『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
ローズの質問――親の昔
ホグワーツの休日。
昼下がりの談話室。
ローズ・ウィーズリーは、一冊の古いアルバムを膝の上に置いていた。
ページをめくる。
そこには、まだ若い父親の姿があった。
「……お父さん、若い」
写真の中のロンは、今より少し髪が長い。
まだ少年らしさの残る顔。
その隣には――。
「アステリアさんもいる」
ローズの母。
アステリア・グリーングラス。
二人が並んで笑っている。
「この頃のお父さんとお母さんって……どんなだったんだろう」
「ローズ?」
声に振り返る。
レオナだった。
その後ろにはレオニダスもいる。
「何を見てるんだ?」
「昔の写真」
ローズがアルバムを見せる。
レオニダスが覗き込む。
「ロンさんだ」
「お父さん」
「若いな!」
「当たり前でしょ」
「でも、今より髪がすごい」
「それは本人に言わないほうがいいよ」
レオナが笑う。
「お母さんも綺麗だね」
「うん」
ローズは少し照れたように笑った。
「私のお母さん」
「どんな人なの?」
レオナが尋ねる。
「優しいよ」
「それだけ?」
「……強い人でもある」
ローズは写真を見る。
「でも、お母さんの家には昔から少し複雑な事情があったみたい」
レオニダスが首を傾げる。
「複雑?」
「うん」
「でも、お父さんがいる」
「そう」
ローズは微笑んだ。
「お父さんが、お母さんのそばにいたから」
そのとき。
「ローズ」
背後から声がした。
「お母さん!」
アステリアだった。
「昔の写真を見ていたの?」
「うん」
ローズはアルバムを差し出した。
アステリアは写真を見る。
「懐かしいわね」
「お母さん」
「なに?」
「この頃って、どんなだった?」
アステリアは少し考えた。
「今よりずっと不器用だったわ」
「え?」
「いろいろなことを一人で抱えようとしていたの」
ローズは黙って聞く。
「家のこと」
「うん」
「自分自身のこと」
「うん」
「そして――自分の未来のこと」
アステリアは写真の中の自分を見る。
「私は、自分の家に生まれたことを変えられないと思っていた」
「……」
「だから、その運命を受け入れるしかないと思っていたの」
ローズは少しだけ不安そうな顔をした。
「でも、お父さんがいた?」
「ええ」
アステリアは微笑んだ。
「ロンは、最初から何でも分かっていたわけじゃない」
「そうなの?」
「むしろ、分からないことだらけだったと思う」
「ひどいな!」
レオニダスが笑う。
アステリアも笑った。
「でもね」
「うん」
「ロンは、分からないからこそ、私の話を聞いてくれた」
ローズが顔を上げる。
「答えを決めつけなかった?」
「そう」
アステリアは頷く。
「私がどうしたいのかを、何度も聞いてくれた」
「……」
「『お前が決めればいい』って」
ローズは写真を見る。
「お父さんらしい」
「でしょう?」
アステリアは笑った。
「ロンは不器用だけど、人の気持ちを無理に変えようとはしないの」
「じゃあ、お母さんは?」
「私は?」
「お父さんに何をあげたの?」
アステリアは少し驚いた。
そして、優しく笑った。
「私も、同じものよ」
「同じもの?」
「選ぶこと」
ローズが首を傾げる。
「ロンが迷ったとき、私は答えを決めてあげなかった」
「どうして?」
「彼自身に決めてほしかったから」
アステリアは娘を見る。
「私たちは、お互いの人生を決めるのではなく、お互いが自分で選べるように支えたの」
ローズはしばらく黙っていた。
やがて、小さな声で尋ねる。
「じゃあ……私も?」
「あなたもよ」
「お父さんとお母さんみたいにならなくていい?」
「もちろん」
即答だった。
「お母さんと同じ道を歩かなくてもいい」
「うん」
「お父さんと同じ考え方をしなくてもいい」
「うん」
「あなた自身が選べばいいの」
ローズは少し笑った。
「なんだか、レオナのお母さんと同じことを言ってるね」
「ハーマイオニー?」
「うん」
アステリアは微笑んだ。
「きっと、親というものは似たようなことを考えるのね」
そこへ。
「何の話だ?」
ロンが入ってきた。
「あ、お父さん」
ローズがアルバムを見せる。
「昔のお父さんとお母さん」
ロンの顔が一瞬で赤くなった。
「お、おい! それ、どこから持ってきたんだ?」
「アルバム」
「いや、そうじゃなくて!」
レオニダスが笑う。
「ロンさん、若い!」
「レオニダス、お前まで!」
レオナも写真を見る。
「本当に若いね」
「やめてくれ!」
アステリアが笑う。
「懐かしいでしょう?」
「懐かしいけど……」
ロンは写真を見る。
そこには、若い自分とアステリアがいた。
しばらく黙ってから。
「……あの頃は、俺もいろいろ分からなかったな」
ローズが父を見る。
「お父さんでも?」
「俺だからだよ」
「どういう意味?」
「俺は、英雄でもなかったし、何でも知ってるわけでもなかった」
ロンは少し照れながら笑う。
「ただ、アステリアが困ってたら助けたかった」
アステリアが隣で微笑む。
「それだけ?」
「……それだけじゃない」
「何?」
ロンは少し考えてから答えた。
「一緒にいたかった」
アステリアの表情が柔らかくなる。
ローズは二人を見る。
「……そっか」
ロンは娘を見る。
「ローズ」
「なに?」
「お前も、自分の人生を自分で決めろよ」
「……」
「俺たちの娘だからって、俺たちと同じになる必要はない」
アステリアも頷く。
「私たちがあなたに残せるのは、答えじゃないわ」
「じゃあ、何?」
「選ぶための経験」
ローズはその言葉を静かに受け止めた。
「経験……」
「そう」
アステリアが笑う。
「あなたが迷ったとき、思い出せばいい」
「お父さんとお母さんも、迷った?」
「たくさん迷ったぞ」
ロンが即答する。
「本当に?」
「本当だ」
「じゃあ、私が迷ってもいい?」
「もちろん」
「失敗しても?」
「もちろんだ」
ロンは笑った。
「俺なんて、失敗だらけだったぞ」
「それは知ってる」
「ローズ!」
レオニダスが吹き出した。
レオナも笑う。
アステリアも笑った。
談話室に、四人の笑い声が響く。
ローズはもう一度、アルバムを見る。
若い父。
若い母。
二人が選んだ道。
そして、その先に自分がいる。
受け継いだものは、確かにある。
家族の記憶。
愛情。
経験。
けれど――。
それは未来を縛る鎖ではない。
未来を選ぶための、道しるべなのだ。
ローズはアルバムを閉じた。
「ありがとう、お父さん。お母さん」
「どういたしまして」
アステリアが微笑む。
「何か分かった?」
ローズは少し考えてから答えた。
「うん」
「何を?」
「私は、お父さんとお母さんの続きじゃない」
ロンとアステリアが顔を見合わせる。
「私は――」
ローズは笑った。
「私の人生を生きるんだよね」
ロンは嬉しそうに笑った。
「ああ」
アステリアも頷いた。
「その通りよ」
レオニダスが拳を上げる。
「じゃあ、ローズも自分の未来を選ぶんだな!」
「うん」
レオナも微笑む。
「私たちもね」
三人は顔を見合わせる。
それぞれ違う家。
それぞれ違う親。
それぞれ違う過去。
けれど――。
受け継いだものを、自分自身の未来へ変えていく。
それが、次の世代なのだ。
窓の外では、夕暮れの光がホグワーツの塔を照らしていた。
ローズはもう一度だけアルバムを開く。
若い両親の写真を見つめて――。
静かに笑った。
「いつか私も、自分のアルバムを作るのかな」
ロンが笑う。
「そのときは、俺たちにも見せてくれよ」
「もちろん」
アステリアが娘の肩を抱く。
「そのアルバムには、あなた自身の物語が詰まるのね」
「うん」
ローズは頷いた。
「私自身の物語にする」
そして。
新しい一ページが、始まった。