『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』 作:夜幻
夏の祭り当日。
夕方。
上杉家の玄関では、らいはが落ち着かない様子で靴を履いていた。
「お兄ちゃん、まだー?」
「もうちょっと待って!」
奥から孝鷹の声がする。
「風太郎お兄ちゃんは?」
「もう出られるって!」
「じゃあ、私も早く行きたい!」
らいはが頬を膨らませる。
その横で風太郎が腕を組んでいた。
「孝鷹は何をしてるんだ」
「たぶん髪の毛」
「……あいつ、祭りに気合い入れすぎだろ」
「だって今日は花火大会だよ!」
らいはが笑う。
「みんなで行くんだから、楽しいほうがいいじゃん!」
そのとき。
「お待たせー!」
孝鷹が玄関へやって来た。
いつもの制服姿とは違い、今日は涼しげな私服。
「どう?」
「遅い!」
風太郎が即座に言う。
「ごめんって!」
「孝鷹お兄ちゃん、かっこいい!」
「ありがとう、らいは!」
孝鷹が嬉しそうに笑う。
「らいはも可愛いよ」
「えへへ」
らいはは満面の笑みになった。
「じゃあ、行こう!」
「おう!」
待ち合わせ場所。
先に来ていたのは五つ子だった。
マスタードカラーの落ち着いた浴衣に、白の大輪の向日葵が大胆にあしらわれた一花。シックな紺色の帯が、お姉さんらしい余裕を引き立てている。
濃い紫地にピンクや白の紫陽花が散りばめられた二乃。首元にはレースの飾りが覗き、スマートフォンを片手に今どきのおしゃれな着こなしを見せている。
淡い水色をベースに鮮やかなブルーのアサガオが描かれた三玖。トレードマークのヘッドホンの代わりに、頭にはユーモラスなひょっとこのお面がちょこんと乗せられている。
明るい黄緑色の地にポップな植物モチーフが描かれた四葉。いつもの大きな黄色のリボンを髪につけ、待ちきれない様子で何度も跳ねている。
そして赤(マゼンタピンク)の地に星のモチーフが散りばめられた王道キュートな浴衣の五月は――。
「……」
星のヘアピンの代わりに赤いお花の髪飾りをつけ、じっと食べ物の屋台を見ていた。
「五月」
一花が浴衣の裾を整えながら声をかける。
「なんですか?」
「まだ始まってないよ?」
「分かっています」
「じゃあ、どうして屋台を見てるの?」
「……念のためです」
「何の?」
「どこから回るかの確認です」
「ふふっ、相変わらずだね」
一花が楽しそうに笑う。
そのとき。
「おーい!」
孝鷹たちがやって来る。
「孝鷹さん!」
四葉が黄緑の浴衣を揺らしながら大きく手を振った。
「みんな、お待たせ!」
「らいはちゃんも来たんだ」
一花が微笑む。
「うん!」
らいはが元気に答える。
「今日はみんなで遊ぶんだよ!」
「よろしくお願いします」
五月が丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ!」
らいはが笑う。
「五月ちゃん、今日はいっぱい食べようね!」
「……はい!」
五月の目が輝いた。
「まずは屋台!」
四葉が宣言する。
「賛成!」
孝鷹も拳を握る。
「何食べようかなぁ」
「孝鷹は食べることばっかりね」
紫の浴衣をまとった二乃が呆れる。
「二乃だって食べるでしょ?」
「私は普通よ」
「そうかな?」
「何よ」
「昨日も――」
「言わなくていい!」
二乃が慌てて遮り、レースの襟元を少し引っ張る。
らいはが不思議そうに首を傾げた。
「二乃さん、孝鷹お兄ちゃんと仲良しなんだね」
「……え?」
二乃が固まる。
「そ、そういうわけじゃ――」
「仲良しだよ!」
孝鷹が笑う。
「昔からの友達みたいなものだし」
「……」
二乃は一瞬だけ黙り、赤い顔をそっぽに向かせた。
「……まあ、そうね」
小さく呟く。
屋台通り。
「わぁ!」
らいはが目を輝かせる。
「りんご飴!」
「買おう!」
孝鷹がすぐに財布を出す。
「お兄ちゃん、私も!」
「もちろん!」
「私も欲しいです!」
五月が続く。
「五月も?」
「はい」
「じゃあ全員分――」
「待って」
二乃が孝鷹の浴衣の袖をギュッと掴む。
「全員分って、誰が食べるのよ」
「みんな!」
「多すぎるでしょ」
「でも祭りだよ?」
「……」
二乃は少し考えた。
「……じゃあ、私も一つ」
「ほら!」
孝鷹が笑う。
「結局食べるじゃん!」
「うるさい!」
らいはが笑う。
「二乃さん、素直じゃないね!」
「らいはちゃん!?」
その場に笑い声が広がった。
少し歩くと、射的の屋台が見えてきた。
「やりたいです!」
四葉が飛びつく。
「よし、勝負!」
孝鷹も構える。
「俺が一番取る!」
「孝鷹、負けたら?」
一花が尋ねる。
「みんなにジュース奢る!」
「言ったね?」
「もちろん!」
結果。
「……」
孝鷹の弾は、一つも景品を倒せなかった。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
「お兄ちゃん……」
らいはが心配そうに見る。
「孝鷹」
風太郎が肩を叩く。
「弓道ではあんなに当てるのにな」
「射的は別競技だよ!」
四葉が笑い出す。
「孝鷹さん、全然当たってません!」
「笑わないでよ!」
頭にひょっとこのお面をつけたまま、二乃まで笑っている。
「ふふっ……あんた、弓だけは凄いのにね」
「二乃まで!」
三玖も小さく笑った。
「……可愛い」
「三玖!?」
孝鷹は顔を真っ赤にした。
「もう一回!」
「まだやるの?」
「男には引けない戦いがある!」
「それ、射的だよ?」
一花のツッコミに、また笑い声が起こった。
やがて、日が沈み始めた。
「そろそろ花火の時間ですね」
五月が夜空を見上げる。
「場所、探そう!」
四葉が走り出す。
「四葉、走ると迷子になるぞ!」
「大丈夫です!」
「その台詞が一番危ない!」
孝鷹が追いかける。
「らいは、手を繋ごう」
「うん!」
孝鷹はらいはの手を握った。
その姿を、二乃と、水色の浴衣にひょっとこのお面を乗せた三玖、そして五月が少し離れたところから見ていた。
「……」
三人とも、何となく同じことを思っていた。
――優しい。
誰にでも優しい。
けれど。
妹を大切にする姿を見ると。
その優しさが、どうしてこんなにも心に残るのか。
三人には、まだ分からなかった。
花火を見る場所に到着する。
全員で並んで座る。
「らいはちゃん、ここどうぞ」
五月が場所を譲る。
「ありがとう!」
「私もここがいい!」
四葉がその隣へ。
一花は少し後ろ。
風太郎も腰を下ろす。
孝鷹は――。
「らいは、ちゃんと見える?」
「うん!」
「よかった」
らいはの隣に座った。
その反対側には五月。
少し離れて二乃と三玖。
やがて。
ドン――。
夜空に、一輪の花が咲いた。
「わぁ……!」
らいはが目を輝かせる。
「綺麗……」
五月も空を見上げる。
次々と花火が夜空へ上がっていく。
赤。
青。
黄色。
緑。
大きな音が響くたび、らいはが嬉しそうに笑う。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「あれ見て!」
「おお!」
孝鷹も笑う。
「凄いな!」
らいはが嬉しそうに孝鷹へ寄りかかる。
「えへへ……」
その光景を見ていた五月が、微笑んだ。
「……いいですね」
「何が?」
隣の三玖が尋ねる。
「こういう時間」
五月は花火を見つめる。
「みんなで一緒にいる時間です」
「……うん」
三玖も頷く。
「ねえ、孝鷹」
二乃が声をかけた。
「ん?」
「……来年も」
「?」
「……いや」
二乃は一度言葉を止めた。
「来年も、みんなで来られたらいいわね」
孝鷹は笑った。
「もちろん!」
「……」
「またみんなで来よう!」
二乃は少しだけ照れくさそうに笑った。
「……そうね」
三玖も静かに言う。
「……私も」
「三玖も?」
「うん」
「じゃあ、決まり!」
孝鷹が笑う。
「来年も全員で!」
「はい」
五月も頷いた。
その瞬間。
夜空いっぱいに、大きな花火が広がった。
「わぁ……!」
五人の声が重なる。
孝鷹は空を見上げる。
その横で、らいはが笑っている。
風太郎も、少しだけ口元を緩めた。
そして。
五月、二乃、三玖。
三人はそれぞれ違う表情で、孝鷹を見つめていた。
まだ名前のつかない気持ち。
まだ言葉にはできない想い。
ただ――。
この人と一緒にいる時間が、好き。
その気持ちだけは。
三人とも、少しずつ自覚し始めていた。
帰り道。
「今日は楽しかったね!」
らいはが孝鷹の手を握る。
「うん!」
「また来ようね!」
「もちろん!」
「約束!」
「約束!」
小指を絡める兄妹。
少し後ろでは、色とりどりの浴衣を着た五つ子が歩いている。
風太郎が孝鷹に声をかけた。
「孝鷹」
「ん?」
「明日から、また勉強だぞ」
「分かってるよ」
「本当に?」
「もちろん!」
孝鷹は笑う。
「楽しかった分、また頑張ろう!」
五人が顔を見合わせる。
「……そうですね」
五月が微笑む。
「うん」
三玖が頷く。
「まあ、やってあげるわよ」
二乃も笑った。
夏の夜。
花火はもう消えてしまった。
けれど――。
五人の胸には、それぞれ小さな光が残っていた。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
第10話をもって、序盤の物語が一区切りとなります。
最初は「勉強なんてしたくない」「自分には無理」と反発していた五人が、少しずつ勉強と向き合い、それぞれのやり方で努力できるようになった。
その過程で、風太郎だけではなく、双子の弟である孝鷹も五人と関わることで、少しずつ関係を変えていきました。
孝鷹については、「天才だから何でもできる主人公」だけにはしたくありませんでした。
頭が良く、弓道もできる。
けれど、それ以上に、人の気持ちを見ようとする。
困っている人がいれば放っておけない。
頑張っている人がいれば、結果だけではなく、その努力そのものを認める。
そんな人物として描いていきたいと思っています。
そして今回の花火大会では、五月、二乃、三玖の三人が、孝鷹に対して少しずつ特別な感情を抱き始めていることも描きました。
まだ誰も告白はしていません。
本人たちも、自分の気持ちを完全に理解しているわけではありません。
ただ、
「もう少し一緒にいたい」
「また会いたい」
「自分のことをもっと見てほしい」
そんな小さな気持ちが生まれ始めています。
この小さな変化が、これからどんな恋へと変わっていくのか。
そこも、この作品の大きな見どころにしていきたいと思っています。
もちろん、風太郎と孝鷹の兄弟関係も、この先さらに描いていく予定です。
五つ子との関係だけではなく、兄弟だからこその遠慮のないやり取りや、お互いに認め合っている部分も、この作品では大切にしていきたいと思います。
そして忘れてはいけないのが、らいは。
今回の花火大会では孝鷹に思いきり可愛がられていましたが、これからも上杉家の癒やし担当として登場してもらう予定です。
風太郎だけでなく孝鷹にも大切にされるらいはと、それを見た五つ子たちの反応も楽しんでいただければと思います。
ここまでの10話は、あくまで「始まり」です。
五つ子と孝鷹が再会し、勉強を通して距離を縮め、そして幼い頃の京都での記憶が少しずつ現在へとつながっていく。
ここから先は、学校生活や様々なイベントを通して、五人との絆がさらに深くなっていきます。
笑える話もあれば、悩む話もある。
原作を意識した展開もあれば、この作品だからこそ生まれるIF展開もあります。
そして、孝鷹が五つ子たちと関わることで、原作とは少し違った未来へ物語が進んでいくことになります。
最後になりますが、ここまで本作を読んでくださった読者の皆様に、改めて感謝を。
評価、感想、コメントなどをいただければ、とても励みになります。
これからも、
「君たちを見捨てない」
そんな孝鷹の言葉を軸に、五つ子たちとの青春と恋を描いていきたいと思います。
第10話はここで一区切り。
けれど、上杉孝鷹と上杉風太郎。
そして、一花、二乃、三玖、四葉、五月。
彼らの物語は、まだ始まったばかりです。
これから始まる新しい物語も、どうか見届けていただければ嬉しいです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。