『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
その日の午後。
レオニダスは、妙な違和感を覚えていた。
「……なあ、レオナ」
「なに?」
「今日って、何曜日だっけ?」
「え?」
レオナが首を傾げる。
「木曜日じゃない?」
「……そうだよな」
レオニダスは頭を掻いた。
「なんか、昨日と今日の境目が変な感じがする」
「昨日は昨日でしょ」
「分かってるんだけどさ」
レオナは兄の顔を見る。
「また、あの時計のせい?」
「……たぶん」
その言葉を聞いた瞬間。
レオナの表情が真剣になった。
「じゃあ、今日も一緒にいる」
「え?」
「離れない」
レオニダスが笑う。
「それ、いつもじゃん」
「今日は特に」
「分かった」
二人は並んで歩き出した。
しかし。
廊下の角を曲がったところで、ローズが走ってきた。
「二人とも!」
「ローズ?」
「探してたの!」
ローズは息を整えながら言った。
「アルバスとスコーピウスも一緒。すぐ来て」
「何かあった?」
「名前」
「名前?」
ローズは頷く。
「昨日、私たちが調べていた記録の一部が――消えた」
レオニダスの表情が変わった。
「消えたって?」
「本そのものじゃない」
ローズが答える。
「文章は残ってる。でも、そこに書かれていた人の名前だけが消えてる」
レオナが眉を寄せる。
「誰の名前?」
「昨日の『R』に関係する人」
五人は顔を見合わせた。
すぐに図書館へ向かった。
そこには、アルバスとスコーピウスが待っていた。
「見て」
アルバスが机の上に一冊の本を置く。
ページには、昨日と同じ記録がある。
『時間魔法による歴史改変未遂』
『実行者――不明』
『対象――継承者二名』
だが。
その下にあったはずの文章が変わっていた。
『記録保管者――』
そこから先だけが、白紙になっている。
「昨日は名前があったんだよね?」
レオニダスが聞く。
「うん」
ローズが答える。
「私が見たときには、ちゃんと名前があった」
「覚えてる?」
「……」
ローズは眉を寄せる。
「覚えてるはずなのに……」
「どうした?」
「思い出せない」
全員が黙った。
ローズは額に手を当てる。
「おかしい……。昨日まで読めていたのに」
「じゃあ、名前そのものが消された?」
スコーピウスが言う。
「記録からだけじゃない」
アルバスがページを見る。
「僕たちの記憶からも」
レオナが息を呑む。
「そんなこと……できるの?」
「時間魔法なら、可能性はある」
ローズが答えた。
「昨日の先生が言ってた。記憶そのものが変わることもあるって」
レオニダスは拳を握る。
「じゃあ、次は俺たちの番かもしれない」
「だから――」
ローズが言いかけた。
その瞬間。
「レオニダス?」
背後から声がした。
振り返る。
そこには、一人のグリフィンドール生が立っていた。
「……誰?」
レオニダスが尋ねる。
相手はきょとんとした。
「え?」
「俺のこと、知ってる?」
「もちろん知ってるよ」
「じゃあ、名前は?」
生徒は答えようとした。
しかし。
「……」
口が止まる。
「どうしたの?」
レオナが聞く。
生徒の顔が青ざめた。
「……分からない」
「え?」
「君の名前……知ってるはずなのに」
レオニダスの背筋が冷たくなる。
ローズが立ち上がった。
「みんな、離れて!」
杖を抜く。
その瞬間。
廊下の照明が一斉に消えた。
「何!?」
暗闇。
そして。
どこからか、時計の音が聞こえた。
カチ。
カチ。
カチ。
「また……」
レオニダスが呟く。
レオナが兄の手を握る。
「お兄ちゃん」
「いるよ」
「絶対、離さないで」
「ああ」
レオニダスは強く握り返す。
その瞬間。
闇の中から、声が聞こえた。
『継承者を確認』
全員が凍りつく。
『第一対象――レオニダス・スキャマンダー』
レオニダスの胸が跳ねる。
『第二対象――レオナ・スキャマンダー』
レオナが兄の手を強く握る。
『記録消去を開始』
「やめろ!」
レオニダスが叫ぶ。
杖を振る。
「Lumos!」
光が弾ける。
しかし、何もいない。
廊下には、誰もいなかった。
「どこだ!?」
レオニダスが辺りを見る。
すると。
床に黒い文字が浮かんだ。
『一人ずつ消す』
レオナの顔が強張る。
「……お兄ちゃん」
「大丈夫」
レオニダスはすぐに答えた。
「俺たちは一緒だ」
だが。
その瞬間。
レオニダスの手から、レオナの手が――消えた。
「……え?」
レオニダスが目を見開く。
「レオナ?」
そこにいたはずの妹がいない。
「レオナ!」
叫ぶ。
返事がない。
「レオナ!」
ローズたちも驚いて辺りを見回す。
「さっきまで、ここに……」
ローズの声が震える。
レオニダスの顔から血の気が引く。
「レオナ!」
廊下を走る。
角を曲がる。
いない。
「レオナ!」
どこにもいない。
しかし。
レオニダスの手には、まだ妹の温もりが残っていた。
「……いる」
レオニダスが呟く。
「絶対にいる」
ローズが駆け寄る。
「レオニダス!」
「俺には分かる」
レオニダスは自分の胸を叩いた。
「レオナは消えてない」
「でも、見えない」
「関係ない!」
レオニダスは叫んだ。
「俺の妹だ!」
その瞬間。
胸元から光が溢れた。
昨日、オリバンダーの店で選ばれた杖。
その杖が強く光っている。
「何……?」
ローズが驚く。
レオニダスは杖を見る。
「これ……」
光が一本の線となって、廊下の奥へ伸びていく。
まるで何かを指し示すように。
「レオナのところへ続いてる」
レオニダスは走り出した。
「待って!」
ローズたちも続く。
廊下を抜ける。
階段を下りる。
さらに地下へ。
そして。
見覚えのある扉の前で、光が止まった。
獅子の紋章。
継承者の部屋だった。
レオニダスは扉へ手を伸ばす。
「レオナ!」
扉の向こうから。
かすかな声がした。
「……お兄ちゃん?」
「レオナ!」
レオニダスは扉を開ける。
そこには。
レオナがいた。
しかし。
その姿は半透明だった。
「レオナ!」
レオニダスが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん……」
レオナは自分の手を見る。
「でも、体が……変」
指先が少しずつ薄くなっている。
「……怖い」
初めて。
レオナの声が震えた。
レオニダスは妹を抱きしめる。
「大丈夫」
「でも……」
「絶対、大丈夫」
「お兄ちゃん……」
「俺がいる」
レオニダスは妹を離さない。
「俺が絶対に見つける」
すると。
部屋の中央にある『継承者の記録』が開いた。
ページに文字が浮かぶ。
『記録消去まで――残り三分』
ローズが息を呑む。
「三分しかない!」
「どうすればいい!?」
アルバスが叫ぶ。
本の次のページが開く。
『二人の継承者が、互いの名を呼べ』
「……名前?」
レオナが兄を見る。
レオニダスはすぐに答えた。
「レオナ!」
「レオニダス!」
二人が同時に名前を呼ぶ。
しかし。
何も起こらない。
「もう一度!」
ローズが叫ぶ。
「レオナ!」
「レオニダス!」
光が弾ける。
半透明だったレオナの身体が、少しだけ戻る。
「効いてる!」
アルバスが叫ぶ。
「もっと!」
レオニダスが叫ぶ。
「レオナ!」
「レオニダス!」
「レオナ!」
「レオニダス!」
何度も。
何度も。
二人は互いの名前を呼んだ。
そして――。
光が部屋いっぱいに広がった。
時計が逆回転する。
カチカチカチカチ――。
そして。
ドン!
時計が止まった。
レオナの身体が完全に戻る。
「……戻った」
レオナが自分の手を見る。
レオニダスはその場に座り込んだ。
「よかった……」
レオナが兄に抱きつく。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「……当たり前だろ」
レオニダスも笑った。
だが。
その直後。
本の最後のページに、新しい文字が浮かび上がった。
『第一干渉――失敗』
全員が凍りつく。
そして、その下に。
『次は、兄を消す』
レオナの表情が変わった。
「……お兄ちゃん?」
レオニダスは妹を見る。
今度は。
レオナが兄の手を強く握った。
「今度は私が守る」
「レオナ……」
「だって、私たち双子でしょ?」
レオニダスは笑った。
「ああ」
二人は手を繋ぐ。
しかし。
誰も気づいていなかった。
部屋の壁に浮かんだ、最後の小さな文字に。
『第三の継承者――未確認』
そして。
時計の針が、再び動き始めた。