『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
翌朝。
ホグワーツの大広間。
いつもなら、朝食を楽しむ生徒たちの声で賑わっている。
しかし――。
レオニダスたち五人は、ほとんど会話をしていなかった。
テーブルの上に置かれているのは、一枚の写真。
昨日、第三の継承者の姿が写っていた写真だった。
だが。
今、その写真にはレオニダスとレオナしか写っていない。
「……本当に消えたんだ」
スコーピウスが呟く。
「昨日は確かに三人だった」
アルバスも頷いた。
「僕も見た」
ローズは写真を何度も確認する。
「でも、魔法で加工された跡がない」
「じゃあ、どうやって消したんだ?」
レオニダスが聞く。
「分からない」
ローズは首を振った。
「普通の消去魔法とは違う」
レオナは写真を見つめていた。
昨日から、ずっと気になっていることがある。
「……ねえ」
「どうした?」
レオニダスが妹を見る。
「昨日の声」
「ああ」
「私のことを呼んだ声」
レオナは胸元に手を当てた。
「まだ聞こえる気がする」
「何て言ってた?」
「……」
レオナは少し迷ってから答えた。
「『兄ちゃんを連れてきて』」
レオニダスの表情が変わる。
「俺を?」
「うん」
「だったら、第三の継承者は俺たちを知ってる」
ローズが考え込む。
「それだけじゃない」
「何?」
「その声は、レオナだけに聞こえた」
全員が黙る。
「どうして?」
アルバスが尋ねる。
「分からない」
ローズは写真を見る。
「でも、双子の魔法的な繋がりと関係している可能性はある」
「また双子か」
スコーピウスが苦笑した。
「この謎、何でも双子に繋がるね」
そのとき。
レオニダスが自分の杖を見た。
オーク材。
十一・五インチ。
ドラゴン・ハートストリング。
「……杖」
「え?」
レオナが見る。
「昨日、俺の杖が一瞬だけ光った」
「気づいてたの?」
「うん」
レオニダスは杖を握った。
「第三の子どもが映ったとき」
ローズが身を乗り出す。
「それ、本当?」
「ああ」
「どうして今まで言わなかったの?」
「忘れてた」
「忘れてたって……」
スコーピウスが呆れる。
「大事なことじゃないか」
「だって、いろいろありすぎただろ」
レオニダスは頭を掻いた。
ローズはため息をつきながらも、杖を確認する。
「じゃあ、もう一度試してみよう」
「ここで?」
「ここでは無理」
ローズが周囲を見る。
「先生たちに見つかったら説明が大変」
「じゃあ、どこへ?」
レオナが聞く。
ローズは少し考えた。
「杖の調査なら……」
「オリバンダー?」
レオニダスが言った。
「それしかない」
五人は顔を見合わせた。
その日の午後。
五人は、ホグワーツの許可を得てロンドンへ向かった。
向かった先は――。
オリバンダーの店。
古びた店内に入ると。
「……おや」
オリバンダーが顔を上げた。
「その杖は」
レオニダスが杖を取り出す。
「これです」
オリバンダーは、杖をじっと見つめた。
「君の杖だね」
「はい」
「以前より馴染んでいる」
「そうですか?」
「杖というものは、時間とともに持ち主を知る」
オリバンダーが杖を受け取る。
その瞬間。
杖先から、小さな光が弾けた。
「……!」
オリバンダーの表情が変わった。
「これは……」
「何ですか?」
「少し待ちなさい」
老人は店の奥へ消えていく。
しばらくして。
一冊の古い記録帳を持って戻ってきた。
「杖には、持ち主との関係だけでなく、魔力の痕跡が残る場合がある」
記録帳を開く。
「特に、強い魔法的な結びつきがある場合はね」
ローズが尋ねる。
「双子のような?」
「そう」
オリバンダーは頷く。
「だが、それだけではない」
「他にも?」
「三人の魔力が、長期間にわたって共鳴していた場合だ」
全員が固まった。
「三人……」
レオナが呟く。
オリバンダーはレオニダスの杖を見つめた。
「君の杖には、君自身とは異なる魔力の痕跡が残っている」
「……誰の?」
「それは分からない」
オリバンダーは首を振る。
「だが、非常に古い」
レオニダスが杖を握り直す。
「第三の継承者?」
「可能性はある」
オリバンダーが答える。
「ただし、もっと重要なのは――」
杖先が再び光った。
今度は、レオナの杖も反応する。
「……!」
二本の杖が同時に光り始める。
オーク。
ウィロー。
性質の異なる二本の杖。
しかし。
その光は一つの場所へ向かって伸びていく。
店の奥。
古い棚。
そこにあったのは、一つの木箱だった。
「これは?」
スコーピウスが尋ねる。
オリバンダーの顔から笑みが消える。
「……私も長い間、開けていない」
「中には何が?」
「分からない」
「じゃあ、開けましょう」
レオニダスが近づく。
しかし、オリバンダーが手を上げた。
「待ちなさい」
「え?」
「この箱は、私にも開けられなかった」
「……」
「誰かが開ける日まで、ここに置いておけとだけ言われた」
ローズが尋ねる。
「誰に?」
オリバンダーは答えなかった。
ただ。
箱の側面に刻まれた文字を指差した。
『二本の杖が選ばれしとき、扉は開く』
レオナが目を見開く。
「二本の杖……」
レオニダスとレオナが顔を見合わせる。
「俺たち?」
「たぶん」
レオナが頷いた。
二人が同時に杖を箱へ向ける。
オークの杖。
ウィローの杖。
光が重なった。
カチッ。
箱の鍵が開いた。
ゆっくりと蓋が開いていく。
中に入っていたのは――。
一冊の古い手帳。
そして。
一本の折れた杖だった。
「……杖?」
アルバスが覗き込む。
折れている。
しかし、完全には壊れていない。
杖の中央には、見覚えのある紋章が刻まれていた。
獅子。
そして、その下に三つの小さな線。
ローズが息を呑む。
「これ……」
「どうした?」
「レオの杖にある傷と似てる」
レオニダスが父親の杖を思い出す。
神秘部で壊れた、レオの一本目。
イングリッシュ・オーク。
火竜の心臓の琴線。
そして、ヌンディのたてがみ。
「まさか……」
レオナが折れた杖を見る。
「この杖も、神秘部にあったの?」
オリバンダーが静かに答える。
「違う」
「じゃあ……」
「この杖が作られたのは」
老人は記録帳を閉じた。
「君たちの父親が、ホグワーツへ入学するよりずっと前だ」
五人が息を呑む。
「そんな昔から?」
「そう」
オリバンダーは折れた杖を見つめる。
「そして、この杖の持ち主についての記録は――」
そこで言葉を止める。
「残っていない」
「また……」
ローズが呟いた。
「名前が消されてる」
レオナが手帳を開く。
最初のページ。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
『この杖は、三人目のために残す』
レオニダスの目が大きくなる。
「三人目……」
レオナがページをめくる。
次のページには、さらに文字があった。
『第一の継承者――力』
『第二の継承者――知恵』
『第三の継承者――記憶』
ローズが息を呑む。
「記憶……」
アルバスが呟いた。
「第三の継承者は、記憶を受け継ぐ者?」
スコーピウスが折れた杖を見る。
「だから消されている?」
レオナが首を振る。
「違う」
「え?」
「だから、消せないんだと思う」
レオニダスが妹を見る。
「どういうこと?」
「記憶を持っている人がいる限り、その人は消えない」
レオナは手帳を握りしめる。
「私たちが思い出せなくても」
そして。
折れた杖を見る。
「この杖が覚えてる」
その瞬間。
折れた杖が淡く光った。
店内に、声が響く。
『……やっと、見つけた』
レオナが振り返る。
「この声……!」
レオニダスも杖を構える。
「第三の継承者?」
声は答えない。
ただ。
折れた杖の先から、一つの光景が浮かび上がった。
三人の子ども。
幼いレオニダス。
幼いレオナ。
そして――。
顔の見えない第三の子。
三人は一本の杖を囲んでいる。
幼いレオニダスが言った。
『俺たち三人で守ろう』
幼いレオナが続ける。
『約束ね』
そして。
三人目の子どもが笑う。
『うん』
映像が消える。
レオニダスは動けなかった。
「……三人で」
レオナの目から涙が落ちる。
「私たち……本当に三人だったんだ」
ローズが静かに頷く。
「そうみたい」
そのとき。
手帳の最後のページが勝手に開いた。
そこには新しい文字が浮かび上がっていた。
『継承は、血ではない』
『杖でもない』
『記憶である』
最後の一行。
『そして、第三の継承者は――』
文字が途中で途切れた。
「え?」
レオニダスがページを覗き込む。
名前は出てこない。
だが。
ページの隅に、小さな印があった。
獅子の紋章。
その中央に――。
三つ目の光。
レオナが呟く。
「……まだ終わってない」
レオニダスは杖を握りしめた。
「ああ」
二人は顔を見合わせる。
「今度は、俺たちが見つける」
「うん」
「誰かに消される前に」
「私たちが覚えてる」
二本の杖が、同時に光った。
そして。
店の奥。
誰もいないはずの暗闇から。
小さな声が聞こえた。
『……ありがとう』
五人が振り返る。
そこには誰もいない。
ただ。
床に落ちていた一本の古い杖の影だけが――。
三人分に分かれていた。