『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』   作:夜幻

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第2話 五人の心は、まだ動かない

「まずはこれをやれ」

 

風太郎は五人の前に問題集を置いた。

 

「……」

 

誰も手を伸ばさない。

 

「聞こえなかったか?」

 

「聞こえてるわよ」

 

二乃が答える。

 

「だったらやれ」

 

「嫌」

 

「即答かよ!」

 

「だって、なんでアタシたちがあんたの言うこと聞かなきゃいけないの?」

 

「家庭教師だからだ」

 

「それが何?」

 

「勉強を教えるために来てる」

 

「頼んでない」

 

二乃が腕を組む。

 

その横で一花はスマートフォンを眺め、四葉は窓の外を見ている。

 

五月は真面目に問題集を見ているが、鉛筆を握る気配はない。

 

三玖だけは――。

 

「……」

 

黙って風太郎を見ていた。

 

「お前もやれ、三玖」

 

「……嫌」

 

「全員かよ!」

 

風太郎が頭を抱えた。

 

その隣で、孝鷹は困ったように笑っていた。

 

「まあまあ、風太郎」

 

「お前は何か言え」

 

「言ってるよ」

 

「何を?」

 

「みんな、勉強したくないんじゃなくて――」

 

孝鷹は五人を見る。

 

「今のまま勉強したら、またできない自分を見ることになるのが嫌なんじゃないかな」

 

「……」

 

五人の表情が、ほんの少し変わった。

 

風太郎が眉を寄せる。

 

「何を根拠に」

 

「根拠っていうか……」

 

孝鷹は頭を掻いた。

 

「俺だったら嫌だから」

 

「お前とこいつらを一緒にするな」

 

「そういう意味じゃないって!」

 

孝鷹は笑う。

 

「できないことって、怖いだろ?」

 

誰も答えない。

 

「だからさ」

 

孝鷹は問題集を閉じた。

 

「今日は勉強しなくていい」

 

「……え?」

 

五月が驚く。

 

風太郎も振り返った。

 

「おい」

 

「最初から勉強を押しつけたって無理だよ」

 

「じゃあ何しに来た」

 

「話をしに来た」

 

孝鷹は五人の前に座った。

 

「俺、みんなのこともっと知りたい」

 

「……」

 

「好きなこととか、苦手なこととか」

 

四葉が手を挙げた。

 

「はい!」

 

「四葉!」

 

「運動が好きです!」

 

「知ってる!」

 

「勉強は苦手です!」

 

「それも知ってる!」

 

「でも頑張ります!」

 

「うん!」

 

四葉は満面の笑顔だった。

 

「じゃあ、次!」

 

孝鷹が手を挙げる。

 

「一花!」

 

「私?」

 

「好きなことは?」

 

一花は少し考えた。

 

「……演技」

 

「へえ!」

 

「……何?」

 

「いや、なんか一花らしいなって」

 

「そう?」

 

「うん」

 

一花は少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、二乃!」

 

「アタシ?」

 

「好きなこと!」

 

「……料理」

 

「おお!」

 

「あと服」

 

「なるほど!」

 

二乃は少し驚いた顔をする。

 

「……何よ」

 

「ちゃんと教えてくれるんだなって」

 

「別に。答えただけよ」

 

「それでも嬉しい!」

 

「……変な奴」

 

二乃は目を逸らした。

 

「三玖!」

 

「……歴史」

 

「やっぱり!」

 

孝鷹が嬉しそうに笑う。

 

「どの時代?」

 

「戦国」

 

「誰が好き?」

 

「……黒田官兵衛」

 

「俺も!」

 

「……!」

 

三玖の目が見開かれた。

 

「本当に?」

 

「本当!」

 

孝鷹は身を乗り出す。

 

「黒田如水、最高だよな!」

 

「……うん」

 

三玖の声が少しだけ明るくなった。

 

「官兵衛は、戦うだけじゃなくて……」

 

「人の心を見るのが上手いんだよな!」

 

「……そう」

 

「必要なら敵すら味方にする」

 

「……孝鷹」

 

「ん?」

 

「……話、合うね」

 

「だろ?」

 

三玖はほんの少しだけ笑った。

 

風太郎はその様子を見ていた。

 

「……俺のときと全然違うな」

 

「風太郎も好きなもの聞けばいいじゃん」

 

「必要ない」

 

「そういうところだよ」

 

「うるせぇ」

 

最後に五月。

 

「五月は?」

 

「私は……」

 

五月は少し考えた。

 

「……勉強です」

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「食べることじゃなくて?」

 

「……!」

 

五月の顔が赤くなる。

 

「な、なぜ知っているのですか!」

 

「京都のときからそうだったじゃん」

 

「……!」

 

五月が固まった。

 

「覚えて……」

 

「覚えてるよ」

 

孝鷹は笑った。

 

「お腹空いたって泣いてたもんな」

 

「わぁぁぁ!」

 

五月が顔を両手で覆う。

 

「それは忘れてください!」

 

「無理!」

 

「なぜです!」

 

「だって可愛かったし!」

 

「……っ!」

 

五月の顔が真っ赤になる。

 

二乃が吹き出した。

 

「ちょっと五月、真っ赤じゃない」

 

「二乃!」

 

一花も笑う。

 

「懐かしいね」

 

「笑わないでください!」

 

四葉は楽しそうに笑っている。

 

三玖はそんな五月を見ながら、ふっと笑った。

 

その光景を見て。

 

風太郎は黙った。

 

孝鷹は、勉強を一問も解かせていない。

 

それなのに。

 

五人はさっきよりずっと自然に会話している。

 

「……なるほどな」

 

「風太郎?」

 

「いや」

 

風太郎は問題集を見た。

 

「お前のやり方も、少しは使えるかもしれない」

 

孝鷹が目を輝かせる。

 

「本当か!?」

 

「ああ。ただし――」

 

風太郎は五人を見る。

 

「勉強はするぞ」

 

「えー!」

 

四葉が声を上げる。

 

「当然だ」

 

「風太郎、急に先生っぽくなるなぁ」

 

「お前が甘すぎるんだよ」

 

風太郎は一冊のノートを取り出した。

 

「まず、それぞれの得意不得意を確認する」

 

「いいね!」

 

孝鷹が頷く。

 

「じゃあ、五人とも一問だけやってみよう」

 

「一問?」

 

二乃が聞く。

 

「うん。一問だけ」

 

孝鷹は笑う。

 

「解けなくても怒らない」

 

「……」

 

「分からなくても恥ずかしくない」

 

「……」

 

「できたら、一緒に喜ぼう」

 

四葉が手を伸ばした。

 

「じゃあ、やります!」

 

「私も」

 

一花が続く。

 

「……やる」

 

三玖もノートを開く。

 

五月も小さく頷いた。

 

そして――。

 

二乃が最後にため息をついた。

 

「……一問だけよ」

 

「よし!」

 

孝鷹が拳を握る。

 

「全員参加!」

 

「うるさい」

 

「でも嬉しい!」

 

「はいはい」

 

二乃は問題を見た。

 

五人の鉛筆が、初めて同時に動き始める。

 

カリ……。

 

カリカリ……。

 

静かな音が部屋に響く。

 

やがて。

 

「……できた」

 

三玖が顔を上げた。

 

「おお!」

 

「……簡単だった」

 

「すごいじゃん!」

 

「歴史だから」

 

「それでもだよ!」

 

三玖は少し照れた。

 

そして。

 

「……次も、やってみてもいい」

 

孝鷹が笑う。

 

「もちろん!」

 

風太郎はその様子を見ながら、静かに頷いた。

 

五人の心は、まだ完全には開いていない。

 

けれど。

 

閉ざされた扉に――。

 

ほんの少しだけ、隙間ができた。

 

その隙間から差し込んだのは。

 

厳しさでも、命令でもない。

 

「一緒にやろう」

 

そんな、ごく当たり前の言葉だった。

 

 

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