『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
番外編・アナザーストーリー 第1話「父の二本の杖――レオの過去」
夜。
スキャマンダー家の書斎には、静かな時間が流れていた。
暖炉の火が小さく揺れている。
本棚には魔法書や古代魔法に関する資料が並び、その中央に一つの細長い箱が置かれていた。
レオニダスは、その箱をじっと見つめていた。
「父さん」
「ん?」
机で本を読んでいたレオが顔を上げる。
「これ、何?」
レオニダスが箱を指差した。
その隣では、レオナも興味深そうに見ている。
「ずっとここにあるよね」
「ああ」
レオは少しだけ黙った。
「僕の昔の杖だ」
「昔の?」
「そう」
レオニダスの目が輝く。
「見せて!」
「兄ちゃん、勝手に触らないでよ」
「触ってないだろ!」
「今から触ろうとしてたでしょう?」
「……」
レオは思わず笑った。
「二人とも、そんなに興味があるのか?」
「ある!」
レオニダスが即答する。
レオナも小さく頷いた。
「私も知りたい」
「そうか」
レオは椅子から立ち上がった。
そして、ゆっくりと箱を開けた。
中に入っていたのは――
一振りの古い杖。
いや。
正確には、杖だったもの。
長い年月を感じさせる傷。
表面にはいくつもの亀裂。
それでも、その杖がかつて強大な魔法を使っていたことは、二人にも分かった。
「……これが?」
レオニダスが呟く。
「僕が学生の頃から使っていた杖だ」
レオが答える。
「イングリッシュ・オーク製。十五インチ」
レオナが杖をじっと見る。
「芯は?」
「ドラゴンの心臓の琴線」
レオは少し間を置いた。
「それと――ヌンドゥのたてがみの毛」
「二つ?」
「ああ」
レオニダスが驚く。
「そんな杖、あるの?」
「普通は珍しい」
「じゃあ、どうして父さんはこれを?」
レオは杖を見つめた。
「僕を選んだからだ」
その答えに、二人は黙った。
「杖って、親から受け継ぐものじゃないの?」
レオナが尋ねる。
「違うよ」
レオは静かに答えた。
「杖は、その人自身を選ぶ」
「……その人自身」
「ああ」
レオは二人を見る。
「だから、お前たちにも僕と同じ杖を持ってほしいとは思わなかった」
レオニダスとレオナは、自分たちの杖を思い出した。
オークの杖。
柳の杖。
二人はまったく違う杖に選ばれている。
「でも……父さんの杖、壊れてる」
レオニダスが言った。
「何があったの?」
レオは古い杖の傷を指でなぞった。
「戦いだ」
「戦い?」
「1995年」
レオの声が少し低くなる。
「神秘部での戦い」
レオナは黙って父を見る。
「そのとき、僕はシリウス・ブラックを守っていた」
そして。
「ハーマイオニーも」
「……お母さん?」
「ああ」
レオニダスの表情が変わった。
「母さんも一緒だったの?」
「そうだ」
レオは苦笑する。
「君たちのお母さんは、昔から危険な場所に首を突っ込むんだ」
「お父さんもでしょ?」
レオナが言った。
「……否定できないな」
三人の間に小さな笑いが起こった。
しかしレオは、再び杖を見る。
「この杖は、あの戦いで壊れた」
「父さんを守ったの?」
「いや」
レオは首を振る。
「僕が、この杖で誰かを守ろうとした」
杖には、いくつもの傷が刻まれている。
その傷は、単なる破損ではない。
そこには、戦った記憶が残っている。
「僕はこの杖を長く使っていた」
「じゃあ……大切な杖なんだね」
レオナが言う。
「ああ」
レオは微笑んだ。
「とても大切だ」
そのとき。
レオニダスが別の箱に気づいた。
「父さん」
「何だ?」
「あっちにも箱がある」
レオは振り返る。
そこには、もう一つの細長い箱があった。
「……ああ」
「それも杖?」
「そうだ」
レオは箱を取り出した。
蓋を開ける。
そこに収められていたのは、黒く深い光沢を持つ杖だった。
古代エボニー。
十四と四分の三インチ。
レオニダスは思わず息を呑んだ。
「こっちの方が新しい?」
「そう見えるか?」
「うん」
レオは苦笑した。
「実際には、こっちの方がずっと扱いにくい」
「どうして?」
「気難しいんだ」
「杖なのに?」
「杖だからこそ、かな」
レオナが杖を観察する。
「芯は?」
「ユニコーンの心臓と腱」
そしてレオは続ける。
「それと、不死鳥の羽根」
「……すごい」
「ただし、誰にでも力を貸す杖じゃない」
レオは箱を閉じる。
「僕自身も、最初は苦労した」
「それでも使ってるんだ」
「ああ」
レオは二本の杖を見る。
「一本目は、僕の過去」
「二本目は?」
レオは少し考えた。
「今の僕、かな」
レオニダスが首を傾げる。
「違うの?」
「一本目には、僕が守ったものが残っている」
レオは古いオークの杖を見る。
「二本目には、僕がこれから守るものがある」
レオナは、その言葉を聞いて考え込む。
「……私たち?」
レオは笑った。
「そうかもしれない」
その瞬間。
レオニダスの表情が真剣になった。
「じゃあ、俺も父さんみたいな杖を持った方がいいのかな」
レオはすぐに首を振った。
「いや」
「でも――」
「レオニダス」
父親の声が優しくなる。
「お前は僕じゃない」
「……」
「レオナも、ハーマイオニーじゃない」
レオナが顔を上げる。
「お前たちは、お前たちだ」
レオは二人の杖を見る。
「だから、僕と同じ杖じゃなくていい」
「でも、父さんから何か受け継ぐんじゃないの?」
レオニダスが尋ねる。
「もちろん」
レオは微笑む。
「たくさんある」
「何?」
「魔法」
「それだけ?」
「知識」
「他には?」
「家族」
レオニダスが笑う。
「もっと!」
「じゃあ……」
レオは少し考える。
「守りたいと思う気持ち」
双子は黙った。
「それは、杖には入っていない」
レオは言った。
「でも、僕が君たちに一番残したいものだ」
レオナは自分の杖を見つめた。
柳の杖。
自分だけの杖。
兄のオークの杖とは違う。
父の二本の杖とも違う。
「じゃあ……」
レオナが言う。
「私たちの杖も、いつか誰かに何かを残すのかな?」
「きっとね」
「どんなものを?」
「それは――」
レオは笑った。
「君たちが決めることだ」
レオニダスが自分の杖を取り出す。
オークの杖。
ドラゴンの心臓の琴線。
強く、まっすぐな魔法。
レオナも杖を取り出す。
柳。
ユニコーンの毛。
柔らかな魔力。
二本の杖が並ぶ。
父親の二本の杖とは、まったく違う。
けれど。
それぞれに、確かな光がある。
「……父さん」
「ん?」
「俺、この杖で自分の道を作る」
レオは頷いた。
「それでいい」
レオナも続ける。
「私も」
「うん」
「お母さんみたいにならなくてもいい?」
「もちろん」
「父さんみたいにならなくても?」
「もちろん」
レオは二人を見る。
「僕たちが望むのは、お前たちが僕たちのようになることじゃない」
そして。
「僕たちができなかったことを、お前たちが自分のやり方で見つけることだ」
二人の杖が淡く光った。
レオは微笑む。
「その杖を大切にしなさい」
「うん」
「でも、杖だけに頼るな」
「分かった」
「そして――」
レオは二人の頭に手を置く。
「自分自身を忘れないこと」
レオニダスとレオナは顔を見合わせる。
「約束」
二人が同時に言った。
レオは笑った。
「約束だ」
その夜。
書斎には三本ではなく、四本の杖が並んでいた。
レオの過去を刻んだ二本。
そして、レオニダスとレオナの未来を選ぶ二本。
親から子へ。
受け継がれるものは、杖そのものではない。
記憶。
経験。
愛情。
そして――
自分の道を選ぶ力。
レオは二人が書斎を出ていく姿を見送った。
「……大きくなったな」
誰もいない部屋で、レオは小さく呟く。
古いオークの杖を手に取る。
傷だらけの杖。
かつて自分が守ったもの。
そして、もう一本。
エボニーの杖。
これから守るもの。
レオは二本の杖を静かに箱へ戻した。
そのとき。
廊下の向こうから、双子の声が聞こえてくる。
「兄ちゃん、待って!」
「レオナ、早く!」
「待ってってば!」
レオは笑った。
昔は、自分が誰かを守るために走っていた。
今は違う。
これからは――
自分の子どもたちが、自分自身の未来へ走っていく。
その背中を見守ること。
それもまた、親としての戦いなのかもしれない。
レオは静かに灯りを消した。
書斎に残った二本の杖は、暗闇の中でほんの少しだけ光っていた。
まるで――
過去と未来を、静かにつないでいるかのように。
――アナザーストーリー第1話・完――