『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
ドラコとスコーピウス――名前の重さ
ホグワーツ。
放課後の廊下を、スコーピウス・マルフォイが一人で歩いていた。
「……マルフォイ」
後ろから声がする。
スコーピウスは振り返った。
そこにはレオニダスとレオナがいた。
「スコーピウス?」
「何してるの?」
「別に」
スコーピウスは答えた。
「ただ、少し静かなところに行きたかっただけ」
レオニダスが首を傾げる。
「何かあった?」
「……」
スコーピウスは少し迷った。
そして、小さく言った。
「今日、父さんのことを言われた」
「ドラコさん?」
「ああ」
スコーピウスは壁に背を預けた。
「『マルフォイなら当然だ』って」
レオナが黙る。
「何が当然なの?」
「分からない」
スコーピウスは苦笑した。
「でも、僕が何をしても、『マルフォイだから』って言われる」
「……」
「うまくいってもマルフォイだから」
「失敗しても?」
レオニダスが聞く。
「マルフォイだから」
スコーピウスは笑った。
けれど、その笑顔には少し寂しさがあった。
「家名って、便利だと思ってたんだけどね」
「便利?」
「名前を言えば、誰もが父さんや祖父のことを知っている」
「でも――」
スコーピウスは自分の手を見る。
「その分、僕自身を見てもらえない」
レオニダスが言った。
「それ、アルバスも似たようなこと言ってた」
「アルバスが?」
「『英雄の息子』って呼ばれるのが嫌だって」
レオナも頷く。
「親の名前が大きいと、大変なんだね」
スコーピウスは少し笑った。
「君たちの家も大変そうだけど?」
「俺の父さんはレオだぞ」
レオニダスが胸を張る。
「誰?」
スコーピウスが首を傾げる。
「そこからか!」
レオナが笑った。
「兄ちゃん、まだ有名人じゃないから」
「おい!」
三人が笑う。
少し空気が軽くなった。
スコーピウスは言った。
「でも、君たちは自分の家のことをどう思ってる?」
レオニダスは少し考えた。
「誇りに思ってる」
「僕も」
「でも、それと自分が何者かは別だと思う」
スコーピウスが黙る。
レオナが続けた。
「私のお母さんはすごい人」
「うん」
「お父さんも、いろいろなことを経験してる」
「そうだね」
「でも、私はお母さんじゃない」
レオナは自分の杖を見る。
「私は私」
レオニダスも頷いた。
「俺も俺」
スコーピウスは二人を見る。
「……僕も、か」
「うん」
レオナが笑う。
「スコーピウスはスコーピウス」
その日の夜。
マルフォイ邸。
スコーピウスは書斎の扉を開けた。
「父さん」
机に向かっていたドラコが顔を上げる。
「どうした?」
「聞きたいことがある」
「言ってみろ」
スコーピウスは少し迷ってから尋ねた。
「父さんは、『マルフォイ』って名前をどう思ってる?」
ドラコの手が止まった。
「……難しい質問だな」
「嫌い?」
「いや」
ドラコは首を横に振った。
「大切な名前だ」
「じゃあ、誇り?」
「それだけでもない」
ドラコは椅子から立ち上がった。
「この名前には、僕の父や祖父、その前の人々の歴史がある」
「うん」
「誇れるものもある」
「……」
「反対に、間違っていたこともある」
スコーピウスは黙って聞いている。
ドラコは息子を見る。
「家名というものは、過去そのものだ」
「過去……」
「だが」
ドラコは続けた。
「過去は、未来を命令するものではない」
スコーピウスが顔を上げる。
「父さん?」
「僕は、僕の父親のすべてを受け継いだわけではない」
「……」
「そして、お前も僕のすべてを受け継ぐ必要はない」
そのとき。
扉の向こうから声がした。
「スコーピウス?」
「母さん」
パンジーだった。
パンジーは部屋に入り、二人を見る。
「何の話?」
「名前の話」
スコーピウスが答える。
パンジーは微笑んだ。
「そう」
そして息子の隣に座った。
「あなたが『マルフォイ』と名乗ることを誇りに思うなら、それでいい」
「うん」
「でも、誰かにその名前の意味を決めてもらう必要はないわ」
スコーピウスは母を見る。
「僕自身で決めていい?」
「もちろん」
パンジーは迷いなく答えた。
「あなたの人生ですもの」
ドラコも頷く。
「名前は受け継げる」
「うん」
「家の歴史も受け継げる」
「うん」
「だが、生き方まで受け継ぐ必要はない」
スコーピウスは静かに笑った。
「……ありがとう」
ドラコは少し照れたように視線を逸らす。
「礼を言われるようなことではない」
パンジーが笑う。
「素直じゃないわね」
「パンジー」
「何?」
「今は息子の前だ」
「だから何?」
「……何でもない」
スコーピウスが吹き出す。
「ふふっ」
「笑うな」
「ごめん、父さん」
けれど、スコーピウスは嬉しかった。
翌日。
ホグワーツの中庭。
スコーピウスはアルバス、レオニダス、レオナと一緒に歩いていた。
アルバスが尋ねる。
「昨日、どうだった?」
「父さんと話した」
「何て?」
スコーピウスは少し考えた。
そして笑う。
「『マルフォイ』は僕の過去だけど、僕の未来じゃないって」
アルバスが頷く。
「いい言葉だな」
「うん」
レオニダスが笑う。
「じゃあ、俺たちも自分の名前で行こうぜ」
「お前、急に格好いいこと言うな」
「だろ?」
レオナが呆れる。
「その後、すぐ調子に乗るところまで兄ちゃんらしい」
「なんでだよ!」
アルバスとスコーピウスが笑う。
四人は並んで歩いていく。
ポッター。
マルフォイ。
スキャマンダー。
それぞれに、大きな名前がある。
それぞれに、親から受け継いだ歴史がある。
けれど――。
その名前の先にある未来だけは。
誰にも決められない。
スコーピウスは、自分の胸に刻まれた家名を思い浮かべる。
マルフォイ。
それは、自分の一部。
けれど、それだけが自分ではない。
「僕は、スコーピウス・マルフォイだ」
小さく呟く。
「この名前を受け継ぐ」
そして――。
「僕自身の人生も、選ぶ」
その言葉を聞いたレオナが微笑んだ。
「それでいいと思う」
レオニダスが拳を突き出す。
「じゃあ、未来へ!」
アルバスも拳を合わせる。
スコーピウスも続く。
最後にレオナが拳を重ねた。
四人の手が重なる。
受け継いだ名前は違う。
家族も違う。
過去も違う。
それでも――。
未来を選ぶ権利は、同じだった。