『上杉家の天才双子の弟は、五つ子たちを見捨てない』   作:夜幻

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第8話 五人の答え、テストの日

 テスト当日の朝。

 

「……眠い」

 

 上杉家の食卓で、孝鷹が大きく欠伸をした。

 

「お前が言うな」

 

 向かいに座る風太郎が即座に突っ込む。

 

「昨日、一番遅くまで勉強してたの誰だと思ってるんだ」

 

「俺!」

 

「威張るな」

 

「だって、みんな頑張ってたからさ」

 

 孝鷹は笑う。

 

 昨日の夜。

 

 五つ子たちは最後の確認をしていた。

 

 四葉は数学。

 

 一花は英単語。

 

 二乃は苦手な計算。

 

 三玖は英語と歴史。

 

 五月は全教科の見直し。

 

 以前なら、どこかで誰かが「もう無理」と言っていた。

 

 けれど昨日は違った。

 

『もう一問だけ』

 

『ここ、分からないから教えて』

 

『三玖、これどういう意味?』

 

『四葉、焦らなくていいよ』

 

『五月、そこ計算ミス』

 

 そんな声が、夜遅くまで続いていた。

 

「……変わったな」

 

 風太郎がぽつりと言った。

 

「ん?」

 

「五人だよ」

 

 孝鷹は笑う。

 

「うん」

 

「最初は、問題集を開くことすら嫌がってたのに」

 

「それだけ頑張ったってことだよ」

 

「……ああ」

 

 風太郎は少しだけ口元を緩めた。

 

「だからこそ、今日が本番だ」

 

「うん」

 

 孝鷹は頷く。

 

「きっと大丈夫」

 

「根拠は?」

 

「五人が頑張ったから」

 

「……お前は本当にそういうところだよな」

 

「何が?」

 

「いや、なんでもない」

 

 風太郎は箸を置いた。

 

「行くぞ」

 

「おう!」

 

 二人は学校へ向かった。

 

 教室。

 

 試験開始のチャイムが鳴る。

 

「それでは、始め」

 

 教師の声。

 

 一斉に紙をめくる音。

 

 五人も答案用紙を見つめた。

 

「……」

 

 五月は最初の問題を読む。

 

 計算問題。

 

 以前なら、ここで焦っていた。

 

 だが――。

 

「……落ち着いて」

 

 小さく呟く。

 

 孝鷹に言われた言葉を思い出す。

 

『間違いは、できない証拠じゃないよ』

 

『どこで間違えたか分かれば、次はできる』

 

 五月は一度、深呼吸した。

 

「……大丈夫です」

 

 鉛筆を走らせる。

 

 一方。

 

 二乃は英語の問題と向き合っていた。

 

「……これ」

 

 単語の意味。

 

 昨日まで何度も間違えた問題だ。

 

 けれど――。

 

「……分かる」

 

 答えを書く。

 

 次の問題。

 

 また一つ。

 

「……やれば、できるじゃない」

 

 思わず小さく笑った。

 

 その瞬間。

 

 前の席の生徒が振り返る。

 

「……」

 

「何よ」

 

 睨み返す二乃。

 

 すぐに答案へ視線を戻した。

 

「今はテストよ」

 

 そしてまた鉛筆を走らせる。

 

 三玖は歴史の問題に入っていた。

 

「……黒田官兵衛」

 

 名前を見た瞬間、ほんの少しだけ口元が緩む。

 

 だが、問題はそこではなかった。

 

 続く英語。

 

「……」

 

 三玖は一度目を閉じる。

 

「孝鷹なら……」

 

 頭の中に昨日の会話が浮かぶ。

 

『三玖は戦国武将ならどう考える?』

 

『……どう考えるって?』

 

『例えば、知らない土地に攻め込むなら?』

 

『まず情報を集める』

 

『正解』

 

『……それを英語に置き換える?』

 

『そうそう』

 

「……なるほど」

 

 三玖は問題文を読み直した。

 

 英語を一つの文章として見るのではなく、情報を分ける。

 

 主語。

 

 動詞。

 

 目的語。

 

「……これなら」

 

 鉛筆が動き始める。

 

「……解ける」

 

 小さく呟いた。

 

 四葉は数学の問題で手を止めていた。

 

「……」

 

 難しい。

 

 だが、以前とは違う。

 

 焦って問題を飛ばすのではなく、途中式を書いていく。

 

「えっと……ここを先に……」

 

 そして――。

 

「……できた!」

 

 声に出してしまった。

 

 教室中の視線が集まる。

 

「……」

 

 四葉は顔を真っ赤にした。

 

「す、すみません!」

 

 教師が苦笑する。

 

「静かにな」

 

「はい!」

 

 四葉は小さくなりながら答案へ戻る。

 

 けれど、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

 一花は英語の長文問題。

 

「……ここ」

 

 昨日、孝鷹と一緒に覚えた単語。

 

 五つずつに分けて覚えた。

 

「これも……分かる」

 

 そして次へ。

 

「……よし」

 

 いつもなら眠くなる問題も、今日は違った。

 

 自分で覚えた言葉が、ちゃんと文章の中で意味を持っている。

 

「なんか……楽しいかも」

 

 思わず呟く。

 

 少しだけ、自分の変化が嬉しかった。

 

 そして――。

 

 最後のページ。

 

 五月は時計を見る。

 

 残り五分。

 

「……見直しを」

 

 計算式を確認する。

 

 一問目。

 

 二問目。

 

 三問目。

 

「……あ」

 

 小さなミスを見つけた。

 

「危なかった……」

 

 以前なら、そのまま気づかなかったかもしれない。

 

 五月は答えを書き直した。

 

「……できました」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。

 

 その瞬間。

 

 なぜか、孝鷹の顔が頭に浮かんだ。

 

『楽しみにしてるよ、五月』

 

「……」

 

 五月の頬が少し熱くなる。

 

「……はい」

 

 小さく頷いた。

 

 そして。

 

「そこまで!」

 

 試験終了の声。

 

 一斉に鉛筆が止まる。

 

 五人は、それぞれ答案を提出した。

 

 教室を出たところで、四葉が大きく伸びをする。

 

「終わりましたー!」

 

「四葉、声大きい」

 

 一花が笑う。

 

「だって終わったんですよ!」

 

「まだ全教科終わってないでしょ」

 

 二乃が突っ込む。

 

「……そうでした」

 

「お前は本当に……」

 

 五月が苦笑する。

 

「でも、最初の教科はどうでしたか?」

 

「私は結構できたと思う」

 

 一花が答える。

 

「私も」

 

 二乃も頷く。

 

 三玖は少し考えてから。

 

「……英語、前よりできた」

 

「本当ですか?」

 

「うん」

 

「私も計算問題、見直せました」

 

 五月が嬉しそうに言う。

 

「四葉は?」

 

「数学、途中式ちゃんと書けました!」

 

「それは偉い!」

 

 孝鷹の声がした。

 

「……!」

 

 五人が一斉に振り返る。

 

 廊下の向こうから、孝鷹と風太郎が歩いてくる。

 

「みんな、お疲れ!」

 

「孝鷹さん!」

 

 四葉が駆け寄る。

 

「聞いてください! 私、数学の問題、途中式を書いて解けたんです!」

 

「本当!?」

 

「はい!」

 

「すごいじゃん!」

 

 孝鷹が嬉しそうに笑う。

 

「前なら途中で諦めてたのに!」

 

「えへへ……」

 

 四葉が嬉しそうに笑う。

 

 その様子を見ながら、二乃が口を開く。

 

「……私も」

 

「ん?」

 

「英単語。ちゃんと覚えてた」

 

「おお!」

 

 孝鷹の目が輝く。

 

「二乃、頑張ったじゃん!」

 

「……当然でしょ」

 

 そう言いながらも、二乃の頬は緩んでいた。

 

「一花は?」

 

「私は長文かな。前より読めたよ」

 

「三玖は?」

 

「……英語」

 

「五月は?」

 

「計算を見直しました」

 

「みんな凄い!」

 

 孝鷹は心から嬉しそうだった。

 

「ほら、やっぱり大丈夫だったでしょ?」

 

「……まだ結果出てないけどな」

 

 風太郎が横から言う。

 

「それでも、手応えはあったみたいだ」

 

「うん」

 

 孝鷹は五人を見る。

 

「結果は後で分かる。でも――」

 

 一度、言葉を切る。

 

「今日まで頑張ったことは、もう誰にも消せないよ」

 

「……」

 

 五人が黙る。

 

「だから、今日は胸張っていいと思う」

 

 その言葉に。

 

 三玖は静かに頷いた。

 

「……うん」

 

 二乃も目を逸らしながら。

 

「……そうね」

 

 五月は胸元に手を当てた。

 

「はい」

 

 そして、一花と四葉も笑う。

 

「よーし!」

 

 四葉が拳を握る。

 

「次の教科も頑張ります!」

 

「おう!」

 

 孝鷹も拳を突き出す。

 

「全員で乗り切ろう!」

 

「「「おー!」」」

 

 五人の声が廊下に響いた。

 

 風太郎は、その光景を少し離れて見ていた。

 

「……孝鷹」

 

「ん?」

 

「お前、本当に教師向きだな」

 

「え?」

 

 孝鷹は目を丸くする。

 

「いやいや、俺はただ一緒に勉強してるだけだよ」

 

「それができる奴が少ないんだよ」

 

「……風太郎」

 

「なんだ」

 

「今の、褒めた?」

 

「……忘れろ」

 

「やった!」

 

「うるせぇ!」

 

 孝鷹の笑い声が響く。

 

 五人もつられて笑った。

 

 テストは、まだ終わっていない。

 

 結果も、まだ分からない。

 

 けれど――。

 

 五人はもう、以前の五人ではなかった。

 

 そして、その変化を一番喜んでいるのは。

 

 きっと、誰よりも孝鷹だった。

 

 

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