『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
オリバンダーの店を出たあと。
レオニダスたちは、しばらく誰も話さなかった。
頭の中に残っている。
あの声。
『……ありがとう』
そして――。
三人分に分かれた杖の影。
「……見間違いじゃないよな?」
アルバスが口を開いた。
「うん」
スコーピウスも頷く。
「僕にも見えた」
ローズは黙ったまま歩いている。
やがて。
「第三の継承者は、生きている」
ローズが言った。
レオニダスとレオナが同時に振り返る。
「どうして?」
レオナが聞く。
「杖の反応」
ローズは答えた。
「記憶だけが残っているなら、あんな反応はしない」
「じゃあ……」
「第三の継承者本人が、どこかから魔法を送っている」
レオニダスが拳を握った。
「近くにいるってこと?」
「分からない」
ローズは首を振る。
「でも、少なくとも僕たちが探していることは知ってる」
「だったら早く見つけないと」
レオナが言う。
しかし。
ローズは足を止めた。
「その前に、一つ確認したい」
「何?」
「レオニダス」
ローズは彼の杖を見る。
「その杖、もう一度見せて」
「これ?」
「うん」
レオニダスが杖を差し出す。
ローズは杖をじっと観察した。
「やっぱり」
「何かある?」
「杖の表面に、薄い線がある」
「傷?」
「違う」
ローズは指でなぞる。
「文字みたい」
レオナも覗き込む。
「……本当だ」
そこには、肉眼ではほとんど見えないほど細い刻印があった。
ローズが杖を光にかざす。
すると。
一文字だけ浮かび上がった。
『記』
「記憶の『記』?」
アルバスが尋ねる。
「たぶん」
スコーピウスが眉を寄せる。
「でも、どうしてレオニダスの杖に?」
「分からない」
ローズが答えた。
「ただ……」
ローズは二本目の杖を見る。
レオナのウィローの杖。
「レオナの杖にもある」
「え?」
二本を並べる。
すると。
二つの刻印が淡く光った。
『記』
『憶』
「……!」
レオニダスが息を呑む。
「合わせると――」
「『記憶』」
レオナが答えた。
その瞬間。
二本の杖から光が伸びた。
空中に、一枚の地図が浮かび上がる。
「地図?」
スコーピウスが驚く。
ホグワーツの地図だった。
だが。
普通の校内地図とは違う。
いくつもの場所が光っている。
図書館。
継承者の部屋。
そして――。
「ここは?」
アルバスが指差す。
地図の端。
ホグワーツの敷地から少し離れた場所に、赤い光が灯っている。
ローズが目を細めた。
「見たことない」
「僕も」
「私も」
レオナが地図を見つめる。
「でも……」
「何?」
「なんとなく、知ってる」
レオナの声が震えた。
「ここに行ったことがある気がする」
レオニダスも地図を見る。
「俺も」
五人は顔を見合わせた。
「行こう」
レオニダスが言う。
しかし。
その瞬間だった。
地図の赤い光が消えた。
「え?」
次の瞬間。
地図そのものが崩れ始める。
「待って!」
ローズが杖を伸ばす。
だが。
地図は消えてしまった。
「また時間改変?」
アルバスが聞く。
「違う」
ローズが答えた。
「今回は……」
ローズが顔を上げる。
「私たちの記憶そのものを狙ってる」
レオナが胸を押さえる。
「……また?」
突然。
レオニダスの視界が揺れた。
「う……」
「お兄ちゃん?」
レオナが支える。
「大丈夫?」
「大丈夫……」
しかし。
レオニダスの顔から血の気が引いていく。
「レオナ」
「何?」
「俺……」
レオニダスは妹を見る。
「お前の杖って、何色だった?」
「え?」
「……」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「分からない」
レオニダスは頭を押さえた。
「急に……思い出せなくなった」
レオナの顔が青ざめる。
「そんな……」
ローズが叫ぶ。
「記憶消去が始まってる!」
「防げる?」
アルバスが聞く。
「分からない!」
ローズが杖を構える。
「でも、前より早い!」
スコーピウスが周囲を見る。
「敵が近くにいるのか?」
「可能性が高い!」
レオニダスは必死に記憶を掴もうとする。
自分の杖。
父親の杖。
母親。
妹。
そして――。
三人目。
「……俺は」
レオニダスが呟く。
「誰かを忘れたくない」
レオナが兄の手を握った。
「忘れないよ」
「レオナ……」
「私が覚えてる」
その瞬間。
二人の杖が同時に光った。
強い光が、周囲を包み込む。
ローズが目を見開く。
「記憶が……戻ってる!」
レオニダスが息を吐く。
「……思い出した」
「何を?」
レオナが聞く。
レオニダスは答えようとして――。
止まった。
「……第三の子」
「何か思い出したの?」
「ああ」
レオニダスは目を閉じる。
「名前は分からない」
「でも?」
「俺たちは昔、あの子と一緒に森へ行った」
ローズがすぐに尋ねる。
「どこの森?」
「分からない」
「何をしに?」
「……杖を探してた」
レオナが息を呑む。
「杖?」
「ああ」
レオニダスは続ける。
「三人で一本の杖を探してた」
「それが、あの折れた杖?」
「たぶん」
スコーピウスが考え込む。
「じゃあ、第三の継承者は、その杖の持ち主だった?」
「分からない」
レオニダスは首を振る。
「でも、あの子が言ってた」
「何を?」
「『この杖は、三人で守るんだ』って」
レオナが静かに頷く。
「……覚えてる」
「レオナも?」
「うん」
その瞬間。
レオナの頭の中に、別の記憶が蘇った。
幼い自分。
幼いレオニダス。
そして、第三の子。
三人で森を歩いている。
『こっちだよ』
第三の子が先頭を歩いている。
『待ってよ!』
レオニダスが追いかける。
『お兄ちゃん、転ぶよ』
レオナが笑う。
そして。
三人は大きな木の前に立つ。
その根元に――。
一つの杖が埋まっている。
第三の子が杖を取り出す。
『見つけた』
幼いレオニダスが聞く。
『誰の杖?』
第三の子は笑った。
『僕たちの』
『三人で使うの?』
『違う』
第三の子が首を振る。
『これは、三人を覚えておくための杖』
レオナが目を見開く。
「……思い出した」
「何を?」
「この杖は……」
レオナは震える声で言った。
「誰か一人のための杖じゃなかった」
ローズが聞く。
「じゃあ、何のため?」
「三人の記憶を、残すため」
その瞬間。
レオニダスの杖が強く光った。
レオナの杖も続く。
二本の光が重なり――。
第三の光が生まれた。
「……三つ目」
アルバスが呟く。
光の中に、一人の少年の姿が浮かび上がる。
まだ幼い。
顔は見えない。
しかし。
その手には――。
あの折れた杖が握られている。
「第三の継承者……」
レオニダスが一歩前へ出る。
少年が振り返った。
今度は顔が消されていない。
だが、名前だけが分からない。
少年は笑っている。
そして。
唇が動いた。
『僕は、忘れてない』
映像が消える。
レオナが呟いた。
「……私たちを?」
返事はない。
しかし。
二本の杖が同時に、同じ方向を指した。
ホグワーツの北側。
禁じられた森。
「……あそこ」
レオニダスが言う。
「第三の継承者は、禁じられた森にいる?」
ローズが地図を取り出す。
「さっきの赤い光も、あの方向だった」
スコーピウスが息を呑む。
「だったら、今度こそ――」
「待って」
レオナが言った。
「どうした?」
「これ」
彼女は自分の杖を見る。
杖先に、小さな文字が浮かんでいる。
『急ぐな』
レオニダスの杖にも文字が現れる。
『信じろ』
二つを合わせる。
そこに最後の言葉が浮かび上がった。
『三人目は、敵ではない』
五人は黙った。
そして。
禁じられた森の奥。
誰かが静かに目を開いた。
手元には、一本の古い折れた杖。
少年――いや。
もう少年とは呼べないほど成長したその人物は、遠くにあるホグワーツを見つめていた。
「……やっと」
その手に、杖の光が灯る。
「思い出してくれた」
そして。
その人物は小さく笑った。
「レオニダス」
「レオナ」
「……待ってるよ」
森の奥に。
三つ目の光が灯った。