『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』 作:夜幻
この作品は『五等分の花嫁』を原作とした二次創作です。
原作の物語をベースにしつつ、もう一人の主人公として、上杉風太郎の双子の弟・上杉孝鷹を加えたIFストーリーとなっています。
孝鷹は兄・風太郎と同じく高い学力を持つ天才ですが、性格はかなり対照的。
誰にでも明るく接し、困っている人を放っておけない性格で、特に妹のらいはを溺愛しています。
そして、そんな孝鷹と中野五つ子には、原作とは異なる「幼い頃の京都での出会い」があります。
一花、二乃、三玖、四葉、五月。
五人にとって孝鷹は、幼い頃に出会った忘れられない少年。
そして高校生になった今、その少年と再び出会うことになります。
本作では、原作の流れを大切にしながらも、孝鷹の存在によって人間関係や出来事が少しずつ変化していきます。
また、恋愛面では中野五月・中野二乃・三玖を中心に、少しずつ距離が縮まっていく形を予定しています。
すぐに恋愛関係になるのではなく、勉強や学校生活、遊び、悩みなどを一緒に乗り越える中で、「一緒にいたい」「もっと知りたい」という気持ちが芽生えていく過程を描いていきます。
一花と四葉については恋愛ヒロインではなく、五つ子の姉妹として、そして孝鷹を支える大切な仲間として物語に関わっていきます。
原作を知っている方には「ここが変わったのか」と楽しんでいただき、原作を知らない方にも、五つ子と二人の天才兄弟が織りなす青春ラブコメとして楽しんでいただければ幸いです。
それでは――。
上杉家のもう一人の天才と、五つ子たちの物語を始めたいと思います。
「……零点」
答案用紙を見つめた風太郎の目が、さらに険しくなった。
「零点」
一枚目。
「これも零点……」
二枚目。
「こっちも……」
三枚目。
そして最後の一枚まで確認したところで――。
「……五人全員、ほぼ壊滅じゃねぇか!」
上杉家の居間に、風太郎の怒鳴り声が響いた。
テーブルの向かいでは、弟の孝鷹が目を丸くしている。
「そんなに酷いのか?」
「酷いどころじゃねぇ!」
風太郎は答案を並べた。
数学、英語、国語、理科、社会。
どれも似たような点数だ。
「これを見ろ。こいつら、全員高校二年生だぞ」
「……うわぁ」
孝鷹は答案を覗き込んだ。
「本当に赤点ギリギリだな」
「だから言ってるだろ」
風太郎は頭を押さえる。
「こんなのに勉強を教えろってんだぞ」
「でも、風太郎」
「なんだ」
「教える前から諦めるのは違うだろ」
「……」
風太郎が顔を上げる。
孝鷹は笑っていた。
いつもの、明るい笑顔。
「俺たちだって、最初から何でもできたわけじゃない」
「俺はできた」
「……兄さん、それ言うと嫌われるぞ」
「事実だ」
「ほら、そういうところ」
孝鷹が苦笑する。
すると台所から、小さな足音が聞こえてきた。
「お兄ちゃんたち、何してるの?」
「らいは!」
孝鷹が勢いよく振り返る。
「見てくれよ!」
「わっ!」
孝鷹がらいはを抱き上げる。
「ちょ、孝鷹お兄ちゃん! くすぐったい!」
「今日も可愛いなぁ!」
「もう! 子供じゃないよ!」
らいはが笑いながら抗議する。
風太郎は呆れた顔をした。
「……お前、本当にらいはには甘いな」
「当たり前だろ。妹だぞ?」
「俺にも少しはその態度を見せろ」
「風太郎は自分で何とかするだろ」
「差がひどい」
そんな兄弟のやり取りを見ながら、らいはが答案を見る。
「この人たち、勉強できないの?」
「そうなんだ」
孝鷹が困ったように笑う。
「だから風太郎が家庭教師をすることになった」
「お兄ちゃん、教えるの?」
「……そうだ」
「じゃあ、優しくしてあげてね」
「……努力する」
らいはが笑う。
「孝鷹お兄ちゃんも手伝ってあげたら?」
「え?」
「孝鷹お兄ちゃん、勉強も運動もできるじゃん」
「……まあ」
「それに、優しいし」
「らいは……!」
孝鷹の目が潤む。
「俺の妹、天使……!」
「はいはい」
風太郎が引き剥がす。
「それで、どうするんだ?」
「ん?」
「お前も来るのか」
風太郎は少し考えた。
「正直、お前が来たところで勉強を教えられるかは分からん」
「教えられるよ」
「即答か」
「だって困ってるんだろ?」
孝鷹は笑った。
「俺、困ってる人を見捨てるの嫌いなんだ」
「……」
風太郎は弟を見る。
昔からそうだった。
孝鷹は誰かが困っていると放っておけない。
頭が良い。
運動もできる。
弓道部ではエース。
それでも本人は、そんなことを大したことだと思っていない。
「……分かった」
風太郎が立ち上がった。
「来い」
「よし!」
孝鷹が拳を握る。
「五人全員、救出作戦だ!」
「大げさだ」
「こういうのは気合いが大事なんだよ!」
二人は中野家へ向かった。
そして――。
インターホンを押す。
ピンポーン。
しばらくして。
「はい」
扉が開く。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
長い髪。
星形の髪飾り。
そして、どこか真面目そうな表情。
「……どちら様ですか?」
「初めまして。上杉風太郎です」
風太郎が名乗る。
「家庭教師の件で――」
「お断りします」
即答だった。
「……早ぇよ!」
風太郎が叫ぶ。
少女は眉を寄せる。
「失礼ですが、あなたが家庭教師ですか?」
「ああ」
「……認めません」
「なんでだよ!」
そのやり取りを見ていた孝鷹が吹き出した。
「はははっ!」
少女が孝鷹を見る。
「……?」
その瞬間。
彼女の目が大きく見開かれた。
「……え?」
孝鷹も、少女の顔を見る。
胸の奥に。
何かが引っかかった。
「……あれ?」
長い髪。
星の髪飾り。
真面目な目。
そして――。
京都。
小さな女の子。
泣きながら一人で座っていた少女。
『お腹が空きました……』
『じゃあ、一緒に食べよう』
『……いいんですか?』
記憶の中の少女と、目の前の少女が重なる。
「……もしかして」
孝鷹が呟く。
「京都で会った……?」
少女の瞳が揺れた。
「……!」
「やっぱり!」
孝鷹の顔がぱっと明るくなる。
「五月ちゃん!?」
「……!」
少女の頬が赤く染まった。
「……覚えて、いるんですか?」
「もちろん!」
孝鷹は嬉しそうに笑った。
「昔、京都で会ったよな!」
「……はい」
五月は唇を震わせた。
「ずっと……覚えていました」
「本当に?」
「はい」
その声には、はっきりとした喜びが混じっていた。
「……あのときの男の子」
五月は小さく笑う。
「やっと……見つけました」
風太郎は二人を見る。
「……なんだ?」
「風太郎!」
孝鷹が振り返る。
「この子、昔京都で会った子だ!」
「……は?」
「俺、覚えてる!」
「そうかよ……」
風太郎が呆れていると。
「五月ー?」
奥から声がした。
「誰なの?」
「……!」
次に現れたのは、一花。
その後ろから二乃。
さらに三玖、四葉。
五人の少女が並ぶ。
孝鷹の目が丸くなる。
「……五人?」
「はい!」
四葉が元気よく手を挙げた。
「五つ子です!」
そして。
四葉が孝鷹を見た瞬間――。
「……あ!」
目を見開く。
「京都のお兄さん!」
「え?」
二乃も孝鷹を見る。
「……まさか」
三玖が静かに呟く。
「……あのときの」
一花も目を細める。
「……やっぱり」
五人の視線が、孝鷹へ集まる。
孝鷹は目をぱちぱちさせた。
「えっと……」
一人。
また一人。
記憶が繋がっていく。
京都で出会った少女たち。
それぞれ違う悩みを抱えていた。
それぞれ違う表情で泣いていた。
そして、自分はそのたびに声をかけた。
「……もしかして」
孝鷹の顔が、驚きから笑顔へ変わる。
「みんな、あのときの子なのか?」
「そうだよ!」
四葉が嬉しそうに頷く。
「私、覚えてます!」
「……私も」
三玖が小さく頷いた。
「アタシもよ」
二乃が腕を組む。
一花も微笑む。
「忘れるわけないよ」
五月は静かに孝鷹を見つめた。
「……お久しぶりです」
その瞬間。
孝鷹は、満面の笑みになった。
「会えてよかった!」
五人の少女が、わずかに息を呑む。
「みんな元気そうで、本当によかった!」
その言葉に。
五人の心が、同時に揺れた。
けれど。
「……ところで」
風太郎が口を挟む。
「俺は?」
「「「「「……」」」」」
五人の視線が風太郎へ移る。
そして。
「認めません」
「嫌」
「……帰って」
「お断りです!」
「興味ない」
「なんでだよ!」
風太郎の絶叫が響いた。
孝鷹は腹を抱えて笑う。
「ははははっ!」
「お前も笑ってんじゃねぇ!」
「だって面白い!」
「兄弟揃って最悪!」
二乃が睨む。
けれど、その表情は。
孝鷹に向けるものだけ、ほんの少し違っていた。
懐かしい。
嬉しい。
そして――。
もう一度会えたことが、嬉しくて仕方ない。
「……孝鷹」
三玖が小さく呼ぶ。
「ん?」
「また……会える?」
「もちろん!」
孝鷹は即答した。
「これから、何度でも会おう!」
その笑顔を見て。
三玖は静かに頷いた。
「……うん」
こうして。
上杉風太郎の家庭教師生活が始まった。
そして同時に――。
もう一人の上杉家の天才、上杉孝鷹と。
五人の少女たちとの物語も、動き始めた。