第十三話です。
街から白鷺峰へ戻った刀也。
今度こそ平和に過ごせるかと思いきや、庭先でまた見たことのない生命体と遭遇します。
ただし今回は妖魔でも古代兵器でもありません。
もっと身近で、もっともちもちしています。
瑞嶺市から白鷺峰へ戻った翌朝。
梔子刀也は、珍しく何の予定もない時間を手に入れていた。
星環院の使者はいない。古代遺物も暴走していないし、無為刀剣術式は医仙メイファから使用禁止を言い渡されているため、ハクアとの修練もない。
「……平和だ」
縁側に座り、湯飲みを両手で包みながら呟く。
目の前には広大な庭があり、さらにその向こうには畑らしき区画が広がっていた。
白鷺峰の屋敷は外から見ても十分巨大だったが、実際に暮らしてみるとさらに規模がおかしいことが分かる。庭園や訓練場、温泉や倉庫だけでなく、畑、果樹園、薬草園、さらには小さな水田らしき場所まで存在していた。
「山の上だけで生活完結してない?」
「ある程度は」
いつの間にか隣に立っていたハクアが答えた。
「びっくりした」
「すまない」
「気配消すのやめてくれない?」
「消してはいない」
「それでそれなの?」
十至天は怖い。
刀也は茶を一口飲み、庭の向こうで働いている者たちへ視線を向けた。
「畑も屋敷の人がやってるの?」
「ああ。薬草や野菜は、ある程度ここで作っている」
「二十七人しかいないのに大変そうだな」
「二十七人?」
「前に常駐してる使用人、そのくらいって言ってたじゃん」
「ああ」
ハクアは庭のほうへ目を向けてから、何でもないことのように付け加えた。
「人ならば、な」
「……人なら?」
嫌な予感がした。
刀也も同じ方向を見る。
庭では数人の使用人が働いていた。一人は落ち葉を集め、別の一人は畑へ水を撒き、もう一人は垣根を整えている。
そこまでは普通だった。
問題は、その足元に混じっている白い何かである。
「…………」
「どうした」
「ハクア。あれ何」
「どれだ」
「白いやつ。あの、地面でもちもちしてるやつ」
使用人の足元を、白い塊が滑るように移動している。
大きさは丸々太った猫ほど。全体的に丸く、耳も脚も見当たらないのに、身体そのものを伸び縮みさせながら器用に前へ進んでいた。
真っ白な表面は、遠目にも柔らかそうだ。
「……餅?」
「もち?」
「俺の時代の食べ物」
「食べ物ではない」
「それは見れば……いや、ちょっと食べ物にも見えるな」
白い塊は使用人が集めた落ち葉の山へ近づくと、その前でぴたりと止まった。
「もっ」
「鳴いた!?」
「鳴くが」
「今の『もっ』って何!?」
下側がむにっと開き、そこが口になった。
白い生き物は落ち葉を一枚ずつ吸い込み始めたかと思えば、途中から勢いを増し、数分もしないうちに小さな山をほとんど平らげてしまった。
「食ってる……しかも早っ!」
使用人が慣れた様子で次の籠を置いた。中身は野菜くずらしく、それを見た白い生き物が嬉しそうに身体を揺らす。
「もっち!」
「鳴き声増えた!」
「機嫌がよい」
「分かるの?」
「長く見ていれば」
刀也は湯飲みを置いて立ち上がった。
「ちょっと見てくる」
「そうか」
「ハクア来ないの?」
「珍しくない」
「俺には珍しい!」
縁側から降り、白い生命体へ近づいていく。
野菜くずを食べていたそれは刀也の気配に気づいたのか、途中で食事を止めてこちらを見た。
「も?」
よく見れば目もある。
真っ白な身体に黒い点が二つ。その少し下には、先ほど落ち葉を吸い込んでいた小さな口がついている。
「……かわいいな」
思わず声が漏れた。
「も」
すると白い生命体は、ぽよん、ぽよんと身体を弾ませながら刀也の足元まで近づいてきた。
「触っていい?」
「大丈夫ですよ」
近くにいた若い使用人が笑う。
「人を噛むことはまずありませんので」
「まず?」
「食べ物と手を一緒に差し出すと、たまに指ごと口へ入れます」
「噛まない?」
「舐められます」
「それならまあ……」
刀也はしゃがみ込み、恐る恐る白い頭らしき部分へ指先を触れた。
「…………!」
柔らかい。
軽く押しただけで指が沈み、離せばゆっくりと元の形へ戻る。
「何これ。もちもちだ……!」
「もっち」
「お前、自覚あるの?」
今度は両手で触る。
もち、もち、と押すたびに形を変える感触が妙に癖になる。
「すごいな。ずっと触れる」
「もー」
「嫌?」
「今のは喜んでいる鳴き方です」
「分かりやすいようで分かりにくい」
白い生命体はその場でぺたんと潰れ、今度は自分から刀也の手へ身体を押し付けてきた。
「人懐っこいなあ」
「もちモッチは基本的に人が好きですから」
「……今なんて?」
「もちモッチです」
「名前?」
「種族名です」
刀也は改めて足元の白い生き物を見る。
「もちモッチ」
「もっち!」
「そのまますぎる!」
一億年後の人類は、命名に困ったのだろうか。
とはいえ実物を見れば、他にどう呼べばいいのか分からない気もする。
「これ、誰かが飼ってるの?」
「この子でしたら屋敷の共同飼育個体ですね」
「共同飼育?」
使用人が籠の底に残った野菜くずを、もちモッチの前へ落とした。
「もちモッチは家庭や施設で飼われることが多い生き物です。このお屋敷には今、十二体おります」
「十二体も!?」
改めて庭を見回してみる。
すると、今まで単なる白い飾りか石だと思っていたものまで動いていることに気づいた。植木の陰で土の上を這っている個体もいれば、使用人の後ろを律儀について歩いている個体もいる。少し離れた日向では、一体が平べったく潰れたまま気持ちよさそうに眠っていた。
「あれ全部もちモッチ!?」
「はい」
「気づかなかった……」
「見慣れると景色に馴染みますから」
「白い餅が?」
「見慣れると」
一億年後の常識は難しい。
「でも、さっき落ち葉食べてたよな」
「はい」
「生ごみも?」
「よく食べます」
「つまり掃除屋みたいな生き物?」
「それが本来の役割ですね」
「本来?」
使用人は頷いた。
「もちモッチは、廃棄物処理生物です」
「…………」
刀也は足元でもちもちしている生き物を見下ろした。
「これが?」
「はい」
「こんなかわいいのが?」
「はい」
「廃棄物処理?」
「はい」
三回確認しても答えは変わらなかった。
「何を処理できるの?」
「有機性のものなら、かなり幅広く。食べ残しや野菜くず、落ち葉、古くなった布の一部、汚泥、家畜小屋から出る廃棄物などですね」
「便利だな」
「髪や爪、皮脂、垢なども好みます」
「老廃物まで?」
「はい」
そこで刀也の想像が、嫌な方向へ進んだ。
「……待って。もしかしてトイレも?」
「もちろんです」
「もちろんなんだ」
「もちモッチの最も一般的な仕事の一つですよ」
「…………」
刀也は再び白い餅を見る。
「お前、トイレ掃除するの?」
「もっ」
「元気よく返事された」
使用人はくすくすと笑った。
「都市部ですと、便所槽へ専用のもちモッチを住まわせる家庭も多いですね。排泄物や汚水を摂食して衛生化してくれます」
「人の排泄物まで食うの!?」
「はい」
「一億年後、下水道どうなってんの!?」
「下水設備そのものもありますよ。ただ、もちモッチによる生物処理と併用する地域が多いですね」
「生物処理……」
可愛らしい見た目から、急に環境インフラの話になった。
「臭くならないの?」
「なりません。体内でほぼ完全に分解されますので」
「出すほうは?」
「ごく僅かです。一部は身体の維持に使われ、残りも内部で無害化された後、呼吸や水分として排出されると聞いています」
「超高性能じゃん……」
一億年前のごみ処理施設が聞いたら泣く。
「じゃあ街にも普通にいる?」
「はい。家庭、宿、工房、農地、船、鉱山、遠征隊など、大抵の場所におります」
「環境選ばなさすぎだろ。砂漠とかは?」
「います」
「寒い地域」
「います」
「船の上」
「います」
「地下」
「います」
「宇宙は?」
使用人が少し考えた。
「星舟用の品種もいたはずです」
「いるの!?」
刀也は呆れ半分に足元を見た。
「お前たち、俺より適応力高くない?」
「もー」
「否定しないな」
再び撫でると、もちモッチは嬉しそうに身体を震わせた。
「でも、廃棄物だけ食べて生きてるの?」
「いえ」
使用人が畑の一角を指差す。
「あちらに専用の餌を育てています」
「専用?」
そこには、細長い淡青色の葉を束にして伸ばす植物が並んでいた。
「モチ草です」
「…………」
「どうされました?」
「いや」
一億年前にも似た名前の植物があった気がする。
「これはもちモッチが好む植物でして、栄養調整のために定期的に与えます。廃棄物ばかりを食べさせるより、こちらを混ぜたほうが健康に長生きするんですよ」
「ごみだけでいいわけじゃないんだ」
「生き物ですから」
「そりゃそうか」
何でも食べる便利な処理装置と考えかけていたが、当然ながらそうではない。
食事をして、休んで、遊んで、人にも懐く。
「機械じゃないんだな」
「もちろん」
使用人は少し不思議そうだった。
「もちモッチは家族ですよ。十年ほどしか一緒にいられませんけどね」
刀也の手が止まった。
「寿命、十年?」
「平均でそれくらいです」
「短いな……」
先ほどまで単純に心地よかったもちもちした感触が、急に少しだけ寂しいものへ変わった。
「じゃあ十年経ったら?」
「世代交代します」
「世代交代?」
「はい」
ちょうどその時、庭の向こうから少し低い鳴き声が聞こえた。
「もーっち」
使用人がそちらを見る。
「あ。ちょうどよいかもしれません。来てください」
「何が?」
案内された先には、日当たりのよい木陰があった。
そこにいたのは、先ほどの個体より一回り大きなもちモッチ。表面の白さが少しくすみ、動きもゆっくりしている。
「この子は?」
「今年で九年目です」
「おじいちゃん?」
「性別はありません」
「そうなんだ」
「もうコモッチを持っていますね」
「コモッチ?」
使用人が大きなもちモッチの背中を指差した。
「ほら」
「…………どこ?」
「背中です」
刀也が身を乗り出して覗き込む。
そこには小さな白い膨らみがあり、よく見ると親の身体とは別に、もぞもぞと動いていた。
「これ?」
「はい。もうすぐ分離する頃ですね」
「分離?」
「寿命が近づくと、もちモッチは身体の一部に新しい個体を育てるんです。それがコモッチです」
「子供みたいなもの?」
「近いですね」
その時、小さな膨らみから黒い点が二つ現れた。
「…………!」
「こ」
ものすごく小さな声。
「かわっ……」
刀也が固まる。
親もちモッチの背中から、小さな白い顔だけが覗いていた。
「これ反則だろ……」
「何がです?」
「かわいさが」
刀也はしゃがみ込み、できるだけ驚かせないように顔を近づけた。
「コモッチ」
「こも」
「鳴くじゃん……!」
「分離してしばらくは『こも』と鳴くことが多いですね」
「名前それ由来?」
「たぶん」
「未来人、やっぱり命名がそのままだな!」
しかし、これもまた実物を見ると納得してしまう。
「親が死ぬ前に子が生まれる?」
「はい。多くは一体ですが、栄養状態がよいと二体のこともあります」
「記憶とかは引き継ぐ?」
「完全には。ただ、生活場所や世話をしてくれた人への親和性は受け継がれると言われています。そのため、同じ家で何十世代も飼われているもちモッチも珍しくありません」
「世代で家に残るんだ」
「はい。この子の親も、そのさらに親も、白鷺峰で暮らしていたそうですよ」
「いつから?」
「記録に残っている範囲で百七十年ほど」
「俺よりよっぽどこの家の古株だな」
高齢のもちモッチが「も」と一声鳴く。
「敬語使ったほうがいい?」
「必要ありませんよ」
刀也は笑った。
一億年後には、空に偽物かもしれない太陽が浮かび、人間以外の種族が暮らし、剣一本で世界を凍らせるような少女までいる。
その一方で、庭では使用人と白い生き物が一緒に落ち葉を片づけ、何世代にもわたって同じ家で暮らしている。
「こういうのも未来なんだな」
刀也が呟くと、使用人が首を傾げた。
「どういう意味です?」
「いや。未来ってもっと機械だらけだと思ってたから」
「機械も使いますよ」
「でも、生き物に頼る部分もある」
「もちモッチのほうが効率のよい仕事も多いですからね」
技術が進歩すれば、すべてが機械へ置き換わる。
刀也は何となくそう思っていた。
だが、この時代では生物そのものを生活の仕組みに組み込んでいる。未来というのは、自分が想像していたよりずっと複雑なものらしい。
「ちなみに、もちモッチって自然に生まれた生物?」
「さあ」
「分からない?」
「起源には諸説あります。自然進化説、旧文明生物兵器説、環境浄化用人工生命説、外界生物説などですね」
「……人工生命」
刀也の嫌な勘が働く。
「ただ、確かな資料は残っていません」
「またそれか」
一億年後。
何でも起源が失われすぎている。
「まさか俺の黒歴史にはいないよな……」
刀也は記憶を探った。
白くて、もちもちしていて、廃棄物を何でも食べる生き物。
中学生の頃にそんなものを考えた記憶は――ない。
「……よし」
「何がよいのだ」
「うわっ!」
背後から突然声を掛けられ、刀也は肩を跳ねさせた。
ハクアだった。
「だから急に後ろに立つなって!」
「普通に歩いてきた」
「足音してないから!」
ハクアは気にする様子もなく、足元のもちモッチへ視線を向ける。
「気に入ったか」
「かなり」
「そうか」
気づけば、最初に刀也へ懐いた個体がずっと後ろをついてきていた。
「もっち」
「こいつ、ずっと俺についてきてない?」
「気に入られたのでしょう」
使用人が答える。
「もちモッチは匂いで人を覚えますから」
「俺の匂い?」
「恐らく」
白い身体が刀也の足へむにっと押し付けられる。
「もー」
「……連れて帰りたい」
「ここが帰る場所だ」
「そうだった」
自分も現在は白鷺峰に居候中である。
「なら部屋で飼うか?」
ハクアが言った。
「いいの?」
「ああ」
「でも共同飼育なんだろ?」
「本人が望むなら問題ない」
「本人?」
ハクアがもちモッチへ視線を落とす。
「行くか」
「もっち!」
「即答したように見える」
「即答だ」
「本当に会話できてない?」
「雰囲気だ」
刀也は白い身体を両手で持ち上げた。
「うわ、思ったより軽い」
そして腕の中で形がむにむにと変わる。
「もちもち……」
「もー」
「これ駄目だ。永遠に触れる」
「気に入ったようだな」
「うん」
「名を付けるか」
「名前?」
「個体名だ」
「もちモッチにも名前付けるんだ」
「家庭飼育なら普通だ」
刀也は腕の中を覗き込んだ。
白い。丸い。そして、ひたすらもちもちしている。
「…………モチ」
「種族名とほぼ同じだ」
「じゃあシロ」
「白いから?」
「安直すぎるか」
「も」
もちモッチ本人からも微妙な反応をされた気がする。
「自分で何か希望ない?」
「もっち」
「分からん」
しばらく考えたものの、良い名前は浮かばなかった。
「後で決めよう」
「もー」
「たぶん了承した」
刀也は笑った。
この世界へ来てから、自分から「欲しい」と思ったものは、これが初めてかもしれない。
住む場所や金、服のような必要品ではない。
役に立つからでもない。
ただ、一緒にいたいと思った。
「よろしくな」
「もっち!」
腕の中でもちモッチが勢いよく跳ねる。
「うおっ、落ちる!」
慌てて抱え直すと、隣でハクアがその様子をじっと見ていた。
「楽しそうだな」
「かわいいぞ。触る?」
「毎日見ている」
「触るのと見るのは違う」
「そうか?」
「ほら」
刀也がもちモッチを差し出す。
ハクアは少し迷ったあと、指先で白い身体を押した。
ぷに。
「…………」
「どう?」
もう一度。
ぷに。
そしてもう一度。
「ハクア?」
ぷに、ぷに。
「気に入ってるじゃん」
「確認しているだけだ」
「何を?」
「弾力」
「顔ちょっと柔らかくなってるぞ」
「気のせいだ」
そう言いながら、もう一度押した。
「まだ触るんだ」
「…………」
「貸そうか?」
「ああ」
「素直!」
刀也からもちモッチを受け取る。
世界最強格。
十至天『剣天』ハクア・シラサギ。
その両腕に、白くて丸いもちモッチが収まった。
「…………」
「…………」
「もっち」
「似合わないな」
「斬るぞ」
「何で!?」
刀也は笑った。
黒歴史のことも、一億年の謎も、自分の身体の異常も考えなくていい。
ただ白くて柔らかい生き物を抱え、くだらない会話をして笑うだけの時間。
この世界へ来てから、こんなふうに何も考えず楽しめたのは初めてだったかもしれない。
少なくとも刀也は、そう思っていた。
◆
擬似太陽炉《天照》の内部。
梔子天音は、地上の映像を静かに眺めていた。
画面の中には刀也とハクア、そして二人の間に挟まれた白い生命体が映っている。
「もちモッチ」
その名を知らないはずがない。
一億年という時間の大半を、この世界の変化とともに過ごしてきた天音にとっては、あれもまた見慣れた存在だった。
「気に入ったのね」
刀也が楽しそうに笑っている。
それを見る天音の表情も、自然と柔らかくなった。
「昔から、柔らかいもの好きだったものね」
幼い頃はぬいぐるみやクッションを好み、成長してから本人は否定するようになったが、眠っている間に抱き枕へしがみつく癖があったことまで天音は知っている。
「変わってない」
その声には、素直な愛おしさが滲んでいた。
しかし、画面の中でハクアがもちモッチを抱き、刀也がそれを見て笑った瞬間、天音の視線が僅かに細くなる。
「……またあなた」
笑みそのものは消えていない。
「ずいぶん自然に、刀也の隣にいるのね」
天音の指先が観測画面へ触れ、ハクアの姿をゆっくりとなぞる。
その時、別の表示が画面の端へ浮かび上がった。
『もちモッチ個体群――白鷺峰系統』
『遺伝子系統照合』
『起源データ:欠損』
天音はそれを一瞥すると、少し呆れたように笑った。
「これは私じゃないわよ。何でも私たちのせいにされたら困るもの」
一億年という時間は長い。
刀也の空想によって現実へ近づいたものもある。
天音自身が意図的に未来へ残したものもある。
だが、この世界のすべてが二人から生まれたわけではない。
人類も、生態系も、文明も、刀也が眠っている間に勝手に変化し続けてきた。
もちモッチもまた、その果てしない未来が生み出した一つの存在だった。
「まあ、あなたが気に入ったなら、それでいいけれど」
画面の中で刀也がもちモッチを抱き上げ、嬉しそうに笑っている。
天音もその姿を眺めながら、穏やかに呟いた。
「ちゃんと大事にしなさい」
その声だけを聞けば、遠くから我が子を見守る母親そのものだった。
ただし、刀也へ向けられた瞳の熱だけは、やはりそれだけでは説明できなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
新しい一億年後の身近な生物、
**もちモッチ**
登場です。
白くてもちもち。
人懐っこく、家庭・農地・施設・船など幅広い環境で人間と暮らしています。
主な役割は廃棄物処理。
食べ残しや生ごみ、落ち葉、汚泥、人間の老廃物、さらにはトイレ周りの衛生処理までこなす、一億年後では非常に身近な生活パートナーです。
ただし廃棄物だけを食べるわけではなく、専用植物『モチ草』なども普通の食事として与えられます。
平均寿命は約十年。
寿命が近づくと身体の一部に幼体の**コモッチ**を育て、次の世代へ交代していきます。
そして重要なのは。
今回は本当に刀也の黒歴史とは無関係です。
一億年もあれば、刀也や天音と関係なく生まれるものだって当然たくさんあります。
刀也は白鷺峰のもちモッチ一体にかなり懐かれたようですが――名前はまだ決まっていません。