「───────スキだらけ?」
自認の中には全く含まれてなんかない。その、あたしが実はスキだらけなんだという全く予想外の発言に、あたしの頭がただ一瞬でガチリと石みたくに硬直をした。
「はい、シイナさんはスキだらけです。シイナさんは人間的に色んな面で、あんまりにもスキだらけでポヤポヤな人なんです。わたしもフェイトちゃんとかはやてちゃんから、『なのははポヤポヤしててスキだらけな子なんだから、怪しい人には着いてかないよう気を付けて』って過去に何度も言われちゃってますけれど。シイナさんは多分、わたし以上にポヤポヤのポヤポヤでスキだらけな人なんです」
「───────」
いや、なのちゃんてば、ひとつのセリフでポヤポヤポヤポヤあまりにも擬音を多用し過ぎじゃない? 君の事、毎日毎日可愛いな可愛いなって繰り返し思ってはいるけどさ、可愛さが更にブーストして困るんだけど? お姉さんを犯罪者にでもする気かな? ──なんてボケやツッコミの一つすら、喉から外へと出て来ない。
なのちゃんは硬直しているあたしの様子に気付かずに、またポヤポヤを交えながら、自分の意見をすらすらと淀みなく述べている。
あー、てゆうかダメだこれ。ポヤポヤには癒されるけど、それでも全然ダメだこれ。
これはあたしの最大の短所って自覚は一応あるんだし、極力表に出さないようにいつも意識はしてるんだけど。
それでも年に何度かどうしても、腹から湧き上がってくるモノを抑えらんなくなるっつーかなんつーか。
「──だからセツナちゃんも、シイナさんがポヤポヤすぎて可愛いあまり心配なのも突き抜けちゃって。だからこそ、お願いだから男の人相手には、あんまりスキを作らないで。男の人にストーカーをされたりなんてしないよう身だしなみには気を付けてって、口を酸っぱく言い聞かせていたんだとわたしは解釈しましたし大体合ってると思うんですが──」
やがて、あたしを止めてた硬直が、ほんの少しだけ解けてくれた。
いや、これはむしろ、解けてしまったと言うべきかな。震える喉から一文字だけ、解けた分だけぽろりと言葉が一文字分だけまろび出て、
「────────こ」
「こ?」
「こ、こ、このあたしがスキだらけ!? スキだらけでダメなのが、セツナにとって可愛すぎてたまらない!? マジで何言ってんのなのちゃん!? そんなの絶対の絶対に、ルークさんとバルディッシュ君のEXCEEDS一お堅いコンビがきゃいきゃい雑談始めるくらいあり得ないと思うんだけど!?」
「ほらやっぱり怒ったじゃないですかー!『おらそこの侵略種! カタギに手え出してんじゃねえー!』って、一般の方が襲われてるのを止めたみたいに怒ってるじゃないですかあー!」
「ああーまたやっちゃったあ! 怒ったのはごめん! 血の気が多すぎな女でごめん! 謝る! ディバインバスターでもスターライトブレイカーでも全部甘んじて受け入れる! でもこんなん、怒るなっていう方が無理じゃない!?」
「すいません、もう少し具体的に説明を!」
「いや、だってあたし、まだ普通の人間で、猟友会で普通にハンターやっていた時代から、侵略種の気配察知に関してはすっごい定評あったんだよ!? ベテランのおじさん達からも、シイナちゃんがいっしょにいれば生還率が段違いって毎回褒められていたんだよ!? そんなあたしがスキだらけ呼ばわりなんて全然聞き捨てならないし、スキだらけが可愛いなんて言ってる意味が全然ちっとも分かんないー!」
「そういうとこですシイナさん! スキの意味が違います! 案の定っていいますか想定以上になんにも伝わってくれてません!」
「うう〜想定ってなんの想定〜? もうヤだー! セツナもなのちゃんも、一体あたしになに言いたいんだがちっとも理解出来ないよー! あたしみたいなゴリラ女がストーカーが喰らいつくほど可愛いなんて、そんなの絶対あり得ないー!」
──うう、ダメだ。あたしはこれでも魔人であり、調査部隊のエースっていう立場なのに。
なのちゃんとフェイちゃんが、あたしのすぐそばにいる。基地のドアから見渡すとEXCEEDZの隊員の皆さんが。
区民の生活と安心とを取り戻す為、瓦礫の撤去、道路の整備、消毒液の散布。他にも水の確保とかおにぎりとか炊き出しの用意とか、太陽の光に晒されて汗とほこりにまみれながら一生懸命頑張っている。
だってのに、あたしはこうして失態晒して訳わかんない気持ちになっちゃって。
世界を救えるお姉さんとして、しっかりしなくちゃいけない子供達の前なのに。
現場のエースの一人として、隊員さん達の近くでは、強くてブレが一切ない背筋をしゃんと伸ばしている姿こそ、きちんと維持してなくちゃいけないのに。
セツナが何を言いたかったのか、説明されても分からない。
絶対怒らないって言ったのに、年下相手にみっともなく、ぎゃんぎゃん無駄にキレ散らかして。
あたしに欠けている物も、セツナが秘めていた物も、どうしたって分かってあげられそうにない。
そんな自分が、バカで情けなくって薄情で、セツナのお姉ちゃんである事すらも失格だって思えてきて、とうとう心の半分が泣きそうにまでなっていて。
──ああもう、あたしはどれだけ女々しくて、きっと一人じゃ何一つも果たせやしない弱い存在なのだろう。
もう悲しくってたまんなくって、鼻をすすって両眼をゴシゴシこすっていたら──胸元に、ぽすんと柔らかな音を立て、小さくて温かな何かがぴったりと収まってきた。
それは、この眼で姿を見るまでも、名前を呼んで確認するまでもなく──、あたしの年下の先輩こと、なのちゃんの取ってくれた行動だった。
あたしがほんのついさっき、理不尽にキレ散らかして嫌な思いをさせてしまったなのちゃんが、またあたしの懐にまですいっと自然に入って来て、
「だ、大丈夫ですようシイナさん! 大丈夫だから泣かないで! 今は分かんなくたって、シイナさんならきっとその内セツナちゃんの事だって分かるようになりますから!」
懐で、思いっきり背伸びをしてから腕を伸ばし、髪をわしゃわしゃなで回しつつ、あたしの事を一生懸命慰め出してくれていた。
──あちゃあ。あたしってばよりにもよって、怒鳴ってしまった張本人までわたわたさせて、変な気遣わせちゃってるよ。
いけないなあ。自分をネタに周りの人を楽しくさせて、そんであたしもいっしょになってけらけら笑って楽しくなる。
それが今日の、仲間同士で幸せでいっぱいになれている、あたしらしいあたしとしてのキャラの在り方だったのに。
ごめんねなのちゃん。それからセツナ。
すぐに心を立て直して、しーちゃんらしいしーちゃんにちゃんと立ち戻らないといけないね。
──という訳で、なるべく快活な笑顔を作り、再度口を開いてはみたんだけれど、
「──あはは。なのちゃん、そんな訳ないよ。あたしってばこの通り、セツナどころか自分の事も全然なんにも分かってないし、お外で涙ぐんでる泣き虫だし。その上に、なのちゃん相手に怒らないって言った傍からぎゃあぎゃあ怒り散らかして、挙句の果てには怒鳴り散らした張本人に慰めてすらもらってる、どうしようもなく器の小さいおバカなお姉さんだしさ──」
──ってああ、ダメだこれ。久方ぶりのコミュニケーション大失敗だ。普段、意識もせずにごく自然にやってる事を、意識してやった途端ボロッボロになっちゃう典型だ。
頑張って自虐ネタをしてみたけれど、いじりどころや笑いどころが何処にもない。あたしってば、単に重くて面倒くさくてあんまりお近付きになりたくない、病んだ女になっちゃってるよ。
恥ずかしすぎて滑稽すぎて、顔を両手で隠したい。靴底から炎を噴射して、誰もいない高高度まで一足飛びに飛んでって、マイナス感情全部を叫びとばしてしまいたい。
──とばしてしまいたいのだけれども、
「シイナさ〜ん! ごめんなさい、わたしの方が悪かったですう〜! そんなに真面目に取られるなんて思ってもみなかったんですよお〜!」
だけれども、例え過大評価であってでも、なのちゃんからの慰めが。
ちょっぴり乱雑ではあってでも、一生懸命なでてくれている小さな手の平の感触が、本格的に泣きそうになるくらいありがたくって気持ちがいい。
思えばあたし、島を出てから二ヶ月間、実質的に引きこもり同然だった訳なんだし。こういう温かみのあるコミュに、思った以上に飢えていたのかもしんないな。
なら、今だけは、自分らしさだとかプライドだとか余計な物は捨て去って。
少しの時間だけ膝を折り、なのちゃんにしなだれかかって体を預け、本格的に癒させてもらうという選択もなかなか悪いものじゃあないのかも。
そんな事さえ思っていたら、
「だーかーらー、シイナさんはそんなに自虐的に笑うほどダメな人じゃありませんって! それならわたしだって、四年前に時空管理きょ──じゃなかった。魔導士になって、国連で働くようになるまでは、世の中の事なんてなんにも分かってなかったし! リンディさんに許可取らないで勝手な暴走しでかして、ほんの一歩間違えてたら次元が連鎖的に壊されて──じゃなくって、上司の首が十か二十、連鎖的にすぱすぱ飛んでっちゃいかねない前代未聞の大事件を起こしかけて、こっぴどく叱られた事だってありますし!」
こっちが何も尋ねてないにも関わらず、なのちゃんに秘められたトンデモ事故を告白されてしまってた。
「────あ、ええと、そうなの? なのちゃんくらい真面目によく頑張ってる子でも、昔はあれこれダメだったりやらかしちゃったりしてたんだ?」
気のせいか、時空を管理するだとか次元が連鎖的に壊れるだとか、ハードSF的用語が飛び出していた気もするけれど──あたしは背伸びしたなのちゃんから、未だにごしごし髪をなで続けられたまま、口をぽかんと開ける以外なんのリアクションも取れなかった。
──そう。この子はちょっとばっかり天然で、変な場面で変な遊び心が顔を出す困った悪癖こそあるけれど、基本的には上の命に忠実で仕事に真摯な優等生。
親友フェイちゃんをお手本に、早く立派な大人になりたいと毎日仕事を頑張っていて。
明るく素直で努力家で、見ていてあれこれ手助けしちゃいたくなってくる、特別なようでいて何処にだってありふれている可愛い可愛い十三歳のごく普通の女の子。
そんな子が、ちょっと昔に独断専行の暴走なんて、頭に血の昇ったあたしでもさすがに実行出来なさそうなスーパーやんちゃをやらかしてたの?
言葉だけじゃ、ちょっとすぐには信じらんないんだけど、
「そうですよう! わたし、これでも昔はすっごいやんちゃな子だったんですよ!? その他にも、心が迷ったままで中途半端に戦って普通に負けちゃったりもしましたし、友達のアリサちゃんに隠し事をし続けてたらプンスカに怒らせちゃって友情が壊れかけたりもしましたし! あらゆる面でやらかしまくりで大人に迷惑かけっぱなしのダメな子供の代表格的存在でしたから!」
なのちゃんてば、腰に手を当て胸をえへんとふんぞらせ、自信満々のドヤ顔で一気呵成に言うもんだから。
なんか、勢いでゴリ押されちゃっただけな気も決してしないでもないけれど、
「う、うん、そうなんだ。すごいね…?」って納得せざるを得なくなってしまってた。
そして、あたしよりも頭一つ分は背のちっちゃい。
だけど、社会で働く人間として、あたしよりもずっと色々積み上げて来てるんだろうなのちゃんは、あたしを見上げてにこっと良い笑顔を浮かべると、
「ふふふ、そうでしょう? すごいでしょう? ──けどですね、シイナさん。はやてちゃんとかフェイトちゃんと比べたらわたしはあれこれダメですけども、それでも一生懸命働いてれば色んな事を知れてきて、国連組織の一員としてどうにかやれるようになったのです!」
「──うん、そうだね。あたしはまだまだペーペーだから当てになんないかもだけど。なのちゃんは、駆除も救助も作戦の立案とかも、どれもよく頑張ってるしすっごくよくやれてるとあたしだって思ってる」
──そうだね。なんとなくだけれども、おバカなあたしでも分かってきたよ。
つまり今、なのちゃんがあたしにしてくれている事は、あたしがさっきフェイちゃんにしたげた事と同じなんだ。
「嬉しいです! ありがとうございます! ですからね、このわたしが保証します。シイナさんもわたしと同じ! わたしと同じで絶対間違いなく大丈夫! ここでいっしょにお仕事を頑張って、いっしょに色んな経験を積んでけば、セツナちゃんが急に怒った意味だって必ず分かるようになりますから!」
なのちゃんは、あたしの両手を両手で握り、元気に上下に振りながら笑顔で励ましてきてくれている。
自分が過去にやらかした数多くの失敗に、機械好きな子らしっく壮大なSFネタを絡ませて。
面白可笑しく笑えるように自分なりにアレンジをして、あっけらかんな顔を見せあたしに披露してくれている。
──そう。今日はめちゃくちゃ珍しく、何事にもそつというものがない万能天才フェイちゃんが、マジでほんとに珍しく愛剣バルディッシュ君を装備するのを忘れてきてた。
現場に着くのが危うく手遅れになりかけて、汚名返上しなくちゃと気合を入れて戦って侵略種を駆除し終えたその後も、あの子は顔が上げられずずい分あからさまに落ち込んでいた。
そんな、真面目で頑張り屋さんなフェイちゃんを、どうにか立ち直らせてあげたいとあたしが実行した事を──なのちゃんが今、そっくりそのまま真似をしてあたし自身へ返してきてる。
「──ですからね、セツナちゃんのお心遣いに添えるよう、今は分からないままでいいですから、まずは身だしなみをきちんとするところから始めましょう! お部屋に誰かをお迎えする時だとか、寮内であってでもお外に出向かれる時とかは、薄着すぎないきちんとした洋服に、着替えておくところから始めたらいいんです!」
──年下の子が、自分なりのやり方をきちんと見ていて理解して。
こんな不甲斐ないあたしの為に、自分の頭で考えて、応用をして実行してみせてくれている。
すぐ懐には、あたしを真っ直ぐに見上げてきてる、なのちゃんの朗らかで優しい笑顔。嘘を嘘だと感じさせない、人の幸福への誠実さ。
──全くもう。このあたしとした事が、らしくもない顔ばっかりだ。
嬉しさと微笑ましさで、顔がだらりと緩んじゃってるのがよく分かる。気恥ずかしさと照れ臭さとで、顔が真っ赤に染まってて涙すらもが浮かんでる。
なのちゃんにもフェイちゃんにも、周りで撤去を頑張っている隊員の皆さんらにも。
自分でもどうなってるのか分かんない変な顔を見られたりしたくなく、あたしは空を見上げる以外取るべき術が何もない。
見上げた雲があまりにも高かった。街の復興に向け働いている人々の、懸命で逞しい声が胸に響く。野鳥の群れがゆっくりと横切っていき、稜線の彼方まですぐに消え去る事だろう遠い姿を目に収める。
──その数瞬で、どうにかこうにか浮かんだ涙は収まった。火照った顔の熱も冷め、しゃがみ込んでなのちゃんとの目線を合わせ、
「──ありがとうね、なのちゃん。なのちゃんの言う通り、セツナの事をちゃんと分かってあげられるまで、ここでいっぱい働いて色々経験を積んでくよ」
「是非! シイナさんにいてもらえれば、EXCEEDZの皆さんもとってもとっても助かります!」
いつもの久瀬シイナというキャラらしい、陽気でスキンシップが大好きな離島のお姉さんのノリのまま、年下の先輩を抱きしめた。
「じゃあさ、なのちゃん。あたし今日から楽すぎる私服はやめるから。金輪際やめるから。もし着てるのを見かけたら、今度こそ罰としてスターライトブレイカー撃ち込んでもらってもいいかなあ?」
「了解しましたシイナさん! 高町なのは、シイナさんの楽すぎな私服を見かけたら、今度こそスターライトブレイカーを問答無用で撃ち込みます!」
「おっけ! じゃあ改めてもう一回、指切りげんまんしとこっか!」
「はい、喜んで! では、わたしの小指とシイナさんの小指を重ねまして〜」
「「指切りげんまん嘘ついたらスターライトブレイカー受ーけます! 指切った!」」
──こうしてあたし久瀬シイナは、EXCEEDZに勤めてよりはや一月半が過ぎ。
時に泣いたり、自分の未熟を悔やんだりしながらも、優しい人との良縁に恵まれて『自分らしい生き方と自分らしい幸せ』を探せながら生きている。
あ、ちなみにフェイちゃんなんだけど、途中からあんまりにも笑いすぎて、あたしとなのちゃんがなに話してたかは全然聞いちゃいなかったとか。
この子もね、万事においてそつのない完璧超人だと思ってたけどさ。段々と、あたしやなのちゃんばりのポンコツを隠しきれなくなってきたな…。