それから、少し時間が経った。
深海棲艦との戦いが終わったわけではない。
今日もどこかの海では戦闘が起きているし、この辺りにも時々敵は現れる。私たちは変わらず海へ出て、必要なら軍と協力する。町の船に危険がありそうなら早めに知らせて、何もなければいつも通り漁へ出てもらう。
そんな日々が続いていた。
「司令官さん、今日の分なのです」
「ありがとう」
電から食料の記録を受け取る。
「多摩さん、こっちもお願いします!」
「はいはい」
五月雨からは昨日の哨戒記録。
「燃料は問題ねえぞ」
「天龍ちゃん、弾薬の方も言わないと~」
「あ、そうだった」
「忘れてるじゃん」
「今言おうとしてただろ!」
資材の報告は天龍と龍田。
その横では鳳翔さんが、軍から届いた書類を整理している。
「多摩さん、こちらは今日中にお願いいたします」
「今日中?」
「今日中です」
「明日じゃ駄目?」
「駄目です」
「ですよね」
逃げられない。
以前と比べれば、私が一人でやることはずっと減った。
記録も、食料も、資材も、それぞれが見てくれている。私がやるのは報告を受けて、最後に確認することくらいだ。
その代わり。
「……何で書類は減らないんだろ」
「正式な鎮守府ですから」
「正式にならない方が楽だったかなぁ」
「給料なくなるぞ」
「それは困る」
「現金だな、お前」
「大事だよ?」
天龍が呆れたように笑った。
そんな話をしていると、通信機が鳴る。
「はい」
『こちら軍司令部。定時連絡です』
「どうぞ」
『周辺海域、現在大きな反応は確認されていません。明日の哨戒については通常通りお願いします』
「了解です。こっちも今のところ異常なしです」
『それと、来週の合同哨戒についてですが――』
そのまま予定を確認する。
特別な話ではない。
軍から連絡が来て、普通に話をして、必要なことだけ確認する。
「了解しました。じゃあ、また」
『はい。よろしくお願いします』
通信を切ると、電がこちらを見る。
「何だったのです?」
「来週の合同哨戒。予定通りだって」
「分かったのです」
それだけ聞くと、電は自分の仕事へ戻っていった。
誰も身構えない。
軍から連絡が来ることも、軍と一緒に海へ出ることも、今ではもう特別なことではなくなっていた。
午後。
町へ買い出しに出る。
「今日は何買うんだっけ」
「多摩さん、それを確認してから出てください!」
五月雨が慌てて紙を見る。
「冗談だよ」
「本当ですか?」
「半分くらい」
「半分は本気なのです?」
電まで心配そうな顔をする。
「ちゃんと覚えてるって。調味料と日用品、それから鳳翔さんに頼まれたもの」
「何を頼まれたんです?」
「……」
「多摩さん?」
「紙見ていい?」
「やっぱり忘れてるじゃないですか!」
五月雨に怒られた。
町へ入っても、もう私たちを珍しそうに見る人はほとんどいない。
店に入れば普通に挨拶をされて、必要なものを買って、お金を払う。
時々。
「今日は海、大丈夫か?」
そう聞かれることがある。
「今のところ大丈夫ですよ」
そう答える。
それだけだ。
軍から何か連絡があれば町へ伝えるし、こちらで異変に気付けば軍へ知らせる。
町の人たちも、以前のように軍というだけで顔を曇らせることは少なくなった。
完全になくなったわけではない。
それでいいと思う。
今までのことまで、急になかったことにはならない。
少しずつ話して。
少しずつ見て。
それから決めればいい。
「たまちゃん!」
「ん?」
振り返ると、楓が走ってきた。
「今日も買い物?」
「うん」
「今度いつ海行くの?」
「明日」
「敵いる?」
「それは行ってみないと分かんないかな」
「そっか」
楓は少し考えてから、普通に頷いた。
「でも、危なかったら教えてね」
「もちろん」
「じゃあ大丈夫」
それだけ言って笑う。
最初の頃なら、こんなやり取りもしなかった。
私たちが海へ出る。
町の人たちは陸で暮らす。
軍もいる。
何かあった時は知らせ合う。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
港を通ると、桂梧さんが船のそばにいた。
「嬢ちゃん」
「こんにちは」
「明日出るのか?」
「はい。いつもの哨戒です」
「そうか。何かあったら頼む」
「はい」
それだけだった。
少し前なら、軍のことや電たちのことを色々聞かれていた。
今は必要なことだけ話して終わる。
「じゃあ、また」
「ああ。またな」
普通の挨拶をして、港を離れた。
鎮守府へ戻る頃には、日が傾き始めていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
鳳翔さんが出迎えてくれる。
「買ってきました!」
五月雨が荷物を見せる。
「ありがとうございます」
「ちゃんと全部あったのです」
「私も覚えてたんだけど」
「途中で紙見てたじゃないですか」
「確認しただけ」
「同じなのです」
「違うよ」
多分。
妖精さんたちも寄ってきて、荷物を運ぶのを手伝ってくれる。
天龍と龍田も資材置き場から戻ってきた。
夕食になれば六人で食べて、食べ終われば明日の予定を確認する。
それが終われば、それぞれ好きなことをして過ごす。
特別なことは何もない。
いつもの一日だった。
夜。
少しだけ外へ出た。
海を見る。
暗い海の向こうには町の灯りが見える。後ろを振り返れば鎮守府にも明かりがついていて、中から誰かの話し声が聞こえてくる。
何となく。
最初の日のことを思い出した。
この世界で最初に見たのも、海だった。
目を開けたら知らない場所にいて、どうして北海道にいるのかも分からなくて、自分がどうなっているのかさえ分からなかった。
あの時。
海を見た私は、理由も分からないまま泣いていた。
どうしてあんなに悲しかったのか。
今でも分からない。
ただ、しばらくして。
何か温かいものに包まれたような気がして。
不思議なくらい、心が落ち着いた。
その理由も。
やっぱり分からないままだ。
それとは別に、あの戦いで聞いた声のことも思い出す。
『しょうがないにゃぁ……』
あれ以来、一度も聞こえていない。
聞き間違えたとは思わない。
何度も聞いた、多摩の声だった。
どうしてあの時だけ聞こえたのか。
どうして、その後あれほど身体が動いたのか。
結局、答えは出ていない。
これから先も、分からないままなのかもしれない。
それでも。
嫌な感じはしなかった。
むしろ、どこか懐かしかった。
もしかしたら。
今ここにいるのは、私だけじゃないのかもしれない。
もちろん、本当にそうなのかは分からない。
この身体のどこかに、もう一人の多摩がいるなんて確かめようもないし、そう思いたいだけなのかもしれない。
でも。
私がこの身体で生きていて。
あの多摩も、一緒に生きている。
そんなふうに思うのは。
悪くない気がした。
願望かもしれないけれど。
それでも。
そうであってほしい。
「……ありがとう」
何となく、小さく言ってみる。
返事はない。
海も、いつも通り静かだった。
「司令官さん?」
「わっ」
後ろから声がして振り向く。
電だった。
「何してるの?」
「司令官さんがいないから探しに来たのです」
「あ、ごめん」
「また一人で考え事なのです?」
「ちょっとだけ」
「そうなのです」
電が隣へ来る。
二人でしばらく海を眺めた。
「明日も哨戒なのです」
「うん」
「何もいないといいのです」
「そうだね」
敵がいなければ、普通に帰ってくる。
敵がいたら戦う。
数が多ければ軍を呼ぶ。
軍が困っていたら、今度はこちらが行く。
そして、終わったら帰ってくる。
それでいい。
「司令官さん、そろそろ戻るのです」
「うん」
鎮守府の方を見る。
灯りがついている。
中には皆がいる。
私の帰る場所だ。
最初は何も分からなかった。
自分が多摩になっていることも。
深海棲艦が本当にいることも。
提督になることも。
こんな鎮守府を作ることも。
何一つ、想像していなかった。
それでも。
ここまで来た。
「行こうか」
「はいなのです」
電と一緒に鎮守府へ戻る。
「多摩ー! どこ行ってたんだ!」
中から天龍の声が飛んできた。
「ちょっと外!」
「鳳翔さんが探してるぞ!」
「え?」
入口を見る。
鳳翔さんが笑顔で立っている。
その手には。
書類。
「あ」
「多摩さん」
「はい」
「今日中、と申し上げましたよね?」
「……言ってました」
「まだ終わっていません」
「明日じゃ」
「駄目です」
「ですよね」
五月雨が笑っている。
龍田も。
電まで。
「笑わないでよ」
「司令官さんらしいのです」
「どういう意味?」
「そのままなのです」
「分かんないんだけど」
仕方なく机へ向かう。
戦いは、まだ終わっていない。
明日もきっと忙しい。
提督として考えることもある。
艦娘として海へ出ることもある。
その両方を続けていくのは。
やっぱり。
「兼任提督って、楽じゃないなぁ」
「今更かよ!」
天龍の声に皆が笑った。
私も。
今度は、笑った。
これにて完結とさせていただきます。
思えば最初の話を投稿してから・・・え!?11年!?
・・・完結させたいとは思いつつも時間が取れなかったり自身の文章力が足りなかったりと大分かけていませんでしたね
未熟な私ですが発想、構想は出来上がっていたのでそれを実現させてくれたAI君には感謝の極みです
また何かしらを書くとしてもきっとAI君に協力はしてもらうと思いますが、楽しんでここまで読んでいただけていたら幸いです
それでは皆さん、何かをうちが投稿しない限りはうちもまた読み専感想とかを書かない読者に戻ることになります
それでは!