『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
三本の杖が、同時に光った。
レオニダスのオークの杖。
レオナの柳の杖。
そして――第三の継承者が握る、折れた杖。
三つの光は絡み合い、巨大な光の輪となって森の中を照らした。
「……っ!」
黒い霧が、その光に触れた瞬間――
ジジジジッ……!
まるで焼かれたような音を立てて消えていく。
「効いてる!」
レオナが叫んだ。
「でも、長くは持たない!」
第三の継承者が杖を構える。
「三人の魔力を合わせてるんだ。誰か一人でも離れたら――」
「分かってる!」
レオニダスが答えた。
「離れない!」
レオナも強く頷いた。
「うん!」
三人の杖がさらに強く輝く。
その瞬間だった。
黒い霧の奥から、声が響いた。
『――レオ・スキャマンダー』
三人の動きが止まった。
「……父さん?」
レオニダスが呟く。
『継承者を守る者』
『記憶を残す者』
『そして――過去を変えた者』
第三の継承者が、表情を変えた。
「……違う」
「何が?」
レオナが尋ねる。
第三の継承者は、黒い霧を睨んだ。
「奴らは、レオを殺そうとしているんじゃない」
「じゃあ……何を?」
「消そうとしている」
「……!」
レオニダスが息を呑む。
第三の継承者は続けた。
「レオ・スキャマンダーという人間そのものを、歴史から消すつもりなんだ」
「そんなこと……」
レオナが呟く。
「できるの?」
「普通ならできない」
第三の継承者は折れた杖を握り締めた。
「でも、今の敵は普通じゃない」
その言葉と同時に――
森の奥で、何かが弾けた。
ドンッ!
三人の結界が大きく揺れる。
「きゃっ!」
レオナの身体がよろめいた。
「レオナ!」
レオニダスがすぐに腕を掴む。
「大丈夫!」
「本当に?」
「大丈夫!」
レオニダスはレオナの手を離さなかった。
第三の継承者が二人を見る。
その表情には、どこか懐かしそうな色があった。
「……昔も、そうだった」
「え?」
「君たちは、いつもそうだった」
「俺たちが?」
「うん」
第三の継承者は微笑んだ。
「レオニダスは、レオナが危なくなると必ず先に動く」
「……」
「レオナは、レオニダスが無茶をすると必ず止める」
レオナが少しだけ頬を膨らませた。
「兄ちゃん、昔から無茶してたの?」
「……してたらしい」
「してたよ」
第三の継承者が即答した。
「やっぱり」
「おい」
思わず三人の間に、小さな笑いが生まれた。
だが――
その直後。
第三の継承者の表情が曇った。
「……だからこそ、奴らは僕たちを分けた」
「僕たちを?」
レオナが聞き返す。
「三人を一緒にしておけば、記憶を消しても意味がない」
第三の継承者は静かに言った。
「誰か一人が忘れても、残りの二人が覚えているから」
「……」
「だから、三人を別々にした」
レオニダスが拳を握る。
「俺たちが離れていたのは……敵のせいだったのか」
「たぶんね」
「じゃあ、今度は離れない」
レオニダスが言った。
「絶対に」
レオナも頷いた。
「私も」
第三の継承者は二人を見つめた。
「……ありがとう」
「何でお礼を言うんだ?」
「ずっと、一人だったから」
その言葉に、二人は何も言えなかった。
第三の継承者は、自分の折れた杖を見つめる。
「僕の記憶は、もうほとんど残ってない」
「……」
「家族のことも」
「……」
「昔のことも」
「……」
「自分の名前さえ、何度も忘れた」
レオナが一歩近づく。
「でも……私たちのことは覚えてる」
第三の継承者は顔を上げた。
「うん」
「どうして?」
「約束したから」
三人の杖が再び輝いた。
そこに浮かび上がったのは――
三本の光が重なった紋章。
「約束は、記憶より強い」
第三の継承者が言った。
「忘れても、思い出せる」
「……」
「消されても、残る」
レオニダスは自分の杖を見る。
オーク。
ドラゴンの心臓の琴線。
自分自身が選んだ杖。
そして隣には――
レオナの柳の杖。
ユニコーンの毛。
優しく、しかし決して折れない光。
レオニダスはふと思った。
「……俺たちの杖も、父さんの杖とは違う」
「そうだね」
レオナが答えた。
「でも、どこか似てる」
「それが継承ってことなのかな」
第三の継承者が呟いた。
「似ていることじゃない」
「え?」
「受け取ったものを、自分の形に変えることだよ」
レオニダスが目を見開いた。
第三の継承者は続ける。
「レオ・スキャマンダーの力を、そのまま受け継ぐ必要はない」
「……」
「彼の記憶も、彼の戦い方も、彼の杖も」
三人の杖を見ながら言う。
「君たちは君たちの魔法を持っている」
レオナが静かに微笑んだ。
「……それ、お父さんも言ってた」
「そうなの?」
「うん」
レオニダスも頷く。
「杖は親から受け継ぐものじゃない。自分で選ぶものだって」
第三の継承者は、少し驚いた顔をした。
そして――笑った。
「やっぱり、レオらしいね」
その瞬間。
森全体が揺れた。
「!」
黒い霧が一斉に後退していく。
だが、消えたわけではない。
むしろ――
森の奥に集まり始めていた。
第三の継承者の顔から笑みが消える。
「……まずい」
「どうした?」
「奴ら、ここを直接狙うつもりだ」
「ここを?」
「違う」
第三の継承者はレオニダスとレオナを見る。
「君たちじゃない」
そして――
「ホグワーツだ」
「!」
レオナが振り返る。
遠くに、城の塔が見える。
その上空に――
黒い亀裂が走っていた。
「時間の裂け目……?」
レオナが呟く。
第三の継承者は首を横に振る。
「違う」
「じゃあ、何?」
「過去と現在をつなぐ扉だ」
レオニダスが杖を握り直す。
「閉じられるのか?」
「三人なら」
「なら行こう!」
レオニダスが走り出そうとする。
しかし――
レオナが腕を掴んだ。
「兄ちゃん」
「何だ?」
「今度は一人で先に行かないで」
レオニダスは一瞬だけ黙った。
そして笑った。
「……分かった」
第三の継承者も頷く。
「三人で行こう」
三本の杖が重なる。
「力」
レオニダス。
「知恵」
レオナ。
「記憶」
第三の継承者。
三つの光が、一本の道を作った。
その道の先に――
ホグワーツがある。
しかし。
誰も気づいていなかった。
森のさらに奥。
黒いローブを着た何者かが、三人を見ていた。
その手には――
古い写真。
そこには、三人の子供。
そして、その後ろには――
若き日のレオ。
その写真の端には、黒く塗り潰された文字があった。
『第四の――』
そこで文字は途切れている。
黒いローブの人物が、静かに呟いた。
「まだ、気づいていない」
「継承者は三人ではない」
風が吹く。
写真が裏返る。
そこには、たった一つの言葉。
――「親世代」。
そして男は、笑った。
「次は、彼らの父母の記憶を消す」
「そうすれば――」
「子供たちは、自分たちが何を継いだのかすら分からなくなる」
遠くで、三本の杖が輝く。
その光を見つめながら、男は最後に呟いた。
「継承とは、記憶から始まる」
「ならば――」
「記憶を奪えばいい」
森に、黒い霧が広がっていく。
そして――
ホグワーツの鐘が鳴った。
三人の継承者が、城へ向かって走り出す。
まだ彼らは知らない。
次に始まる戦いが――
「子供たち」だけの戦いではないことを。
親から子へ。
子から次の世代へ。
受け継がれてきた、すべての記憶を懸けた戦いになることを。
――第15話・終――