『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』   作:夜幻

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第3話 五人五色の勉強法

「……じゃあ、始めるぞ」

 

風太郎がテーブルの上に五冊の問題集を並べた。

 

数学、英語、国語、理科、社会。

 

五人分。

 

それぞれの名前が表紙に書かれている。

 

「うわぁ……」

 

四葉が露骨に顔を引きつらせる。

 

「これ、全部やるんですか?」

 

「全部だ」

 

「ひえぇ……」

 

「大げさね、四葉」

 

一花が頬杖をつきながら笑う。

 

「でもまあ、確かに多いよね」

 

「多いとか少ないとかいう話じゃない」

 

風太郎は腕を組んだ。

 

「お前らは五人とも、現状のままじゃ進級すら危うい。まずは基礎から叩き直す必要がある」

 

「またそれ?」

 

二乃が眉をひそめる。

 

「人の成績を勝手に見て、危ないだの何だの……。ほんっと失礼よね」

 

「事実を言っているだけだ」

 

「そういうところが嫌いなのよ!」

 

「はいはい」

 

二人の間に、いつものような火花が散る。

 

その隣で、孝鷹は苦笑していた。

 

「風太郎」

 

「あ?」

 

「ちょっとだけ順番を変えない?」

 

「順番?」

 

「うん」

 

孝鷹は五冊の問題集を指差した。

 

「いきなり全部やるんじゃなくて、まず五人が『どこで止まってるのか』を探そう」

 

「……そんなことしている時間があるのか?」

 

「あるよ」

 

即答だった。

 

風太郎が孝鷹を見る。

 

「お前は甘すぎる」

 

「かもしれない」

 

孝鷹は笑った。

 

「でも、できないところを知らないまま問題を解かせても、たぶん途中で嫌になる」

 

「……」

 

「だったら、最初に迷子になってる場所を探そう」

 

風太郎は黙った。

 

やがて、ため息をつく。

 

「……好きにしろ」

 

「ありがと、兄さん!」

 

「礼を言うな。別に認めたわけじゃない」

 

「はいはい」

 

孝鷹は楽しそうに笑った。

 

その笑顔を見て、五人も少しだけ表情を緩める。

 

「じゃあ、一人ずついこうか」

 

孝鷹は最初に四葉へ向き直った。

 

「四葉」

 

「はい!」

 

「この問題、解いてみて」

 

渡されたのは数学の一次方程式。

 

四葉は勢いよく鉛筆を握った。

 

「任せてください!」

 

カリカリカリ。

 

最初は快調だった。

 

ところが。

 

「……ん?」

 

手が止まる。

 

「どうしました?」

 

「えっと……」

 

四葉の眉間に皺が寄った。

 

「ここから、どうするんでしたっけ?」

 

「そこが苦手なんだな」

 

「はい……」

 

四葉はしゅんと肩を落とす。

 

「私、頭悪いので……」

 

その言葉に、孝鷹の表情が少し変わった。

 

「四葉」

 

「はい?」

 

「今の言葉、禁止」

 

「え?」

 

「『頭悪い』って、自分で自分に言うのは禁止ね」

 

孝鷹は四葉のノートを指で軽く叩いた。

 

「だって、今の四葉はちゃんと途中まで解けてたじゃん」

 

「……」

 

「できないんじゃない。『ここから先を知らない』だけ」

 

「……同じじゃないですか?」

 

「全然違うよ」

 

孝鷹は笑った。

 

「知らないなら、覚えればいい」

 

その言葉に、四葉が目を丸くする。

 

「……覚えれば」

 

「うん」

 

「できるようになりますか?」

 

「なるよ」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

「絶対?」

 

「絶対」

 

四葉の顔がぱっと明るくなった。

 

「じゃあ、やります!」

 

「よし!」

 

拳を握る孝鷹。

 

「その意気!」

 

「はい!」

 

「……単純だな」

 

風太郎が呆れたように呟く。

 

「兄さん、聞こえてるよ?」

 

「聞こえるように言った」

 

「ひどい!」

 

四葉が笑う。

 

その笑い声を聞きながら、孝鷹は次の問題を四葉の前に置いた。

 

「じゃあ、もう一回」

 

「はい!」

 

今度は、四葉が自分から鉛筆を動かし始めた。

 

「……なるほど」

 

風太郎が小さく呟く。

 

「最初から解法を教えるんじゃなく、本人に『できる』と思わせてから教えるのか」

 

孝鷹は聞こえていたが、答えなかった。

 

次は一花だった。

 

「じゃあ、お姉さんの番かな」

 

一花は問題集を受け取ると、軽く目を通す。

 

「英語ね」

 

「うん」

 

「これは……うーん」

 

一花は数秒考えてから、鉛筆を置いた。

 

「無理」

 

「早いな!」

 

孝鷹が思わず笑う。

 

「だって英語苦手なんだもん」

 

「苦手って、どこが?」

 

「全部」

 

「全部?」

 

「うん」

 

一花はにっこり笑った。

 

「英語って見るだけで眠くなる」

 

「なるほど」

 

孝鷹は問題文を覗き込んだ。

 

「一花は英単語が苦手なんじゃない?」

 

「……なんで分かるの?」

 

「問題を見たとき、文法じゃなくて単語のところで目が止まってた」

 

「……」

 

一花は少し驚いた顔をした。

 

「よく見てるね」

 

「まあね」

 

孝鷹は胸を張る。

 

「観察は得意なんだ」

 

「ふふっ」

 

一花が笑った。

 

「じゃあ、孝鷹くんに任せてみようかな」

 

「もちろん」

 

孝鷹は英単語をいくつか抜き出した。

 

「これ、全部覚えなくていいよ」

 

「え?」

 

「まず五個」

 

「五個だけ?」

 

「五個覚えたら、次の五個」

 

一花は目を細める。

 

「それならできそう」

 

「でしょ?」

 

「うん」

 

その隣で二乃が口を挟んだ。

 

「ちょっと」

 

「ん?」

 

「一花にはずいぶん優しいじゃない」

 

「そう?」

 

「そうよ」

 

二乃は腕を組む。

 

「四葉にもそうだったし」

 

「二乃にも同じようにするよ?」

 

「……」

 

「?」

 

「……別に」

 

二乃はぷいっと顔を逸らした。

 

だが、耳が少し赤い。

 

「じゃあ次は二乃ね」

 

「私はいい」

 

「え?」

 

「勉強なんて嫌いだもの」

 

二乃は問題集を押し返した。

 

「やりたくない」

 

「そっか」

 

孝鷹は無理に取らなかった。

 

「じゃあ、どうして嫌なのか教えて?」

 

「……」

 

「怒らないから」

 

「……」

 

「風太郎も」

 

「俺を巻き込むな」

 

「でも兄さんも聞くでしょ?」

 

「……まあな」

 

二乃はしばらく黙っていた。

 

そして、小さく息を吐いた。

 

「……馬鹿にされるのが嫌なのよ」

 

「誰に?」

 

「先生とか、周りの人とか」

 

二乃は視線を落とす。

 

「できないって分かってることを、できないって言われるのが一番嫌」

 

孝鷹は黙って聞いた。

 

それから、柔らかく笑った。

 

「じゃあ、俺は言わない」

 

「……え?」

 

「二乃が分からない問題を解けなくても、『馬鹿』なんて言わない」

 

「……」

 

「その代わり」

 

孝鷹は問題集を一冊、二乃の前へ置いた。

 

「分からないところは、一緒に探そう」

 

二乃は問題集を見つめる。

 

「……ほんと?」

 

「うん」

 

「絶対?」

 

「絶対」

 

「……」

 

二乃はしばらく黙ったあと。

 

「……一問だけなら」

 

そう言って、問題集を引き寄せた。

 

「よし!」

 

孝鷹が嬉しそうに拳を握る。

 

「じゃあ一問!」

 

「うるさい」

 

「ごめん!」

 

「……でも」

 

二乃は小さく笑った。

 

「その顔、昔から変わらないわね」

 

「昔?」

 

「……なんでもない」

 

二乃はすぐに視線を問題へ戻した。

 

孝鷹は少し首を傾げたが、追及しなかった。

 

次は五月。

 

「五月は……」

 

「私は大丈夫です」

 

「本当に?」

 

「もちろんです」

 

五月は胸を張った。

 

「私は勉強が好きですから」

 

「じゃあ、この問題」

 

孝鷹が数学の問題を差し出す。

 

五月は迷いなく解き始めた。

 

カリカリカリ。

 

そして。

 

「……できました」

 

「うん」

 

孝鷹は答案を見る。

 

「計算ミス」

 

「え?」

 

「ここ」

 

「……あ」

 

五月の顔が固まった。

 

「……」

 

「惜しい」

 

「……」

 

「五月?」

 

「……悔しいです」

 

「うん」

 

「すごく悔しいです」

 

五月は答案を握りしめた。

 

「勉強が好きなのに、間違えるなんて……」

 

孝鷹は苦笑した。

 

「五月」

 

「はい」

 

「勉強が好きだからこそ、間違えるのが嫌なんだね」

 

「……」

 

「でも、間違いは悪いことじゃないよ」

 

「……本当ですか?」

 

「本当」

 

孝鷹は笑う。

 

「間違いは、正解を覚えるための目印だから」

 

五月は黙って答案を見る。

 

「……目印」

 

「うん」

 

「では……」

 

五月は鉛筆を握り直した。

 

「もう一度、やります」

 

「うん!」

 

「今度こそ正解します!」

 

「その調子!」

 

そして最後に、Miku。

 

「……私?」

 

「うん」

 

孝鷹は一冊の問題集を渡した。

 

「Mikuは社会から」

 

「……歴史?」

 

「もちろん」

 

Mikuの目が少しだけ輝く。

 

「戦国時代」

 

「正解」

 

「……分かる」

 

「じゃあ、この問題」

 

Mikuは問題を読む。

 

『黒田官兵衛の幼名は――』

 

「……」

 

一瞬。

 

Mikuの鉛筆が止まった。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「……孝高」

 

「ん?」

 

「黒田官兵衛の諱は黒田孝高」

 

Mikuは静かに答えた。

 

「如水は号」

 

「そうそう!」

 

孝鷹の顔が一気に明るくなる。

 

「さすがMiku!」

 

「……ふふ」

 

Mikuの口元がほんの少し緩んだ。

 

「孝鷹は、如水のこと好きだもんね」

 

「大好き!」

 

即答だった。

 

「黒田如水は本当にすごいんだよ! 武力だけじゃなくて、人の心を読んで、敵を味方に変えて――」

 

「……分かる」

 

Mikuの声が少しだけ弾む。

 

「如水は、相手を力で押さえつけるだけじゃない」

 

「うん」

 

「相手が何を考えているのかを見て、その上で動く」

 

「そう!」

 

二人の会話がどんどん加速していく。

 

「播磨時代の交渉も――」

 

「うんうん!」

 

「中国大返しのときも――」

 

「それそれ!」

 

「……」

 

風太郎が二人を見る。

 

「お前ら、勉強しているのか?」

 

「してるよ!」

 

「してる」

 

声がぴったり重なった。

 

風太郎は呆れたようにため息をつく。

 

「……まあいい」

 

だが。

 

その直後だった。

 

Mikuがぽつりと言った。

 

「……孝鷹」

 

「ん?」

 

「歴史以外も、こういうふうにできたらいいんだけど」

 

「できるよ」

 

「……簡単に言う」

 

「簡単じゃないよ」

 

孝鷹は笑わなかった。

 

真っ直ぐにMikuを見る。

 

「だから、一緒にやろう」

 

「……」

 

「歴史で覚えられるなら、他の教科にもMikuが覚えやすい形があるはずだよ」

 

Mikuは少し考えた。

 

そして。

 

「……やってみる」

 

小さな声だった。

 

それでも。

 

確かな一歩だった。

 

五人の前に、それぞれの問題集が開かれている。

 

まだ、成績が上がったわけじゃない。

 

まだ、勉強が好きになったわけでもない。

 

けれど。

 

「じゃあ次の問題だ」

 

風太郎が言う。

 

「全員、一問ずつ解け」

 

「ええ……」

 

一花が苦笑する。

 

「もう一問?」

 

「当たり前だ」

 

「はいはい」

 

「やります!」

 

四葉が元気よく手を挙げる。

 

「私も!」

 

五月も続く。

 

「……一問だけなら」

 

二乃も鉛筆を握る。

 

「私も……やる」

 

Mikuも問題集を開いた。

 

その光景を見て、孝鷹は満面の笑みを浮かべた。

 

「うん」

 

風太郎が横目で弟を見る。

 

「何だ」

 

「いや」

 

孝鷹は五人を見ながら笑った。

 

「やっぱり、みんなちゃんとやればできるんだなって」

 

「まだ一問だぞ」

 

「一問できたなら、次の一問ができる」

 

「……」

 

風太郎は何も言わなかった。

 

ただ、自分の問題集を開く。

 

そして五人を見渡した。

 

「よし。次だ」

 

五人の鉛筆が、一斉に動き始める。

 

最初はほんの一問。

 

けれど。

 

それが、五人にとっての最初の一歩だった。

 

 

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