『獅子と魔法動物学者の継承者たち ―スキャマンダー家の双子とホグワーツ―』   作:夜幻

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第6話 継承者の記録――動き始めた時計

 静寂。

 

 誰も、すぐには動けなかった。

 

 目の前にあるのは、古びた部屋。

 

 壁一面に刻まれた魔法陣。

 

 そして、中央に置かれた一冊の本。

 

『継承者の記録』

 

 その本には、レオニダスとレオナの名前が刻まれている。

 

 さらに部屋の奥では、巨大な時計が逆向きに動き続けていた。

 

 カチ。

 

 カチ。

 

 カチ。

 

「……止めたほうがいいんじゃない?」

 

 ローズが恐る恐る言った。

 

「どうやって?」

 

 スコーピウスが時計を見る。

 

「そもそも、あれが何なのか分からない」

 

「じゃあ、この本なら?」

 

 アルバスが中央の本を指差した。

 

「何か書いてあるかもしれない」

 

「でも……」

 

 ローズが眉を寄せる。

 

「さっき、レオニダスとレオナの名前が勝手に出てきたんだよ?」

 

「だからこそ調べるんだろ」

 

 レオニダスが答えた。

 

 いつもの明るい声だった。

 

 だが、その顔には緊張が浮かんでいる。

 

「俺たちの名前が書かれてるなら、理由を知りたい」

 

「私も」

 

 レオナが兄の隣に立った。

 

「知らないまま帰るほうが、もっと怖い」

 

 ローズは少し迷った。

 

 それから頷く。

 

「分かった。でも、何か変だと思ったらすぐに戻ろう」

 

「約束する」

 

 レオニダスが答える。

 

「本当に?」

 

「……たぶん」

 

「たぶんじゃない!」

 

 ローズが睨む。

 

「絶対!」

 

「分かった! 絶対!」

 

 レオニダスが両手を上げる。

 

 レオナが思わず笑った。

 

「お兄ちゃん、ローズには弱いね」

 

「うるさい!」

 

 ほんの一瞬だけ、いつもの空気が戻った。

 

 だが。

 

 レオナが本を見た瞬間、その笑顔が消える。

 

「……ねえ」

 

「どうした?」

 

「この本、ページが増えてる」

 

「え?」

 

 全員が本を覗き込んだ。

 

 さっきまで空白だったページに、文字が浮かび上がっている。

 

『継承者は、過去を受け継ぐ者ではない』

 

 レオニダスが読む。

 

『未来を選ぶ者である』

 

「……どういう意味?」

 

 アルバスが呟いた。

 

 その下に、さらに文字が現れた。

 

『第一の試練――記憶』

 

 レオナが顔を上げた。

 

「試練?」

 

 直後。

 

 部屋の壁に刻まれていた魔法陣が、一斉に光った。

 

「うわっ!」

 

 レオニダスが思わずレオナの腕を掴む。

 

 レオナも兄の手を握り返した。

 

 魔法陣から光が溢れる。

 

 部屋の景色が歪んだ。

 

 そして――。

 

「……ここ、どこ?」

 

 レオナが呟いた。

 

 さっきまでの部屋が消えていた。

 

 目の前に広がっていたのは、ホグワーツではない。

 

 古い石造りの廊下。

 

 壁には、見覚えのない紋章が並んでいる。

 

 その先から、人の声が聞こえた。

 

『急げ!』

 

『時間がない!』

 

『扉を閉じろ!』

 

 レオニダスが目を見開く。

 

「誰かいる!」

 

「待って!」

 

 ローズが止める。

 

「これは記憶かもしれない!」

 

「記憶?」

 

「本に書いてあったでしょ!」

 

 ローズが指差す。

 

 しかし、その指先にあるはずの本は消えていた。

 

 アルバスが周囲を見る。

 

「僕たち全員が、この記憶の中に入ったのか?」

 

「たぶん……」

 

 スコーピウスが答えた。

 

 そのとき。

 

 廊下の奥から、一人の魔法使いが走ってきた。

 

 顔は見えない。

 

 黒いローブをまとい、何かを抱えている。

 

 その人物がレオニダスたちの横を通り過ぎる。

 

 ――誰も、彼らに気づかない。

 

「幻みたい」

 

 レオナが呟いた。

 

 魔法使いは扉の前で立ち止まった。

 

 そして、振り返る。

 

「……来る」

 

 小さな声だった。

 

 何かを待っている。

 

 すると。

 

 遠くから、別の足音が聞こえてきた。

 

 ドン。

 

 ドン。

 

 ドン。

 

 魔法使いが杖を構える。

 

「もう時間がない」

 

 その言葉と同時に、抱えていたものを床へ置いた。

 

 それは――小さな箱だった。

 

 箱の表面には、あの獅子の紋章が刻まれている。

 

「この箱は、次の世代へ」

 

 魔法使いが呟く。

 

「決して、過去へ戻してはならない」

 

 レオニダスが息を呑んだ。

 

「過去へ戻す?」

 

 次の瞬間。

 

 視界が真っ白になった。

 

「うわあっ!」

 

 レオニダスが目を閉じる。

 

 そして。

 

 ドン!

 

 床に尻餅をついた。

 

「痛っ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 レオナが駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫……」

 

 レオニダスが立ち上がる。

 

 そこは、元の部屋だった。

 

 全員が戻っている。

 

 だが。

 

 巨大な時計が止まっていた。

 

「……止まった?」

 

 ローズが近づく。

 

 時計の針は、先ほどとは違う場所を指している。

 

 アルバスが顔を上げる。

 

「何か変だ」

 

「何が?」

 

「時間が戻ったんじゃない」

 

 アルバスは時計を指した。

 

「進んでる」

 

 カチ。

 

 時計の針が一つ進む。

 

 カチ。

 

 もう一つ進む。

 

 レオナが不安そうに兄を見る。

 

「これ……何か起こるの?」

 

「分からない」

 

 レオニダスは首を振る。

 

「でも、さっきの記憶は本物だったと思う」

 

「私もそう思う」

 

 ローズが答えた。

 

「それに、あの人は『次の世代』って言ってた」

 

 スコーピウスが腕を組む。

 

「つまり、僕たちの前にも、この仕組みを知っていた人がいた?」

 

「可能性はある」

 

 アルバスが答えた。

 

 レオニダスは本が置かれていた場所を見る。

 

「じゃあ、その人たちは何を残したんだ?」

 

 誰も答えられない。

 

 そのとき。

 

 部屋の奥から、カタン、と音がした。

 

 全員が振り返る。

 

 石壁の一部が開いていた。

 

 その奥には、小さな箱が置かれている。

 

 レオナが目を見開く。

 

「……さっきの箱」

 

 記憶の中で見たものと同じだった。

 

「行こう」

 

 レオニダスが一歩踏み出す。

 

「待って!」

 

 ローズが止める。

 

「今度は何が起こるか分からないよ」

 

「でも、ここにある」

 

 レオニダスは箱を見る。

 

「俺たちが見つけるように置かれてる」

 

 レオナが兄の横へ並んだ。

 

「だったら、一緒に見よう」

 

「うん」

 

 二人が同時に箱へ手を伸ばす。

 

 指先が触れた瞬間――。

 

 箱が開いた。

 

 中に入っていたのは、一枚の羊皮紙だった。

 

 そこには、たった一行。

 

『時間を変えた者を、見つけ出せ』

 

 レオニダスは息を呑んだ。

 

「時間を……変えた者?」

 

 ローズの顔が強張る。

 

「誰かが、過去を変えようとしてるってこと?」

 

 アルバスが羊皮紙を見る。

 

「そうだとしたら、これはホグワーツだけの問題じゃない」

 

 レオナが兄の手を握った。

 

「お兄ちゃん」

 

「ああ」

 

 二人は顔を見合わせる。

 

 もう、最初の頃のような好奇心だけではなかった。

 

 これは、自分たちの家族にも関係するかもしれない。

 

 親たちが築いた歴史。

 

 自分たちが受け継いだ名前。

 

 そして――その歴史そのものを変えようとしている誰か。

 

 レオニダスは羊皮紙を握り締めた。

 

「見つけよう」

 

 レオナが頷く。

 

「うん」

 

 その瞬間。

 

 部屋の外から、誰かの声が聞こえた。

 

「――そこにいるのは、誰だ?」

 

 全員が凍りついた。

 

 足音が近づいてくる。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 レオニダスが杖を握る。

 

 レオナも杖を構えた。

 

 アルバス、スコーピウス、ローズも身構える。

 

 そして。

 

 扉が開いた。

 

「……あなたたち」

 

 そこに立っていたのは――。

 

 ホグワーツの教師だった。

 

 その視線が、部屋の中央にある時計へ向けられる。

 

 教師の顔から血の気が引いた。

 

「……まさか」

 

 そして、小さく呟いた。

 

「また、時計が動き始めたのか……」

 

 レオニダスは目を見開いた。

 

 ――「また」。

 

 その一言が意味するものを、まだ誰も知らなかった。

 

 

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