『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』 作:夜幻
「今日は、テスト範囲を全部確認する」
風太郎がホワイトボードに教科名を書いていく。
数学。
英語。
国語。
理科。
社会。
その五文字を見ただけで、四葉の顔が曇った。
「……多いです」
「当たり前だ」
「五教科ですよ?」
「高校生なら普通だ」
「普通って怖い言葉ですね……」
一花が吹き出した。
「四葉ちゃん、そこに気づいちゃった?」
「だって五教科ですよ!?」
「だから勉強するんだ」
風太郎は容赦がない。
「テストまで時間がない。今日からは苦手分野を重点的に潰す」
「……分かった」
三玖が問題集を開く。
その隣で、二乃も渋々ページをめくった。
五月は既にノートを広げている。
孝鷹は三人の様子を見ながら、にこりと笑った。
「みんな、昨日よりずっと早く机に向かうようになったね」
「……孝鷹君に褒めてもらえるなら」
五月が小さく呟く。
「ん?」
「い、いえ! 何でもありません!」
五月が慌てて顔を伏せる。
二乃が横からちらりと見る。
「……分かりやす」
「二乃!」
「何よ」
「今、何か言いましたよね?」
「言ってない」
「絶対言いました!」
「五月、勉強しろ」
風太郎の冷静な一言が飛んできた。
「……はい」
五月は大人しく問題集へ戻った。
孝鷹は笑いながら、三玖のノートを覗き込む。
「三玖、英語はどう?」
「……昨日より分かる」
「おお!」
「戦国時代に置き換えると、覚えやすい」
「やっぱり好きなものを使うのは強いね」
三玖は少しだけ笑った。
「……孝鷹のおかげ」
「俺だけじゃないよ」
「……でも」
三玖は鉛筆を握ったまま、孝鷹を見る。
「私の好きなものを覚えててくれた」
「当然じゃん」
「……当然?」
「うん」
孝鷹は何の迷いもなく答える。
「友達が好きなものなら、覚えておきたいでしょ?」
「……」
三玖は黙った。
友達。
その言葉に、少しだけ胸が痛む。
自分にとっては。
それだけではない気がしていた。
「……孝鷹」
「ん?」
「私……」
「?」
「……なんでもない」
三玖は視線を落とした。
まだ。
言葉にする勇気はなかった。
その様子を、二乃が見ている。
「……」
二乃は少しだけ唇を尖らせた。
「ねえ、孝鷹」
「ん?」
「私も質問」
「もちろん」
二乃が問題集を差し出す。
「ここ」
「どれ?」
「この英文」
孝鷹が隣に座る。
「これはね――」
「……近い」
「え?」
「いや」
二乃は顔を逸らす。
「何でもない」
孝鷹は不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ、ここをこう分けると……」
「……」
二乃は説明を聞きながら、横顔を見ていた。
近い。
思っていたよりずっと。
京都で会ったときも。
この人はいつも自分たちのそばにいた。
あの頃は。
ただ優しい男の子だと思っていた。
でも。
今は違う。
「……ねえ」
「何?」
「孝鷹ってさ」
「うん」
「誰にでも、こんなに優しいの?」
孝鷹は少し考えた。
「そうかな?」
「そうよ」
「うーん……」
孝鷹は笑った。
「困ってる人がいたら助けたいとは思うよ」
「……ふーん」
二乃は頬杖をついた。
「じゃあ、私だけ特別じゃないんだ」
「え?」
「……何でもない!」
二乃は問題集を顔の前に立てた。
孝鷹はますます分からない。
「変なの」
「……本当に鈍い」
二乃が小声で呟いた。
その頃。
五月は黙々と問題を解いていた。
「……」
カリカリ。
一問。
二問。
三問。
そして。
「できました」
「見せて」
孝鷹が答案を見る。
「……惜しい」
「え?」
「ここ、計算が一つだけ違う」
「……」
五月の表情が曇る。
「また……」
「五月」
「はい」
「前より減ってるよ」
「……え?」
「計算ミス」
孝鷹は答案を指差す。
「昨日は三つあった」
「……」
「今日は一つ」
五月は目を見開いた。
「本当ですか?」
「本当」
「……」
五月は答案を見つめる。
「私……少しは成長していますか?」
「もちろん」
孝鷹は笑う。
「ちゃんと頑張ってるからね」
「……」
五月の頬が少し赤くなる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……孝鷹君」
「ん?」
「私、もっと頑張ります」
「うん」
「あなたに、ちゃんと『できました』って言えるように」
孝鷹は嬉しそうに笑った。
「楽しみにしてる」
五月は胸に手を当てた。
まただ。
この人に認めてもらえると。
もっと頑張りたくなる。
「……」
五月は自分でも不思議だった。
勉強を頑張る理由が。
少しずつ変わってきている。
その時。
「よし!」
風太郎が立ち上がった。
「一度、模擬テストをやるぞ」
「今!?」
四葉が叫ぶ。
「今だ」
「聞いてません!」
「今言った」
「横暴です!」
「うるさい」
風太郎は五人に問題を配った。
「制限時間は三十分」
「三十分……」
四葉が青ざめる。
「大丈夫だよ」
孝鷹が声をかける。
「今までやったことを、そのまま使えばいい」
「はい!」
四葉が頷く。
「やります!」
「始め!」
五人が一斉に問題を解き始める。
静寂。
鉛筆の音だけが響く。
カリカリ。
カリカリ。
三玖は英文を読む。
二乃は料理のレシピを思い浮かべるように文章を分解する。
五月は一つ一つ丁寧に確認する。
四葉は何度も途中式を見直す。
一花は覚えた単語を思い出す。
三十分後。
「終了」
風太郎が答案を集めた。
「……」
五人が緊張した顔で待つ。
風太郎は採点を始めた。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
「……」
風太郎の表情が少し変わった。
「どうですか?」
五月が尋ねる。
「……前よりはマシだ」
「それだけ?」
二乃が不満そうにする。
「だが」
風太郎は答案を並べた。
「全員、前回より点数が上がっている」
「……!」
四葉の顔が輝く。
「本当ですか!?」
「ああ」
「やったぁ!」
四葉が両手を上げた。
一花もほっとしたように笑う。
「よかった」
三玖は答案を見る。
「……私も」
二乃も自分の点数を確認する。
「……」
そして。
五月が小さく息を吐いた。
「……よかった」
孝鷹は五人を見渡した。
「みんな、頑張ったね」
「……」
三玖が孝鷹を見る。
二乃も。
五月も。
三人とも、同じように胸が熱くなった。
点数が上がったことも嬉しい。
でも。
それ以上に。
「頑張ったね」
その一言が嬉しかった。
「よし!」
孝鷹が立ち上がる。
「じゃあ、この調子でテストまで続けよう!」
「おー!」
四葉が拳を上げる。
一花も笑う。
「頑張ろうか」
「……うん」
三玖が頷く。
二乃は小さく息を吐いた。
「仕方ないわね」
五月は真っ直ぐ孝鷹を見る。
「はい!」
五人の勉強は。
確実に前へ進んでいた。
そして同時に。
五月、二乃、三玖。
三人の胸の中にも。
少しずつ、別の感情が育ち始めていた。