『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』 作:夜幻
静寂。
誰も、すぐには動けなかった。
目の前にあるのは、古びた部屋。
壁一面に刻まれた魔法陣。
そして、中央に置かれた一冊の本。
『継承者の記録』
その本には、レオニダスとレオナの名前が刻まれている。
さらに部屋の奥では、巨大な時計が逆向きに動き続けていた。
カチ。
カチ。
カチ。
「……止めたほうがいいんじゃない?」
ローズが恐る恐る言った。
「どうやって?」
スコーピウスが時計を見る。
「そもそも、あれが何なのか分からない」
「じゃあ、この本なら?」
アルバスが中央の本を指差した。
「何か書いてあるかもしれない」
「でも……」
ローズが眉を寄せる。
「さっき、レオニダスとレオナの名前が勝手に出てきたんだよ?」
「だからこそ調べるんだろ」
レオニダスが答えた。
いつもの明るい声だった。
だが、その顔には緊張が浮かんでいる。
「俺たちの名前が書かれてるなら、理由を知りたい」
「私も」
レオナが兄の隣に立った。
「知らないまま帰るほうが、もっと怖い」
ローズは少し迷った。
それから頷く。
「分かった。でも、何か変だと思ったらすぐに戻ろう」
「約束する」
レオニダスが答える。
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶんじゃない!」
ローズが睨む。
「絶対!」
「分かった! 絶対!」
レオニダスが両手を上げる。
レオナが思わず笑った。
「お兄ちゃん、ローズには弱いね」
「うるさい!」
ほんの一瞬だけ、いつもの空気が戻った。
だが。
レオナが本を見た瞬間、その笑顔が消える。
「……ねえ」
「どうした?」
「この本、ページが増えてる」
「え?」
全員が本を覗き込んだ。
さっきまで空白だったページに、文字が浮かび上がっている。
『継承者は、過去を受け継ぐ者ではない』
レオニダスが読む。
『未来を選ぶ者である』
「……どういう意味?」
アルバスが呟いた。
その下に、さらに文字が現れた。
『第一の試練――記憶』
レオナが顔を上げた。
「試練?」
直後。
部屋の壁に刻まれていた魔法陣が、一斉に光った。
「うわっ!」
レオニダスが思わずレオナの腕を掴む。
レオナも兄の手を握り返した。
魔法陣から光が溢れる。
部屋の景色が歪んだ。
そして――。
「……ここ、どこ?」
レオナが呟いた。
さっきまでの部屋が消えていた。
目の前に広がっていたのは、ホグワーツではない。
古い石造りの廊下。
壁には、見覚えのない紋章が並んでいる。
その先から、人の声が聞こえた。
『急げ!』
『時間がない!』
『扉を閉じろ!』
レオニダスが目を見開く。
「誰かいる!」
「待って!」
ローズが止める。
「これは記憶かもしれない!」
「記憶?」
「本に書いてあったでしょ!」
ローズが指差す。
しかし、その指先にあるはずの本は消えていた。
アルバスが周囲を見る。
「僕たち全員が、この記憶の中に入ったのか?」
「たぶん……」
スコーピウスが答えた。
そのとき。
廊下の奥から、一人の魔法使いが走ってきた。
顔は見えない。
黒いローブをまとい、何かを抱えている。
その人物がレオニダスたちの横を通り過ぎる。
――誰も、彼らに気づかない。
「幻みたい」
レオナが呟いた。
魔法使いは扉の前で立ち止まった。
そして、振り返る。
「……来る」
小さな声だった。
何かを待っている。
すると。
遠くから、別の足音が聞こえてきた。
ドン。
ドン。
ドン。
魔法使いが杖を構える。
「もう時間がない」
その言葉と同時に、抱えていたものを床へ置いた。
それは――小さな箱だった。
箱の表面には、あの獅子の紋章が刻まれている。
「この箱は、次の世代へ」
魔法使いが呟く。
「決して、過去へ戻してはならない」
レオニダスが息を呑んだ。
「過去へ戻す?」
次の瞬間。
視界が真っ白になった。
「うわあっ!」
レオニダスが目を閉じる。
そして。
ドン!
床に尻餅をついた。
「痛っ!」
「お兄ちゃん!」
レオナが駆け寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫……」
レオニダスが立ち上がる。
そこは、元の部屋だった。
全員が戻っている。
だが。
巨大な時計が止まっていた。
「……止まった?」
ローズが近づく。
時計の針は、先ほどとは違う場所を指している。
アルバスが顔を上げる。
「何か変だ」
「何が?」
「時間が戻ったんじゃない」
アルバスは時計を指した。
「進んでる」
カチ。
時計の針が一つ進む。
カチ。
もう一つ進む。
レオナが不安そうに兄を見る。
「これ……何か起こるの?」
「分からない」
レオニダスは首を振る。
「でも、さっきの記憶は本物だったと思う」
「私もそう思う」
ローズが答えた。
「それに、あの人は『次の世代』って言ってた」
スコーピウスが腕を組む。
「つまり、僕たちの前にも、この仕組みを知っていた人がいた?」
「可能性はある」
アルバスが答えた。
レオニダスは本が置かれていた場所を見る。
「じゃあ、その人たちは何を残したんだ?」
誰も答えられない。
そのとき。
部屋の奥から、カタン、と音がした。
全員が振り返る。
石壁の一部が開いていた。
その奥には、小さな箱が置かれている。
レオナが目を見開く。
「……さっきの箱」
記憶の中で見たものと同じだった。
「行こう」
レオニダスが一歩踏み出す。
「待って!」
ローズが止める。
「今度は何が起こるか分からないよ」
「でも、ここにある」
レオニダスは箱を見る。
「俺たちが見つけるように置かれてる」
レオナが兄の横へ並んだ。
「だったら、一緒に見よう」
「うん」
二人が同時に箱へ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間――。
箱が開いた。
中に入っていたのは、一枚の羊皮紙だった。
そこには、たった一行。
『時間を変えた者を、見つけ出せ』
レオニダスは息を呑んだ。
「時間を……変えた者?」
ローズの顔が強張る。
「誰かが、過去を変えようとしてるってこと?」
アルバスが羊皮紙を見る。
「そうだとしたら、これはホグワーツだけの問題じゃない」
レオナが兄の手を握った。
「お兄ちゃん」
「ああ」
二人は顔を見合わせる。
もう、最初の頃のような好奇心だけではなかった。
これは、自分たちの家族にも関係するかもしれない。
親たちが築いた歴史。
自分たちが受け継いだ名前。
そして――その歴史そのものを変えようとしている誰か。
レオニダスは羊皮紙を握り締めた。
「見つけよう」
レオナが頷く。
「うん」
その瞬間。
部屋の外から、誰かの声が聞こえた。
「――そこにいるのは、誰だ?」
全員が凍りついた。
足音が近づいてくる。
一歩。
また一歩。
レオニダスが杖を握る。
レオナも杖を構えた。
アルバス、スコーピウス、ローズも身構える。
そして。
扉が開いた。
「……あなたたち」
そこに立っていたのは――。
ホグワーツの教師だった。
その視線が、部屋の中央にある時計へ向けられる。
教師の顔から血の気が引いた。
「……まさか」
そして、小さく呟いた。
「また、時計が動き始めたのか……」
レオニダスは目を見開いた。
――「また」。
その一言が意味するものを、まだ誰も知らなかった。