『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』 作:夜幻
テスト当日の朝。
「……眠い」
上杉家の食卓で、孝鷹が大きく欠伸をした。
「お前が言うな」
向かいに座る風太郎が即座に突っ込む。
「昨日、一番遅くまで勉強してたの誰だと思ってるんだ」
「俺!」
「威張るな」
「だって、みんな頑張ってたからさ」
孝鷹は笑う。
昨日の夜。
五つ子たちは最後の確認をしていた。
四葉は数学。
一花は英単語。
二乃は苦手な計算。
三玖は英語と歴史。
五月は全教科の見直し。
以前なら、どこかで誰かが「もう無理」と言っていた。
けれど昨日は違った。
『もう一問だけ』
『ここ、分からないから教えて』
『三玖、これどういう意味?』
『四葉、焦らなくていいよ』
『五月、そこ計算ミス』
そんな声が、夜遅くまで続いていた。
「……変わったな」
風太郎がぽつりと言った。
「ん?」
「五人だよ」
孝鷹は笑う。
「うん」
「最初は、問題集を開くことすら嫌がってたのに」
「それだけ頑張ったってことだよ」
「……ああ」
風太郎は少しだけ口元を緩めた。
「だからこそ、今日が本番だ」
「うん」
孝鷹は頷く。
「きっと大丈夫」
「根拠は?」
「五人が頑張ったから」
「……お前は本当にそういうところだよな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
風太郎は箸を置いた。
「行くぞ」
「おう!」
二人は学校へ向かった。
教室。
試験開始のチャイムが鳴る。
「それでは、始め」
教師の声。
一斉に紙をめくる音。
五人も答案用紙を見つめた。
「……」
五月は最初の問題を読む。
計算問題。
以前なら、ここで焦っていた。
だが――。
「……落ち着いて」
小さく呟く。
孝鷹に言われた言葉を思い出す。
『間違いは、できない証拠じゃないよ』
『どこで間違えたか分かれば、次はできる』
五月は一度、深呼吸した。
「……大丈夫です」
鉛筆を走らせる。
一方。
二乃は英語の問題と向き合っていた。
「……これ」
単語の意味。
昨日まで何度も間違えた問題だ。
けれど――。
「……分かる」
答えを書く。
次の問題。
また一つ。
「……やれば、できるじゃない」
思わず小さく笑った。
その瞬間。
前の席の生徒が振り返る。
「……」
「何よ」
睨み返す二乃。
すぐに答案へ視線を戻した。
「今はテストよ」
そしてまた鉛筆を走らせる。
三玖は歴史の問題に入っていた。
「……黒田官兵衛」
名前を見た瞬間、ほんの少しだけ口元が緩む。
だが、問題はそこではなかった。
続く英語。
「……」
三玖は一度目を閉じる。
「孝鷹なら……」
頭の中に昨日の会話が浮かぶ。
『三玖は戦国武将ならどう考える?』
『……どう考えるって?』
『例えば、知らない土地に攻め込むなら?』
『まず情報を集める』
『正解』
『……それを英語に置き換える?』
『そうそう』
「……なるほど」
三玖は問題文を読み直した。
英語を一つの文章として見るのではなく、情報を分ける。
主語。
動詞。
目的語。
「……これなら」
鉛筆が動き始める。
「……解ける」
小さく呟いた。
四葉は数学の問題で手を止めていた。
「……」
難しい。
だが、以前とは違う。
焦って問題を飛ばすのではなく、途中式を書いていく。
「えっと……ここを先に……」
そして――。
「……できた!」
声に出してしまった。
教室中の視線が集まる。
「……」
四葉は顔を真っ赤にした。
「す、すみません!」
教師が苦笑する。
「静かにな」
「はい!」
四葉は小さくなりながら答案へ戻る。
けれど、その顔には笑みが浮かんでいた。
一花は英語の長文問題。
「……ここ」
昨日、孝鷹と一緒に覚えた単語。
五つずつに分けて覚えた。
「これも……分かる」
そして次へ。
「……よし」
いつもなら眠くなる問題も、今日は違った。
自分で覚えた言葉が、ちゃんと文章の中で意味を持っている。
「なんか……楽しいかも」
思わず呟く。
少しだけ、自分の変化が嬉しかった。
そして――。
最後のページ。
五月は時計を見る。
残り五分。
「……見直しを」
計算式を確認する。
一問目。
二問目。
三問目。
「……あ」
小さなミスを見つけた。
「危なかった……」
以前なら、そのまま気づかなかったかもしれない。
五月は答えを書き直した。
「……できました」
誰に聞かせるでもなく呟く。
その瞬間。
なぜか、孝鷹の顔が頭に浮かんだ。
『楽しみにしてるよ、五月』
「……」
五月の頬が少し熱くなる。
「……はい」
小さく頷いた。
そして。
「そこまで!」
試験終了の声。
一斉に鉛筆が止まる。
五人は、それぞれ答案を提出した。
教室を出たところで、四葉が大きく伸びをする。
「終わりましたー!」
「四葉、声大きい」
一花が笑う。
「だって終わったんですよ!」
「まだ全教科終わってないでしょ」
二乃が突っ込む。
「……そうでした」
「お前は本当に……」
五月が苦笑する。
「でも、最初の教科はどうでしたか?」
「私は結構できたと思う」
一花が答える。
「私も」
二乃も頷く。
三玖は少し考えてから。
「……英語、前よりできた」
「本当ですか?」
「うん」
「私も計算問題、見直せました」
五月が嬉しそうに言う。
「四葉は?」
「数学、途中式ちゃんと書けました!」
「それは偉い!」
孝鷹の声がした。
「……!」
五人が一斉に振り返る。
廊下の向こうから、孝鷹と風太郎が歩いてくる。
「みんな、お疲れ!」
「孝鷹さん!」
四葉が駆け寄る。
「聞いてください! 私、数学の問題、途中式を書いて解けたんです!」
「本当!?」
「はい!」
「すごいじゃん!」
孝鷹が嬉しそうに笑う。
「前なら途中で諦めてたのに!」
「えへへ……」
四葉が嬉しそうに笑う。
その様子を見ながら、二乃が口を開く。
「……私も」
「ん?」
「英単語。ちゃんと覚えてた」
「おお!」
孝鷹の目が輝く。
「二乃、頑張ったじゃん!」
「……当然でしょ」
そう言いながらも、二乃の頬は緩んでいた。
「一花は?」
「私は長文かな。前より読めたよ」
「三玖は?」
「……英語」
「五月は?」
「計算を見直しました」
「みんな凄い!」
孝鷹は心から嬉しそうだった。
「ほら、やっぱり大丈夫だったでしょ?」
「……まだ結果出てないけどな」
風太郎が横から言う。
「それでも、手応えはあったみたいだ」
「うん」
孝鷹は五人を見る。
「結果は後で分かる。でも――」
一度、言葉を切る。
「今日まで頑張ったことは、もう誰にも消せないよ」
「……」
五人が黙る。
「だから、今日は胸張っていいと思う」
その言葉に。
三玖は静かに頷いた。
「……うん」
二乃も目を逸らしながら。
「……そうね」
五月は胸元に手を当てた。
「はい」
そして、一花と四葉も笑う。
「よーし!」
四葉が拳を握る。
「次の教科も頑張ります!」
「おう!」
孝鷹も拳を突き出す。
「全員で乗り切ろう!」
「「「おー!」」」
五人の声が廊下に響いた。
風太郎は、その光景を少し離れて見ていた。
「……孝鷹」
「ん?」
「お前、本当に教師向きだな」
「え?」
孝鷹は目を丸くする。
「いやいや、俺はただ一緒に勉強してるだけだよ」
「それができる奴が少ないんだよ」
「……風太郎」
「なんだ」
「今の、褒めた?」
「……忘れろ」
「やった!」
「うるせぇ!」
孝鷹の笑い声が響く。
五人もつられて笑った。
テストは、まだ終わっていない。
結果も、まだ分からない。
けれど――。
五人はもう、以前の五人ではなかった。
そして、その変化を一番喜んでいるのは。
きっと、誰よりも孝鷹だった。