1億年後の世界はほぼ異世界   作:池ポチャ

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第六話です。

十四歳の頃、剣術を考えた。

なら当然、それを使う組織だって考える。

問題は。

一億年後に、その組織まで残っていることでした


世界を裏から守る秘密結社も、俺が考えました

 

【本文】

 

「その紋章、俺が昔考えた秘密組織のマークだ」

 

 梔子刀也がそう告げたあと、部屋にはしばらく沈黙が続いた。

 

 卓上には数冊の歴史書。

 

 そのうちの一冊には、極星凍剣術の開祖とされる人物の挿絵が描かれている。

 

 長い外套を纏い、剣を手にした人物。

 

 そして、その背後に描かれた奇妙な紋章。

 

 大きな円。

 

 中央を上下に貫く一本の線。

 

 円の周囲を囲む八つの星。

 

 間違いない。

 

 十四歳の梔子刀也が、自室の机で三十分ほど悩んだ末に完成させたマークである。

 

「秘密組織」

 

 ハクア・シラサギが刀也の言葉を繰り返した。

 

「そう」

 

「極星凍剣術を伝えた組織か?」

 

「いや」

 

 刀也は即答する。

 

「全然違う」

 

「違うのか」

 

「本来はな」

 

 そこが一番意味不明だった。

 

 刀也が考えた設定上、極星凍剣術とこの紋章には直接的な関係はない。

 

 同じ時期に作った黒歴史ではある。

 

 しかし別物だ。

 

「刀也殿」

 

 ロウエンが歴史書へ視線を落とした。

 

「この紋について、詳しくお聞きしても?」

 

「できれば話したくないです」

 

「重要な古代史料に関わる可能性がございます」

 

「分かってます」

 

 分かっている。

 

 だから困っている。

 

 刀也は両手で顔を覆った。

 

「……俺、昔から変なところだけ凝り性だったんですよ」

 

「凝り性?」

 

「一個設定を思いつくと、それだけじゃ満足できなくなるっていうか」

 

 極星凍剣術が好例だ。

 

 普通なら「格好いい必殺技を考えた」で終わる。

 

 刀也は終わらなかった。

 

 技を作った。

 

 流派を作った。

 

 開祖を考えた。

 

 技同士の繋ぎまで作った。

 

 そして剣術とは別に、さらに大きな設定も作った。

 

「世界には普通の人が知らない怪物とか超能力者とか、そういうものが昔から存在している」

 

「この世界では珍しくない」

 

「俺の時代には存在しない前提で聞いて」

 

「分かった」

 

「それで、そういう人知を超えたものが暴れた時、一般人に知られないよう裏から処理して世界を守る秘密組織がある……って設定を考えたんだ」

 

 口にするたび、心に小さな傷が増えていく。

 

 十四歳なら許される。

 

 たぶん。

 

 しかし一億年後の世界最強格と、その使用人を前に大真面目に説明するような内容ではない。

 

「名称は?」

 

 ハクアが聞いた。

 

「聞く?」

 

「重要だ」

 

「絶対笑うなよ」

 

「笑わない」

 

 ハクアは本当に笑わなそうなので、そこだけは安心できる。

 

 問題はロウエンだった。

 

 刀也がちらりと見る。

 

「私も決して」

 

「お願いしますよ。本当に」

 

 一度深呼吸する。

 

 記憶の底から、その名称を引っ張り出す。

 

 忘れていればよかった。

 

 残念ながら覚えていた。

 

「――『世界観測機構アカシック・オーダー』」

 

 言った。

 

 とうとう言った。

 

 刀也は両手で顔を覆ったまま動かなかった。

 

「……うわあ」

 

「どうした」

 

「自分で言うと想像以上にキツかった」

 

「立派な名だと思うが」

 

「慰めないで!」

 

 アカシック・オーダー。

 

 当時の刀也が、ネットで知った「アカシックレコード」という言葉を格好いいと思い、その響きだけで採用した名前である。

 

 世界の全てを記録し、異常を観測し、必要ならば歴史へ介入する超国家的秘密組織。

 

 当然、各国政府より強い。

 

 当然、一般人には存在を知られていない。

 

 当然、組織の最高幹部は全員めちゃくちゃ強い。

 

 そして、組織の最奥には世界の真実を記録した禁断の書庫がある。

 

「ベタすぎる……」

 

「何がだ?」

 

「十四歳の俺に言ってる」

 

 刀也は深く項垂れた。

 

「で、そのマークが組織の紋章」

 

 歴史書の挿絵を指差す。

 

「円は世界。真ん中の線は世界を表と裏に分ける境界。八つの星は八方向から世界を監視する観測者……みたいな意味だった」

 

「なるほど」

 

「納得しないで」

 

「理に適っている」

 

「適ってなくていいんだよ!」

 

 ハクアは本気だった。

 

 そこが余計につらい。

 

 ロウエンはというと、刀也の羞恥などそっちのけで、本を何冊か並べ始めていた。

 

「ロウエンさん?」

 

「少々お待ちを」

 

「何かあります?」

 

「この紋、どこかで……」

 

 老人の表情が変わっていた。

 

 先ほどまでの穏やかさが薄れ、真剣なものになっている。

 

 嫌な予感がした。

 

 刀也はこの一億年後の世界へ来てから、自分の嫌な予感が妙に当たることを知り始めていた。

 

「見つけました」

 

「できれば見つけないでほしかった」

 

 ロウエンが別の本を開いた。

 

「こちらを」

 

「…………」

 

 刀也は恐る恐る覗き込む。

 

 古い建物の絵。

 

 巨大な塔。

 

 その上部に、例の円と八つの星の紋章が刻まれている。

 

「何これ?」

 

「約七千二百万年前の遺跡を描いたものです」

 

「また古いな……」

 

「通称、『観測塔』」

 

 刀也の顔が引きつった。

 

「今なんて?」

 

「観測塔でございます」

 

「…………」

 

 十四歳の自分が作った設定を思い出す。

 

 世界観測機構アカシック・オーダー。

 

 世界各地に十三の観測塔を配置。

 

 そこから怪異、魔術、異能力、異界からの侵入者を監視する。

 

「十三個?」

 

 刀也が呟いた。

 

 ロウエンの手が止まる。

 

「……なぜ、その数を?」

 

「え」

 

「古代の観測塔は、現在確認されているだけで十三基ございます」

 

「…………」

 

 聞かなければよかった。

 

「全部同じ紋章?」

 

「はい」

 

「うわああああ……」

 

 刀也は卓へ突っ伏した。

 

「師父?」

 

「もう嫌だ……」

 

「体調が悪いのか」

 

「心が悪い」

 

「治療が必要か?」

 

「十四歳に戻ってノートを燃やせるなら」

 

「難しい」

 

「分かってる」

 

 先ほど食事をしたおかげで身体はだいぶ楽だった。

 

 腹の奥にはまだ食べられそうな感覚が残っているものの、急激な空腹は収まっている。眩暈も吐き気もなく、むしろ目覚めた直後より身体の調子はいいくらいだった。

 

 精神面を除けば。

 

「でも待って」

 

 刀也は身体を起こした。

 

「十三基あるってことは、実際に誰かが作ったってことだよな?」

 

「そうなります」

 

「俺はそんなの作ってない」

 

「師父が構想したものを、後世の者が現実にした可能性は?」

 

「それが一番怖いんだよ」

 

 極星凍剣術と同じだ。

 

 刀也は技を考えただけ。

 

 それが一億年後には、本当に妖魔を凍らせる武術となっている。

 

 アカシック・オーダーも同様なら。

 

「まさか……組織まで本当に作った奴がいる?」

 

「可能性はある」

 

「嫌だなあ……」

 

 嫌ではある。

 

 だが興味も湧く。

 

 自分が眠った後。

 

 一体何が起きたのか。

 

 誰がノートを手にしたのか。

 

 そして、なぜ空想の設定を現実にしようとしたのか。

 

「ロウエンさん。その観測塔って今も残ってるんですか?」

 

「十三基のうち、現存することが確認されているのは五基。内部へ入れるものは二基のみです」

 

「何か見つかってる?」

 

「多数の古代遺物が。ただし文字の解読はほとんど進んでおりません」

 

「日本語?」

 

「いえ」

 

 刀也は眉を寄せる。

 

「違うの?」

 

「観測塔内部で用いられている文字は、既知の古代文字とも異なります」

 

「…………」

 

 そこは自分の記憶と一致しない。

 

 刀也がノートに設定を書いたのは当然、日本語だ。

 

「もしかして暗号文字?」

 

 思わず口から出る。

 

「暗号文字?」

 

「いや……」

 

 嫌な記憶が蘇った。

 

 作った。

 

 オリジナル文字まで作った。

 

 秘密組織が普通の文字を使っていたら秘密っぽくない。

 

 そんな頭の悪い理由で。

 

「紙と筆ある?」

 

「ございます」

 

 ロウエンがすぐに用意させる。

 

 刀也は筆を受け取った。

 

 筆など学校の書道くらいでしか使ったことはないが、形さえ分かれば十分だ。

 

「確か……こうだった」

 

 紙へ記号を描く。

 

 アルファベットにも漢字にも似ていない。

 

 円。

 

 直線。

 

 三角。

 

 星形。

 

 それらを組み合わせた文字。

 

「これ」

 

 刀也は紙を差し出した。

 

「こんな感じじゃない?」

 

 ロウエンが固まった。

 

「…………」

 

「ロウエンさん?」

 

「少々」

 

 老人が立ち上がる。

 

 普段の落ち着いた足取りとは違い、明らかに急いで部屋を出ていった。

 

「何?」

 

「我にも分からぬ」

 

「ハクアが分からないなら俺はもっと分からない」

 

 しばらくしてロウエンが戻る。

 

 その手には、一枚の古びた拓本らしき紙があった。

 

「こちらを」

 

「…………」

 

 刀也は見る。

 

 観測塔内部の壁面を写し取ったものらしい。

 

 そこに大量の文字が並んでいる。

 

 見覚えがあった。

 

「…………俺のだ」

 

「やはり」

 

「マジかよ」

 

 一億年。

 

 その間に細かな形は変化している。

 

 だが基本構造は同じだった。

 

「これ読めます?」

 

「一部なら」

 

「!」

 

 ロウエンの顔色が変わる。

 

 刀也は拓本を引き寄せた。

 

 文字を追う。

 

「えーっと……」

 

 十四歳当時、自分で作った文字だ。

 

 完全には覚えていない。

 

 それでも見ているうちに、少しずつ記憶が戻ってくる。

 

「『第……七観測……領域』」

 

 ハクアが刀也を見る。

 

「読めるのか」

 

「俺が作った文字だから」

 

「なるほど」

 

「もう驚かないの?」

 

「師父だからな」

 

「便利な言葉にするなよ」

 

 刀也は続きを追う。

 

「『異常……事象……発生時……一般社会への情報流出を禁ず』」

 

「…………」

 

 ロウエンが息を呑む。

 

「続きは?」

 

「待って。久しぶりだから」

 

 何しろ一億年ぶりである。

 

 そう思うと自分でも笑えてくる。

 

「『観測対象……外界由来……生命……』」

 

 途中で読めない文字がある。

 

 だが。

 

 意味は分かる。

 

 分かってしまう。

 

「……これ、本当にアカシック・オーダーの規則だ」

 

「師父が考えたものと同じなのか?」

 

「ほぼ」

 

 刀也は拓本を置いた。

 

「ただ、おかしい」

 

「何がだ」

 

「細かすぎる」

 

 自分が書いた設定ではない文章が大量にある。

 

 刀也は世界観測機構を考えた。

 

 組織の目的。

 

 階級。

 

 紋章。

 

 十三の観測塔。

 

 大まかな規則。

 

 そこまでは作った。

 

 だが。

 

「俺、こんな具体的な運用規則まで書いてない」

 

 誰かが追加した。

 

 それも、本当に組織を運営するための規則として。

 

「つまり」

 

 ハクアが静かに言う。

 

「師父が考えた組織を、後世の何者かが実際に作った」

 

「……たぶん」

 

 認めたくない。

 

 だが、そう考えるのが自然だった。

 

「極星凍剣術も」

 

 刀也は卓上の本を見る。

 

「秘密組織も」

 

 どちらも刀也の空想から始まった。

 

 そして後世で現実になった。

 

「誰だよ」

 

 笑えなくなってきた。

 

「誰が俺のノートをここまで広めたんだ?」

 

 義母。

 

 やはり最初に思い浮かぶ。

 

 刀也をコールドスリープへ入れた人物。

 

 世界的な研究者だった女。

 

 だが。

 

 たとえ義母であっても、一億年先まで影響を残すなど可能なのか。

 

「母さんが何か仕込んだ……?」

 

 考えていると、ハクアが一冊の本を手に取った。

 

「これには、この組織の末路が記されている」

 

「末路?」

 

「アカシック・オーダーという名ではないが、この紋を使った勢力について」

 

「どうなった?」

 

「滅びたとされている」

 

「そっか」

 

 刀也は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 不謹慎かもしれない。

 

 だが一億年後まで自分の秘密結社が活動していると言われるよりはマシだ。

 

「約六千万年前、世界規模の大災厄を境に記録から姿を消した」

 

「六千万年前……」

 

「以降、観測塔も次々と放棄されている」

 

「じゃあ今は存在しない?」

 

「少なくとも同じ名の組織は確認されていない」

 

「よかった……」

 

 刀也は胸を撫で下ろした。

 

「何がだ」

 

「今さら『世界観測機構アカシック・オーダーです』って連中が出てきたら俺、耐えられないから」

 

「なぜ?」

 

「分かってくれ」

 

 本当に勘弁してほしい。

 

 極星凍剣術だけでも十分だ。

 

 十四歳の妄想秘密結社にまで現役で出てこられたら、もう一度吐血する自信がある。

 

 ロウエンも本を閉じた。

 

「今夜はこれ以上調べることをお勧めいたしません」

 

「俺もそう思います」

 

「お身体も完全には戻っておられぬご様子ですので」

 

「ありがとうございます」

 

 刀也自身、身体は元気でも頭が疲れていた。

 

 一日に詰め込まれた情報量が多すぎる。

 

 一億年後。

 

 妖魔。

 

 極星凍剣術。

 

 十至天。

 

 秘密組織。

 

 これ以上何か出てくると処理しきれない。

 

「部屋を用意しております」

 

「助かります」

 

「師父」

 

「ん?」

 

「明日は続きを」

 

「明日は黒歴史以外の話がしたい」

 

「では剣術の修練を」

 

「それも黒歴史なんだって!」

 

 刀也が立ち上がった、そのときだった。

 

 廊下の向こうがにわかに騒がしくなった。

 

 この屋敷に来てから、人が慌てているところを初めて見た。

 

 足音。

 

 何人かが早足で行き交っている。

 

「何だ?」

 

 ハクアの声が低くなる。

 

 間もなく一人の若い使用人が部屋へ入り、片膝をついた。

 

「剣天様」

 

「どうした」

 

「山門に客人が」

 

「誰だ」

 

 使用人は一瞬だけ言葉をためらった。

 

「星環院からの使者にございます」

 

「…………」

 

 ハクアは無反応だった。

 

 ロウエンは眉を寄せる。

 

 刀也だけが首を傾げた。

 

「せいかんいん?」

 

「現在も存在する組織だ」

 

「へえ」

 

 今の刀也にはどうでもいい。

 

 早く寝たい。

 

「何の組織?」

 

「古代遺跡と異常事象の監視、封印、管理を担う中立機関だ」

 

「…………」

 

 刀也の動きが止まった。

 

「今、何て?」

 

「古代遺跡と異常事象を――」

 

「いやそこじゃない」

 

 星環。

 

 嫌な響きだった。

 

「ロウエンさん」

 

「はい」

 

「まさかと思うけど、その星環院って」

 

 聞きたくない。

 

 だが聞かずにはいられない。

 

「紋章あります?」

 

「ございます」

 

「どんな?」

 

 ロウエンが答える。

 

「大円を一条の線が貫き、その周囲を八星が囲む――」

 

「…………」

 

 刀也は天井を見上げた。

 

 一億年後の世界に目覚めて、まだ一日。

 

 それなのに今日は何度、同じことを思っただろう。

 

「滅びてないじゃん……」

 

「師父?」

 

「名前変えて現役じゃん……!」

 

 しかも。

 

 よりにもよって。

 

 その組織の使者が。

 

 今。

 

 この屋敷の門前まで来ている。

 





ここまで読んでいただきありがとうございます。

刀也十四歳作。

世界観測機構《アカシック・オーダー》。

設定上は、

「人知を超えた怪異や異常事象を観測し、一般社会へ知られないよう世界の裏側から処理する秘密組織」

でした。

そして一億年後。

十三の観測塔は実在していました。

しかも「滅亡したからセーフ」と思った直後、どう見ても後継組織らしき『星環院』が登場。

次回、第7話。

現在の世界で異常事象を管理する巨大組織『星環院』。

そして彼らが、なぜこのタイミングで『剣天』ハクアを訪ねてきたのかに入ります。
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