『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』   作:夜幻

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第2話「母の本棚――ハーマイオニーの秘密」

 雨の午後。

 

 スキャマンダー家では、珍しく静かな時間が流れていた。

 

 レオニダスは自分の部屋で魔法の練習。

 

 レオは仕事の資料を整理している。

 

 そしてレオナは――

 

 一人で母親の書斎にいた。

 

「……すごい」

 

 壁一面の本棚。

 

 古代魔法。

 

 呪文学。

 

 魔法史。

 

 薬草学。

 

 魔法生物学。

 

 さらに、普通の魔法使いなら一生かけても読み切れないほどの専門書。

 

 レオナは棚を見上げた。

 

「お母さん、これ全部読んだのかな……」

 

「ほとんどね」

 

「わっ!」

 

 突然背後から声がして、レオナは振り返った。

 

「お母さん……」

 

 そこにはハーマイオニーが立っていた。

 

「驚かせちゃった?」

 

「ちょっとだけ」

 

「ごめんなさい」

 

 ハーマイオニーは笑った。

 

「何を探しているの?」

 

「特に決めてないの」

 

 レオナは本棚を見る。

 

「ただ……お母さんの本を見てみたくて」

 

「そう」

 

 ハーマイオニーは娘の隣に立った。

 

「好きな本があれば読んでいいわよ」

 

「本当に?」

 

「もちろん」

 

 レオナは嬉しそうに本棚を見渡した。

 

 そのとき。

 

 一冊だけ、古い本が目に入った。

 

 他の本とは違って、背表紙が擦り切れている。

 

「これ……」

 

「それ?」

 

「うん」

 

 レオナが取り出す。

 

 かなり古い。

 

 表紙にはタイトルが書かれていない。

 

「これ、何の本?」

 

 ハーマイオニーは少し驚いた顔をした。

 

「あら……まだ持っていたのね」

 

「お母さんの?」

 

「ええ」

 

「読んでいい?」

 

「もちろん」

 

 レオナは机に座る。

 

 本を開く。

 

 最初のページ。

 

 そこには大量の書き込みがあった。

 

『要確認』

 

『この記述には矛盾あり』

 

『別資料を参照』

 

『この魔法は危険』

 

『理論上は可能』

 

 レオナは思わず笑った。

 

「……お母さんらしい」

 

「どういう意味?」

 

「いっぱい書いてある」

 

「勉強するときは普通でしょう?」

 

「普通じゃないと思う」

 

「どうして?」

 

「本よりお母さんの字の方が多い」

 

「……」

 

 ハーマイオニーが本を覗き込む。

 

「確かに」

 

 二人で笑う。

 

 レオナはページをめくる。

 

 魔法理論について細かく書かれている。

 

 難しい。

 

 けれど、面白い。

 

「お母さん」

 

「何?」

 

「これ、いつ読んだの?」

 

「学生の頃よ」

 

「ホグワーツにいたとき?」

 

「そう」

 

「じゃあ、お父さんも知ってる?」

 

「もちろん」

 

「お父さんは読んだ?」

 

「……途中まで」

 

「どうして?」

 

「難しいって言って寝たわ」

 

「ふふっ」

 

 レオナは笑った。

 

「お父さんらしい」

 

「本人には言わないでね」

 

「分かった」

 

 またページをめくる。

 

 すると、一枚の紙が落ちた。

 

「あ」

 

 レオナが拾い上げる。

 

 古いメモだった。

 

 ハーマイオニーの字。

 

 そこには、

 

『知識を得ることは、強くなることとは違う』

 

と書かれていた。

 

 レオナは首を傾げる。

 

「お母さん」

 

「何?」

 

「これ、どういう意味?」

 

 ハーマイオニーは紙を見る。

 

「……それを書いた頃は、私もまだ分かっていなかったの」

 

「分かってなかった?」

 

「ええ」

 

 ハーマイオニーは椅子に座った。

 

「昔の私は、知識があれば何でも解決できると思っていた」

 

「違うの?」

 

「知識は大切よ」

 

 ハーマイオニーは頷く。

 

「でも、知っているだけでは誰かを救えないこともある」

 

 レオナは黙って聞いている。

 

「正しい魔法を知っていても、それを使う勇気が必要なことがある」

 

「……」

 

「逆に、知識があっても、使ってはいけないこともある」

 

 ハーマイオニーは娘を見る。

 

「だから、知識を持つことより大切なのは――」

 

「使い方?」

 

「そう」

 

 レオナは紙を見る。

 

「知識は、使い方を選ぶためにある」

 

「そうね」

 

 ハーマイオニーは微笑んだ。

 

「そして、それを選ぶのは自分自身」

 

 レオナはその言葉を覚えておこうと思った。

 

 さらにページをめくる。

 

 すると、最後の方に一つだけ、他とは違う文章が書かれていた。

 

 短い一行。

 

『知識は、誰かを支配するためではなく、自分で選ぶために使う』

 

 レオナは目を止めた。

 

「これ……」

 

「私が書いたの」

 

「お母さんが?」

 

「ええ」

 

「いつ?」

 

「ずっと昔」

 

「何かあったの?」

 

 ハーマイオニーは少しだけ遠くを見る。

 

「……いろいろあったのよ」

 

「教えてくれる?」

 

「そうね」

 

 ハーマイオニーは静かに話し始めた。

 

「私がホグワーツに入った頃、私は魔法使いの世界を何も知らなかった」

 

「うん」

 

「だから、知らないことが怖かった」

 

「お母さんでも?」

 

「私でも」

 

 ハーマイオニーは笑った。

 

「知らないことがあると、不安になるでしょう?」

 

「なる」

 

「だから私は、たくさん勉強した」

 

「怖くなくなるため?」

 

「そう」

 

 レオナは母を見る。

 

「でも……」

 

 ハーマイオニーは続けた。

 

「どれだけ勉強しても、分からないことはなくならなかった」

 

「……」

 

「だから、途中で気づいたの」

 

「何に?」

 

「分からないことがあるからこそ、自分で考える意味があるんだって」

 

 レオナは本を閉じた。

 

「じゃあ、お母さんは今でも分からないことがある?」

 

「たくさんあるわ」

 

「意外」

 

「私を何だと思っているの?」

 

「何でも知ってる人」

 

「それは買いかぶりすぎね」

 

 二人は笑った。

 

 そのとき。

 

 書斎の扉が開いた。

 

「母さん」

 

 レオニダスだった。

 

「父さんが呼んでる」

 

「分かった」

 

 レオナは立ち上がる。

 

 その手には、さっきの古い本。

 

「あ、それ」

 

 ハーマイオニーが気づく。

 

「借りてもいい?」

 

「もちろん」

 

「ありがとう」

 

 レオナは本を胸に抱えた。

 

 書斎を出ようとしたところで、ハーマイオニーが呼び止める。

 

「レオナ」

 

「何?」

 

「その本に、あなた自身の言葉を書いてみたら?」

 

「私の?」

 

「ええ」

 

「お母さんの本なのに?」

 

「だからよ」

 

 ハーマイオニーは笑った。

 

「私の書いたことを、そのまま受け取らなくていい」

 

「……」

 

「間違っていると思ったら、そう書いていい」

 

「本当に?」

 

「もちろん」

 

 レオナは少し驚いた。

 

「怒らない?」

 

「どうして怒るの?」

 

「お母さんの考えだから」

 

「私の考えは私のもの」

 

 ハーマイオニーは言った。

 

「あなたがどう考えるかは、あなたのものよ」

 

 レオナは微笑んだ。

 

「じゃあ……書いてみる」

 

「楽しみにしてるわ」

 

 その夜。

 

 レオナは自分の部屋で、古い本を開いていた。

 

 母の文字。

 

 母の記憶。

 

 母が学んできた知識。

 

 そこに、自分の考えを書き加える。

 

 しばらく悩んだあと。

 

 レオナは一行を書いた。

 

『知識は、未来を決めるためではなく、未来を選ぶために使う』

 

 書き終える。

 

「……これでいいかな」

 

 すると。

 

 手元の柳の杖が淡く光った。

 

「え?」

 

 レオナが杖を見る。

 

 柔らかな光。

 

 そして、その光が本の上へ落ちる。

 

 母の文字。

 

 娘の文字。

 

 二つの文字が重なる。

 

 古い本のページに、一瞬だけ新しい魔法文字が浮かんだ。

 

「継承」

 

 レオナは目を見開く。

 

「……」

 

 しかし、すぐにその文字は消えた。

 

 残ったのは、自分で書いた一行だけ。

 

『知識は、未来を選ぶために使う』

 

 レオナは微笑んだ。

 

 翌朝。

 

「おはよう」

 

「おはよう、レオナ」

 

 朝食の席でハーマイオニーが娘を見る。

 

「本、どうだった?」

 

「面白かった」

 

「そう」

 

「それと……一つ書いた」

 

「何を?」

 

 レオナは母に本を渡す。

 

 ハーマイオニーはページを開く。

 

 そこに書かれた娘の言葉を見る。

 

 しばらく黙っていた。

 

「……どう?」

 

 レオナが少し不安そうに尋ねる。

 

 ハーマイオニーは笑った。

 

「いいと思う」

 

「本当に?」

 

「ええ」

 

 そして。

 

「私より、ずっといいかもしれない」

 

「そんなことないよ」

 

「いいえ」

 

 ハーマイオニーは首を振る。

 

「これは、あなたの言葉だから」

 

 レオナは嬉しそうに笑った。

 

 そのとき、レオニダスが横から覗き込む。

 

「何それ?」

 

「お母さんの本」

 

「難しそう」

 

「兄ちゃんには難しいかも」

 

「なんでだよ!」

 

「だって、読む前に寝るでしょう?」

 

「寝ない!」

 

 レオが遠くから笑っている。

 

「いや、寝るぞ」

 

「父さんまで!」

 

 朝の家に笑い声が響く。

 

 ハーマイオニーは本を閉じた。

 

 そこには、

 

 母の知識。

 

 娘の言葉。

 

 そして、二人だけの新しいページが残されていた。

 

 知識は、受け継ぐだけでは意味がない。

 

 受け取った者が考え、

 

 自分の言葉に変え、

 

 自分の未来を選ぶ。

 

 それが――

 

 ハーマイオニーからレオナへ渡された、もう一つの継承だった。

 

 そしてレオナはまだ知らない。

 

 いつか自分が母になる日が来たとき。

 

 この本の最後の空白ページに、

 

 さらに新しい言葉が書き加えられることを。

 

 継承は、本の最後のページで終わるものではない。

 

 次の誰かが、新しいページを開いた瞬間。

 

 また始まるのだから。

 

――アナザーストーリー第2話・完――

 

 

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