『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』   作:夜幻

4 / 10
第4話 五人を一つにする方法

「……違う」

 

カリッ。

 

「……違う」

 

カリッ。

 

「……また違う!」

 

風太郎の声が、静かな部屋に響いた。

 

「お前ら、何回同じところを間違えるつもりだ!」

 

「だって分からないんだもん!」

 

四葉が机に突っ伏す。

 

「私はもう頭がパンクしました!」

 

「お前は最初から詰まってるだろ」

 

「ひどいです!」

 

「事実だ」

 

「風太郎君、四葉ちゃんに厳しすぎない?」

 

一花が苦笑する。

 

「厳しいも何も、こいつらには時間がないんだ」

 

風太郎は五人の答案を机に並べた。

 

「テストまで、そう長くない」

 

「……」

 

五人の表情が一斉に曇った。

 

昨日までは、一問できただけでも嬉しかった。

 

けれど。

 

現実には、まだまだ解けない問題の方が多い。

 

二乃が答案を眺めながら呟いた。

 

「……やっぱり無理なんじゃない?」

 

「二乃?」

 

「一問くらい解けたからって、急に頭が良くなるわけじゃないもの」

 

「……」

 

二乃は鉛筆を置いた。

 

「私たち、ずっとこうだったじゃない」

 

その言葉に、部屋の空気が重くなる。

 

三玖も俯いた。

 

五月も唇を結ぶ。

 

一花は笑顔を消した。

 

四葉だけが、困ったように五人を見回している。

 

風太郎は眉をひそめた。

 

「だから勉強するんだろ」

 

「それができないから言ってるのよ!」

 

二乃が声を荒らげた。

 

「簡単に言わないで!」

 

「……」

 

「できない人間に、できるようになれって言うだけなら誰でもできる!」

 

二乃の声が震えていた。

 

風太郎は黙る。

 

その隣で。

 

孝鷹も、すぐには口を挟まなかった。

 

ただ、二乃の顔を見ていた。

 

怒っている。

 

でも。

 

本当に怒っているわけじゃない。

 

怖いのだ。

 

また失敗することが。

 

「……二乃」

 

孝鷹が静かに呼んだ。

 

「なによ」

 

「今、怖い?」

 

「……」

 

二乃が目を見開く。

 

「失敗するのが怖い?」

 

「……」

 

返事はない。

 

でも、それが答えだった。

 

孝鷹は笑った。

 

「そっか」

 

「……何よ」

 

「じゃあ、今日は失敗していい日にしよう」

 

「は?」

 

「今日だけじゃないけど」

 

孝鷹は五人全員を見る。

 

「間違えてもいい」

 

「……」

 

「分からなくてもいい」

 

「……」

 

「途中で嫌になってもいい」

 

「……」

 

そして。

 

「でも、そこで終わりにはしない」

 

孝鷹の声には、優しさがあった。

 

けれど、芯もあった。

 

「一回間違えたくらいで、俺はみんなを見捨てないよ」

 

五人が黙った。

 

その言葉は。

 

五人の胸に、まっすぐ届いた。

 

「……」

 

三玖が小さく呟く。

 

「……ずるい」

 

「え?」

 

「そういうこと言われたら……頑張るしかない」

 

孝鷹は笑った。

 

「それでいい」

 

「……孝鷹」

 

「ん?」

 

「……本当に、見捨てない?」

 

「もちろん」

 

三玖は少しだけ目を伏せた。

 

「……なら、やる」

 

その横で、二乃が鼻を鳴らす。

 

「……私だって」

 

「二乃?」

 

「一回だけよ」

 

「何が?」

 

「今日だけは、あんたの言うこと聞いてあげる」

 

「ありがとう!」

 

「だから、その笑顔やめなさい!」

 

「ええっ!?」

 

孝鷹が大げさに驚く。

 

一花が吹き出した。

 

「ふふっ」

 

「一花まで!」

 

「だって、孝鷹くん面白いんだもん」

 

「面白いって褒め言葉?」

 

「もちろん」

 

「じゃあ嬉しい!」

 

「本当に単純ね」

 

二乃が呆れたように笑った。

 

その空気を見て、風太郎が腕を組む。

 

「……なるほどな」

 

「兄さん?」

 

「お前のやり方が、少し分かった」

 

風太郎は五人の答案を一枚ずつ取り上げた。

 

「こいつらは、全員同じやり方じゃ駄目なんだな」

 

「うん」

 

「四葉は計算手順」

 

「はい!」

 

「一花は単語」

 

「そうそう」

 

「二乃は……」

 

風太郎が二乃を見る。

 

「失敗への恐怖」

 

「……」

 

「三玖は歴史以外の興味の作り方」

 

「……そう」

 

「五月は正確性」

 

「はい」

 

風太郎はしばらく考えた。

 

そして問題集を閉じた。

 

「なら、全員別々にやる」

 

「え?」

 

孝鷹が驚く。

 

「個別指導だ」

 

風太郎は五人を指差す。

 

「お前ら五人は同じ顔をしていても、得意不得意も性格も違う」

 

「……」

 

「なら、教え方を変えるしかない」

 

孝鷹は嬉しそうに笑った。

 

「兄さん」

 

「なんだ」

 

「やっぱり兄さん、優しいね」

 

「……どこがだ」

 

「今の」

 

「普通だ」

 

「いやいや」

 

孝鷹が肩を叩く。

 

「ちゃんとみんなのこと見てるじゃん」

 

「……」

 

風太郎は顔を逸らした。

 

「うるさい」

 

「照れてる?」

 

「照れてない」

 

「絶対照れてる」

 

「うるさい!」

 

そのやり取りを見て。

 

五人が笑った。

 

さっきまで重かった空気が、少しだけ軽くなる。

 

「じゃあ、始めよう」

 

孝鷹が言った。

 

「まず四葉」

 

「はい!」

 

「この問題、もう一度」

 

「分かりました!」

 

四葉は鉛筆を握る。

 

今度は、途中で止まらなかった。

 

「……あ」

 

「どうした?」

 

「ここ、昨日教えてもらったところです!」

 

「そう!」

 

「えっと……こうして……」

 

カリカリ。

 

「……できました!」

 

四葉が顔を上げる。

 

「正解」

 

「やったぁ!」

 

両手を上げる。

 

「できた!」

 

孝鷹も拳を握った。

 

「よし!」

 

二人でハイタッチ。

 

パァン!

 

「次!」

 

一花が手を挙げた。

 

「お姉さんも」

 

「もちろん」

 

英単語。

 

五個。

 

一花は紙に書いていく。

 

「……これと」

 

「うん」

 

「これ」

 

「正解」

 

「やった」

 

一花が笑う。

 

「なんだ。五個なら案外いけるじゃん」

 

「でしょ?」

 

「じゃあ、もう五個」

 

「え?」

 

「嫌?」

 

「……」

 

一花は少し考えて。

 

「やる」

 

「よし!」

 

二乃も黙って問題を解いている。

 

一問。

 

二問。

 

三問。

 

途中で間違える。

 

「……っ」

 

二乃が眉を寄せた。

 

孝鷹がすぐに声をかける。

 

「大丈夫」

 

「……分かってる」

 

「怒ってないよ」

 

「……うん」

 

二乃はもう一度解き直した。

 

「……できた」

 

「正解」

 

「……ふん」

 

けれど。

 

その口元は少し笑っていた。

 

三玖は歴史問題を終えると、孝鷹が作った英語の例文を見る。

 

「この単語を、戦国時代の話に置き換えてみよう」

 

「……例えば?」

 

「『strategy』なら『軍師の戦略』」

 

「……!」

 

三玖の目が輝く。

 

「なるほど」

 

「覚えやすい?」

 

「うん」

 

三玖はノートに書き込む。

 

「strategy……戦略……」

 

「いい感じ」

 

「……孝鷹」

 

「ん?」

 

「これなら、他の英単語も覚えられるかもしれない」

 

「でしょ?」

 

三玖は小さく笑った。

 

そして五月。

 

「五月は、解いた後に必ず一回見直そう」

 

「分かりました」

 

「正解しても?」

 

「正解しているかどうかを確認するためです」

 

「なるほど」

 

五月は真剣に頷いた。

 

「……孝鷹君」

 

「なに?」

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

「その……」

 

五月は少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「私、今まで勉強は一人でするものだと思っていました」

 

「うん」

 

「でも……誰かと一緒にするのも、悪くありませんね」

 

孝鷹は笑った。

 

「そうだね」

 

そして。

 

再び部屋に鉛筆の音が響き始めた。

 

カリカリ。

 

カリカリ。

 

カリカリ。

 

五人全員が。

 

自分の問題に向き合っている。

 

風太郎はそんな五人を眺めながら、ふと呟いた。

 

「……これなら」

 

孝鷹が振り返る。

 

「ん?」

 

「テストまでに、少なくとも今よりは上げられる」

 

「うん」

 

「ただし」

 

風太郎は五人を見る。

 

「本人たちがやれば、だ」

 

孝鷹は大きく頷いた。

 

「もちろん」

 

五人はまだ、勉強が好きになったわけじゃない。

 

まだ、問題集を開けば嫌な顔もする。

 

それでも。

 

昨日までとは違った。

 

「分からない」

 

その言葉の後に。

 

「教えて」

 

が続くようになった。

 

そして。

 

五人の勉強は、ようやく本当の意味で始まった。

 

「よし!」

 

孝鷹が笑う。

 

「次の問題、いこう!」

 

「はい!」

 

四葉が元気よく答える。

 

「分かった」

 

三玖が続く。

 

「……まあ、やってあげる」

 

二乃が言う。

 

「五個ならね」

 

一花が笑う。

 

「見直しもします」

 

五月が頷く。

 

その五人を見ながら。

 

風太郎は静かに問題集を開いた。

 

「……絶対に合格させる」

 

その声は。

 

今までより、少しだけ優しかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。