油断していたつもりは無かった……
緑谷少年によって、
それでも、死柄木はじめ、
それでも……ようやく、
勝手に肩の荷が下りた気になって、後は次代に託すだけ。そんなふうに浮ついてしまっていた。不本意に引退することになったのは、そんな気の緩みの結果だ。
緑谷少年が日本を去ってから一ヶ月ほど後、ヒーロー公安委員会から連絡があった。
禪院家の壊滅。
何百年も続き、今でも様々な方面に顔の効く権力を持つ由緒正しき家系。だがその裏では、国からの密命を受けて、敵の討伐から要人暗殺までを請け負う秘密戦闘部隊。
そんな話は私も知っていた。それでも禪院家自体は誰もが知る形で実在しているし、よくある陰謀論か都市伝説の一つだろう。大勢が考えているように、私もそう考えていた。
だがそんな
そんな集団である禪院家には、下手なヒーローなど及ばぬ実力者たちも大勢いた。AFOとは過去に因縁があった様子の、禪院家当主、
そんな禪院家が、一夜にして壊滅させられた。
理由は、一人の敵の襲撃によるもの。
彼らが拠点としていた家屋敷は倒壊。重軽傷者はもちろん、死者も大勢出すことになった。
これまで、国の――公安の依頼を受けては、強敵もいただろう敵たちを大勢倒してきたはずの、禪院家がだ。
状況から見て不意打ちに近かったのだろうが、それでも彼らが全員で掛かっても敵わなかった、そんな強敵が……
それを聞かされ、公安から依頼された時、当然警戒はしていた……いいや、警戒した気になって、その実、気は緩んでしまっていたんだ。いくら強敵とは言っても、所詮は、AFOよりは弱い存在だろうと。ヤツを倒してから五年間、そんな敵ばかりだったのだから。
だから、その敵が現れたという、神野区の決戦跡地でヤツに出会った時は、面食らい、動揺させられた。
「誰なんだ、貴様は……!」
「誰……この顔を忘れたか? 僕さ。オール・フォー・ワンさ」
確かに、姿と言い、声と言い、使ってきた攻撃と言い、目のお前にいるのは、私が長年戦い続けてきた
だが、それでも――
「それでも、私の中の魂が! 貴様は違うと言っている!! 貴様は一体何者だ!!?」
「キッショイのぉ……なんで分かるんじゃよ?」
AFOは、頭の
そこには、前頭葉の部分に白い歯が光る、異様な脳が納まっていた。
「そういう『個性』でな? 脳を入れ替え肉体を転々とすることができる。お前さん、AFOの遺体の引き取りに立ち会わんかったじゃろう? おかげで楽にこの肉体を回収できたわ」
「……ッ」
「入れ替えた肉体に備わった個性も使うことができる。AFO本人の個性は元より、彼が奪ってきた個性の全てもな。まぁ、さすがに本人のようにはいかんから、訓練に時間は要したが……それも兼ねて、お前さんに会いに来てよかったわい。おかげで、お前さんの
周りには、雄英に現れたのと同じ、黒い脳無が大量に倒れている。
加えて、喋っているヤツも、元通りになっていたはずの右腕が、
もっとも……
私も、それら全てを倒すために、残された力の全てを出し切ることになってしまった。
もはや、マッスルフォームを維持することさえ難しい……
「禪院家を襲った時も、念のために脳無は使わず取っておいて正解じゃったわ。禪院家とオールマイト、この国で怖いのはこの二つだけじゃからな。ここでお前さんを倒してしまえればそれがベストじゃったが……まあ、もはや死に体も同じ。惨めな姿も世間に晒すことができた。AFOも満足じゃろう。儂はこのまま帰って、この肉体の回復に努めるとしよう」
「……フフ」
すでに勝った気でいる……いいや、実際、ヤツにとっての勝利条件は達成できているんだろう。
そう、私は敗北した。今は、敗北した。だが――
「死柄木という後継者に加えて、お前のような
「緑谷出久か? 生憎じゃが、儂はあのガキには前ほどの魅力は感じていない」
そう言い切るソイツの口調は、言った通り、心底興味が無さそうだった。
「無条件の個性
「緑谷出久は、お前さんにはなれない。当然、お前さんの後継者とやらもな……」
ヤツの口ぶりからして、どうやら真希少女のことは知らないようだ。
とは言え、ヤツはラグドールから『サーチ』を奪っている。緑谷少年が取り戻したとは言え、こいつなら複製しているとしても不思議じゃない。知れるのは時間の問題と考えるべきだろう。
だがそれでも猶予はある。あれだけ傷ついたんだ。そうでなくとも、生前からかなり無理をしている状態にあった。マトモに戦えるよう回復するまで、時間が掛かるはずだ。
「……おっと? ヒーローどもも集まってきたか? では、お別れの時間じゃ。さらば――」
「オールマイトォォオオオオオオオオ!!!」
そこに、No.2ヒーロー、エンデヴァーが、『ヘルフレイム』を噴出させながら飛んできた。
だが彼の炎がぶつかる前に、ヤツは姿を消してしまった。
「オールマイト……なんだ、その情けない姿はぁぁああああああああ!!?」
……
…………
………………
それからは忙しかった。
リカバリーガールの『治癒』を受けながらの入院生活を終えた後は、引退を知らせるための記者会見や、各関係機関への挨拶周り。
仕事の引継ぎに必要書類の用意諸々……
もっとも、そんな忙しさは問題じゃない。私自身、ヒーローとして書類仕事にも慣れたものだったからな。
大切なのは、今後の雄英のこと。そして、真希少女のこと。
私は、かつて彼女に訓練を施した海浜公園に真希少女を呼び出し、力を使い果たし、もはや戦えない状態なことを告げた。
今後は、君の育成に力を注ぐとも……
その後の彼女は、期待通り……いやむしろ、期待以上にがんばってくれていたと思う。
夏休み中の仮免試験に合格した後も、訓練に励み、授業にも積極的に取り組み、私でさえ思いつかなかった新技を開発した。
ヒーローインターンでは、私の元
引き換えに、彼とは永遠に会えなくなってしまったが……
そうしてメキメキ力をつけて、B組でも頼られる存在になっていった。
A組、B組の合同戦闘訓練では、彼女がほとんど一人でA組生徒を圧倒し、勝利していた。
もっとも、途中で彼女の身から黒いエネルギーが発生し、危うく訓練は中止になりかけたが……
それが後に、5代目継承者の個性『黒鞭』と判明し、その修得も成した。
クリスマスを終えた後は、爆豪少年、轟少年の二人と共に、新たにNo.1ヒーローとなったエンデヴァーヒーロー事務所でのインターン。そこでも二人と競いつつ、経験と、力をつけていった。
この一年で、元々強かった少女は、実に頼もしく成長してくれて……
その実どこか、焦っているというか……しかし投げやりで、冷めてさえいる。そんな矛盾を彼女の姿からは感じられた。
努力をしているというより、無理やり体を動かして、義務と責務を果たそうとしている。
全力は尽くしているが、気持ちが前を向いていない……
ひたむきのようでいて、心はどこか浮ついている……
真面目で誠実ではあるが、それを形成する中身が見えない……
それだけ見えていたと言うのに、私は彼女が懐いてしまった虚無感に、気づくことができなかった。
彼女に力を継承する上での約束――彼女の家庭事情は詮索しない。元よりプライベートに干渉する気などなかったが、それがアダになった。
彼女がヒーローを目指した理由……
それは、単純なヒーローへの憧れも理由の一つだったろうが、それ以上の彼女の悲願が、『禪院家の頭首になる』こと。
禪院家が滅び、私にもその存在が知られた結果、隠す意味が無くなったということで、初めてそのことを明かされた。
生まれてから今日まで、『無個性』であったことをバカにされ、笑われてきた。家でも学校でも社会でも。
その悔しさから、彼女は力を追い求め、やがて、雄英高校でヒーローを目指し、私のようなヒーローとなり、禪院家の頭首となる。そうして、自分のことをバカにしてきた者たちを見返す。それがヒーローを目指した動機だったのだと。
健全とは言い難かった。むしろ、ヒーローを目指す動機としては不純。それこそ、金儲けや名声のためだという方がまだ頷ける。
実家への、社会への、そして他でもない、力を持たず生まれてしまった弱い自身への怒り……
そんな怒りの矛先を、彼女は失ってしまった。
怒りをぶつける、復讐の対象がハッキリ見えていたからこそ、彼女はそこへ向かって突き進むことができていた。歪んだ感情による歪んだ指針だとしても、彼女が目指すべき道程が出来上がっていた。
その道程が、一夜にして消えてしまった。
矛先を失った怒りは行き場を失い、
そして、そんな行き場のない怒りは本来、私が鎮め、包み込む必要があった。私が戦えていた間はそれができていた。No.1ヒーロー、平和の象徴、そんな強いオールマイトに見られている。認められている。そんな安心を与えることができていたろう。
それが現実は、力を使い果たし、戦えない身体となり、できることは見守り導くことだけ。
だったら後は、行き場のないそれらの感情に流されるまま、義務を果たし、責務を果たし、ひたすら強くなることを目指す。
もはや彼女には、それしか残されていないから……
だから、全面戦争の後で、彼女が『夢の部屋』で、OFAの歴代たちに向かって言ったことにも納得できた。
「多分、私は勝てねぇだろうな。死柄木にはよぉ」
死柄木
「力がどうこう、個性の強さがどうこうの問題じゃねぇ……アイツの壊したいって願望には中身が無ぇ。理由も無ぇ。何かしら原点はあったんだろうが、そんな中身の無ぇ願望を積み上げて練り上げて、あれだけの存在になりやがった。中身が無くなった後は、流されながら何となく強くなろうとしてた私とは違う……気持ちの問題だ。中身が無い者同士、後は願いの純度の問題だ。気持ちや願いの純度で、私はアイツに、圧倒的に負けてんだ」
諦観と開き直り……
自分で自分を、嘲笑していた。
「それになぁ……最後の最後、死柄木がAFOに
「……」「……」「……」
「……」「……」「……」
「もっとも、やることは変わらねぇ。気持ちや願いで負けてんなら、そんなもん及びもしねぇ『力の強さ』で勝ちにいきゃあいい。そのための下積みはしてきたつもりだ。オールマイトも……出久もいねぇ以上、私にしかできねぇ義務だ」
「いいぜ。私が殺してやるよ。死柄木弔を」
その言葉が本意ではないことは、私だけでなく、歴代の全員が気づいていたと思う。
『力』以外の全てを失くし、しかし戦わなければ自身を示せないから、本心ではすでに勝てないと悟り、そして、死柄木に同情の気持ちが向いている自分を無理やり奮い立たせるために、非情に徹し、気丈に振る舞っている。
それができる彼女は、間違いなく強い娘だった。だが彼女自身は、自分の強さを認められない。自分の強さを認めることは、時に自分の弱さを受け入れるより難しい。彼女ほど、幼いころからコンプレックスに苛まれてきた人間ならなお更……
いつ緊張の糸が切れ、崩れ、壊れてしまってもおかしくない、そんな危うさがあった。だから私は、彼女が雄英を去った後、彼女を見守りサポートすると誓った。
私が見張らなければ。彼女を支えなければ。戦いの中にしか、自身の存在意義を見出せない、そんな彼女を見守らなければ……
なのに、日々の戦いで疲弊していくばかりの彼女に対して、また私は、本当に必要な言葉を送ることができなかった。
もういいんだ。かんばらなくていいんだ。休んでいいんだ。誰かを頼ったっていいんだ。
それを言えないまま、彼女は私を振り切って、戦いに身を投じた。
人を救けるために。敵を倒すために。死柄木にたどり着くために。
なにより、彼女自身が生きるために……
そんな彼女を受け止めて、彼女が頼ることができる唯一の存在。
そしてその彼は、他のヒーロー科生徒たちにもできなかった、彼女の説得を果たすことができた。
誰かに頼りたい、逃げたい、たすけてほしい……
力と責任、虚無感から来る生き急ぎから口に出せなかった彼女の本心を、彼は引き出し、受け止めた……
そうして彼女を雄英に連れ帰り、彼女を受け入れまいとする避難民たちさえ静めてみせた緑谷少年の姿を見て……
私はどうだ?
彼女の気持ちは分かっているつもりでいた。自分のためか、他人のためか、そんな違いこそあったが、私も『何か』せずにはいられないタチだったから。理不尽に奪い、奪われる日常が許せなくて、走り続けていた。
その
大切な弟子の虚無感と不安定さに気づいていながら、見守ることしかできず、休めの一言さえ掛けられず。
弟子が辛い時に何もしてやれない、もはや足手まといな存在。
「なんなんだろうな……私だけが、ヒーローから遠ざかっている」
そう、たまたま出会ったダツゴク、ヒーロー殺し ステインに話した時。
彼は私の肩を組み、身を隠した。
彼の視線の先……
落書きに汚れたオールマイトの像に上る、女性の姿があった。
聞けば、彼女は毎日ここに来て、銅像を掃除し綺麗にして帰るという。わざわざ不要な危険を冒す彼女は、私が最後に助けた女性だという……
ステインは言った。
お前ごときがオールマイトを量るなと。
これは『結果』ではなく『過程』、オールマイトの残した火を、我々が絶やしてはならない。紡いでいかねばならないと……
その後で言いたいことを言い終えた後は、ナイフに刺さった手紙を渡してきた。
刺さったナイフの柄には、記録媒体が入っていた。
それらの情報を警察・ヒーローたちと共有した後は雄英の寮へ行き、休んでいた真希少女のもとへ行き謝った。
そして、決戦が近いということも伝えた……
そんな私に向かって、真希少女は言った。
今度は、
緑谷少年を、そして、彼以外にも多くの
自分のために走り、自分のために生きる。少女の根本は変わらないだろう。その目指す先の途中に助けるべき人々、守るべき平和があり、そして、それを共にできる仲間たちがいる。
ステインの言った通りだ。
ならば、私も見届けなければならない。その火がどこに征くのか。
もはや現役ではないと、私自身が決めつけていたが……
地を這ってでも戦うぞ。
私もまた、この少年少女たちに、追いついてみせる――
この回でお時間もらいます。
本編開始時点からお分かりの通り、前作よりもだいぶ短くなる予定です