも、あのうるさいオヤジに会いたい気分ってやつが、人間にだけはあるのかもしれないじゃん」
エレーナが自らの胸に手を当て、傷ついた疑似家族の非合理的な情緒を、眸に歪な苛立ちを灯して滑り込ませてきた。だが、私はその情緒をそっくりそのまま透過させるように、不思議そうに首を傾げただけだった。
「その感情のコストは理解できません、ベローワさん。それに法的な手続きの観点から見ても不自然です。
今回、私たちがドレイコフの身柄を公式に確保し、彼が世界中で執行してきた人道に対する罪、そのすべての犯罪の証拠ログを私のサーバーから世界へ放流すれば。アレクセイ氏が支払わされた不当な投獄の歴史はすべて上書きされ、『正当な釈放、およびヒーローとしての復権』の式が極めて高確率で成立する。
それなのに、なぜわざわざ今、脱獄というリスクを冒して彼の社会的戸籍を永続的な逃亡犯に落とし込むのですか。大人しく中で待たせておく方が、彼にとっても最も割安なリターンのはずですが」
完璧な、怪物の合理主義による論破。
エレーナは言葉を失い、ナターシャは苦笑交じりの深い溜息を暗がりに落とした。
家族の再会という非効率な茶番を引き算し、ただ最短最速へとアジャストされた3人。
「ディールはこれで確定です。これより上空で光学迷彩パトロールを維持している私の『ステルス・アーク』へ搭乗し、雲の上の城へ向けて一直線に激走を開始します。
◆ ◆ ◆
カツン、カツン、カツン。
ブダペストの古いアパートの階段を、私は金髪のボブカットを微かに揺らしながら、極めて規則正しいロジックで下りていた。
「これより、光学迷彩戦闘機『ステルス・アーク』が着艦可能な、比較的開けた平地への移動を開始します」
低く、わずかに掠れた、血の通わない平坦な聲音。ナターシャとエレーナの2人の姉妹は、偽装用の古い1台のバイクに身体を滑り込ませ、泥臭いスパイのこなれた手つきでスロットルを回した。
対する私は、衣服の下、皮膚の裏側でチタウリ由来の【電磁的パッシブ・ステルス】とベックから買い取った【B.A.R.F.膜】を通常値で駆動。生の異常パルスを完全に密閉したまま、人間の肉眼の死角、あるいは都会の陰影を縫うようにして、激走する彼女たちのバイクを、生身の脚力だけで音もなく追跡していた。
――だが、何気ない移動は曲がり角の先で突入してきた巨大な質量によって、強硬に両断された。
ズドォォォォンッ!!!
乱入してきたのは、漆黒の重装甲車。
ハッチから身を乗り出した暗殺者が20ミリ徹甲弾の火線をバイクに向けて猛烈に乱射し始めた。
火花がアスファルトを白く煙らせ、姉妹のバイクが急制動をかけて横滑りする。
「機動力の補填が必要と判断」
私は並走していた路地裏の暗がり、そこにたまたま駐車されていた1台の民間の中型バイク、そしてその横で呆然と立ち尽くしていた現地人の男性の目の前へと、無音の足取りで滑り込んだ。
拒絶する隙すら与えない、1/1000秒の処理速度。
私は黒いコートの内ポケットから、為替市場から掠め取ってきた100ドル紙幣の分厚い現金の束――約5千ドル、約50グラムを、男の胸元へと力ずくで強硬に押し付けた。
「等価交換の成立です。あなたのその機動力を私が丸ごと買い取ります。お釣りは放棄しますので、警察へ通報するよりも『臨時収入があった』と脳内でオート処理しなさい。」
言い捨てて、私はバイクを奪い取るようにして跨がった。
指先の生体組織をスターターの回路へと直接ハック・直結。
ブウゥウウン!!! と金属的な咆哮を上げて、私は質量を乗せた重心移動だけで、逃走する装甲車の背後へと猛烈な追随を開始した。
◆ ◆ ◆
キィィィィィン――――ッ!!!
前方を激走する漆黒の装甲車。その上部ハッチから、髑髏を連想させる不気味な金属製の防弾マスク、そして鈍い銀色の輝きを放つ盾を背負った暗殺者が、再び音もなく這い出てきた。
バイクで猛烈に追尾してくる私の「金髪のボブカット」を冷酷に捉えた、まさにそのミリ秒。
男、いや彼女の全身のサイバネティクスが、2012年のニューヨーク決戦においてクリント・バートンが執行していた、あの精密極まる『爆弾矢』の射撃ルーティンを、100%完璧な仕様値で再演し始めた。
手にした特殊弓から放たれようとする、バイクごと私を熱分解するための臨界パルス。
「――その弓術、すでに私の生体サーバーのなかで100%デコード済みです」
私はバイクを片手で制動させながら、コートの内側、先ほどナターシャの古いアパートのセーフハウスを掃除しているドサクサの中で、長机からパク…『引き算』しておいた、一本の錆びついた安物の包丁を、グローブを嵌めた右手で静かに引き抜いた。
大義名分の熱も、正義の衝動もない。
ただ、大爆発をこの市街地で発生させないための、最大効率の手加減。私は人工筋肉の電圧をミリ秒単位で最大臨界まで引き上げ、その包丁の柄を右肩の座標へ向けて、殺す気で真っ直ぐに投擲した。
音も電波も外に漏らさない、静寂の投擲。
次の瞬間、人外の剛腕によって放たれた包丁の刃先が、タスクマスターが弓を引き絞るその最後の1ミリ秒の隙間において、防着のベストの繊維を強硬に圧殺・貫通し、彼女の右肩の関節へと、寸分の狂いもなく正確に突き刺さった。
あり得ない金属の激突音。
弓の信管が作動する前に、その射撃の可動域が強硬にロックされ、タスクマスターの身体は装甲車の上で大きくたたらを踏んだ。
だが、その突き刺さった包丁の結合角、および彼女の傷口から漏れ出てくる、生身の血液ではない不快な油の匂いと「冷たいチタン合金の擦れ合う摩擦音を、私の生体センサーは明瞭に検出していた。
プロファイリングを完了。
脳のニューロンに直接コピー・プログラミングのチップを埋め込まれ、全身をレッドルームのサイバネティクスで強硬に繋ぎ止められた、ただの歩く兵器。
それだけではない。擬態する生物である私にはすぐに理解できた。
彼女のガラスのような瞳は今、私のバイクの制動、重心の移動、その全ての戦闘スタイルを、1/1000秒のクロック数でベロンと舐めるように模倣し、次の瞬間には私の技をそのまま私に上書きして返そうと、網膜を稼働させていた。
「……判定。相手の能力、こちらの動きの完全なコピー。それは、私の生存演算において、将来的に『お母さんといる日常』を脅かしかねない、最悪の不確定要素と定義されます」
相手を人間に引き戻すためだの言う人間は、この瞬間の盤面には存在しない。
中途半端に生かすことこそ、人間のエゴによる無責任な焦げ付き。
私はバイクのスロットルをさらに引き込み、完璧なエリンの無表情のまま紅い虹彩の瞳を冷たく細めた。
「あなたという存在は許されない、ここで分子レベルで熱分解して世界から完全に引き算します髑髏仮面さん」
笑わない怪物の生存演算が、タスクマスターという名の害獣の命の灯火を完全に『削除』すべき絶対的な赤字と定義した。
――【生体プロセッサ:周辺の一般市民および監視カメラの目撃ログを遮断する、隠蔽の式を構築】
私はバイクを激走させながら、コートの内側のポケットからナターシャのセーフハウスからパクっておいたコップをテルミット爆弾に物質変換しブダペストの公道へと無造作にばら撒いた。
太陽が夜の街に落ちてきたかのような絶対的な光の嵐が、装甲車の進行先を丸ごとホワイトアウトさせた。周囲の一般人の目を100%奪ったそのコンマ一秒の隙間、私はバイクから虚空へと垂直に跳躍、空中で右手を滑らかに一閃させた。
スリングリングの金属分子と同調させた高次次元のプログラミング。
――パリン、パキパキパキッ!!!!
世界のソースコードが内側から強硬にハックされ、ミラー・ディメンションが展開、そして鏡の向こう側へとオレンジ色の穴をあける。
続けて装甲車の上で目眩を起こしていたタスクマスターの身体を、私は落下慣性の質量を乗せた生身の回し蹴りで、天地の概念すら存在しない独立領域の奈落の底へと、ダイレクトに蹴り落とした。
カチャリ、と現実の歪みが閉じる。
万華鏡のように格子状に切り裂かれた硝子のカオス世界。
「これ以上の人間らしい無駄な手間、および手続きは省略します」
私は空中で思考同期による完全な生体モーフィングを執行した。
衣服が一瞬にして粒子となって消滅。かわりに、私の華奢なしなやかな肢体をがっしりと圧迫するようにして漆黒のライダースーツ、そして骨殻を連想させる鋭利で精密な白い硬質装甲が皮膚の内側から滲み出すように追加・固定され、全身に鮮血を思わせる真紅の流体光子、フォトンブラッドの発光ラインが脈打つようにして激しく点灯した。
通常ファイズ形態への、ゼロ秒変態完了。
鏡の檻の床へ着地したタスクマスターは、私の可動域を1/1000秒のクロック数でコピーしようと眼を明滅させた。
背負っていた鈍い銀色のシールドを、自らのサイバネティクスの全出力を乗せて私の頭部へ向けてフリスビーの要領で鋭く水平に投擲してきた。
生身の人間を一撃で粉砕する超質量の投擲。
だが、私はその正面から迫る盾を、避ける仕草すら見せなかった。
右拳にモーフィング生成したファイズショットを装備し、流体光子神経の電圧をダイレクトに流し込む。
「――消えなさい」
『EXCEED CHARGE』
チャージされた右拳の最大出力グランインパクトを、飛来するシールドの真っ正面へと真っ向から殴りつけた。
手応えは、完璧だった。
流体光子の致命的な熱量が、タスクマスターの誇る特級のシールドの分子間結合を一瞬にして内側からハック・熱融解。
爆風も破片という二次被害を1ミリグラムすら発生させないまま、その強固な盾はただの物言わぬ美しい紅い粒子へと、一瞬にして、冷徹に熱分解・消滅を完了された。
マスクの奥から漏れる声にならない声。
盾を失い、手札を失った彼女の胸躯へ向けて、私は即座に右脛にファイズポインターをモーフィング生成した。
オーディン王の神血、オーディン・フォースから同化した、物理法則を上書きする『ルーンの概念操作』を、その光の回路へと100%全開で励起・エンチャントさせる。
放たれた真紅の円錐状のロックオンマーカー。それは、タスクマスターがどれほど超高速のステップで回避行動を取ろうとも、必中のルーンにより彼女の無防備なボディへと、有無を言わさずに強制固定された。
「おやすみなさい」
私は地を蹴り、落下の速度をすべてを右足の先端へと一点集中させて、必殺のクリムゾンスマッシュを真っ正面から直撃させた。
膨大なフォトンブラッドが遠慮なく注ぎ込まれタスクマスターの肉を瞬時に焼いていく。
それだけにとどまらずルーンの分子結合切断特性が、タスクマスターの強靭なサイバネティクス細胞壁を内側から木っ端微塵にハックし、熱分解の式が彼女の全システムを包み込む。
「私の動きを理解し模倣できる人間は存在してはならない。救えない敵として現れてくれて本当に良かった」
高度にサイボーグ化され、自分の意志を持たないまま歩く兵器にされ果てていたアントニア・ドレイコフは、苦痛を味わう時間すら与えられないまま、内側からただの物言わぬ美しい灰へと一瞬で熱分解・完全消滅を完了された。
現場に残されたのは、彼女が纏っていた高熱によって僅かに融け、そして再び冷えていく鏡の世界の更地だけ。
私はスリングリングの術式がエンチャントされたを右手を動かし、燃え盛るオレンジ色の光の火花をパチパチと散らす円形のポータルをあけ放つと、現実世界のブダペストの裏路地へと、滑らかに完全脱出を完了した。音を立ててポータルが消滅する。
通常の黒いコート姿の「エリン・マクカシー」の仕様へと滑らかに擬態を復調させ、ターゲットの完全な消滅を確認。
周辺インフラへの損害、および物証のリーク確率は0.00%の完全な黒字。
私は黒いコートの裾を冷たく翻し、ナターシャとエレーナの待つ合流地点へと、無音の足取りで滑らかに移動するのだった。
◆ ◆ ◆
キィィィィィン――――ッ!!!!!
ブダペストの公道から大気圏上層へと、垂直に跳躍・急上昇を開始した『ステルス・アーク』のキャビン。気圧と重力限界を完全にハックした宇宙特級のインフラの内側で、プラチナブロンドの髪を激しく暴れさせながら、私たちは世界中のどの情報機関も関知し得ない、分厚い積乱雲の最深部へと突入していた。
透過ディスプレイが放つ冷たい青白い光に照らされながら、私のの網膜は、前方の虚空に浮かび上がる「データの空白」を完全にロックオンしていた。熱赤外線スキャンが捉えた、巨大なエンジンの莫大な排熱。光学迷彩の裏側で蠢く、ドレイコフの空中要塞『レッドルーム』の真の座標。
「着艦まで、残り三分四秒。重要なのはドレイコフの身柄の公式な確保、および要塞のメインサーバーへの直接アクセス、それによるハッキングシークエンスへと移行することです」
低く、わずかに掠れた、血の通わない平坦な声音。私がコンソールのキーを人外の硬質な打鍵音で刻んでいるその背後から、ナターシャ・ロマノフの、すべてを看破したプロのスパイとしての鋭い声が滑り込んできた。
「エリン。あなた、ドレイコフのデータを奪って洗脳を解除するだけじゃなくて……最初から、この空中要塞そのものを『強奪』して、自分のアセットに組み込む気ね?」
「マジで言ってんの……!?」
隣のシートでシートベルトを握り締めていたエレーナ・ベローワが、信じられないものを見る目で私を睨みつけ、絶望したようにその金髪の頭を抱え込んだ。ナターシャの鋭すぎるプロファイリング。私は完璧なエリンの無表情のまま、冷酷な資産運用の数式を澱みなく彼女たちの前に並べ立てた。
「ですが、ベローワさん。安心しなさい」
私はコーラのボトルをホルダーへ静かに戻し、赤い瞳を冷たく細めた。
「作戦の移行、すなわちドレイコフが私の計算にない致命的なバグを起動したり、制御不能なリスクが1ビットでも発生したその瞬間。私はあなたの目の前で、この空中要塞ごと、分子レベルで完全に熱分解・消滅させますから。私にとって、あの城を塵に還すことなど、至って原価の安いコストにすぎません」
「信じらんない……」
エレーナは乾いた声を零し、ただ呆然と首を横に振るしかなかった。
ガガガグォッ……!!!
光学迷彩を纏った『ステルス・アーク』の船底部が、空中要塞レッドルームの非常用排気ハッチの鋼鉄の装甲へと、無音の足取りで滑らかにドッキングを完了した。
私は生身の指先から、粘り気のある黒い生体組織、流体光子神経の触手をドロリと露出させ、ハッチの電子ロックの分子構造の隙間へと直接、強制インジェクションを執行した。
生体量子プロセッサがレッドルームの隔壁制御盤を完全掌握。侵入検知アラートのパケットを、1/1000秒で『正常稼働ログ』へ強制上書き。
バチリ、と音がして、重厚なハッチが内側から音もなく数インチだけ解放される。
ガシャリ、と重厚なハッチが内側から開放されると同時に、私たちは空中要塞レッドルームの冷え切った金属製の回廊へと音もなく滑り込んだ。
ブラックウィドウの映画はアベンジャーズが健在なら数日でどうにかなる程度の話だと思う。
やはりコネ!暴力!資金!
感想、お気に入り登録、誤字報告、評価ありがとうございます。
特にバナーとスタークを間違えていた奴…。